救急車に代わるもの

 

 12月9日付けの『朝日新聞』に119晩通報をしたら消防車がやってきたという記事があった。救急車と救急隊員が足りないからという。

 2年ほど前であったか、大手町の消防本部を見学したとき、たしか東京23区内から119番へかかってくる緊急電話は1日1,800件、そのうち火事は18件程度と聞いた。江戸の華といわれた火事も今ではほとんど起こらない。逆に高齢化が進んだり、交通事故が増えたりして救急の要請が99%を占めるようになったのである。

 といって消防車を減らすわけにはいかない。件数は少なくても、火事はいつどこで起こるかもしれない。そのため、消防車は都内全域にまんべんなく配置しておく必要があるからだ。そのしわよせが救急車に及んで、財政難の自治体としては1台3,200万円もする救急車をおいそれと買うわけにはいかないという。

 とすれば、全国の自治体に小型乗用車を使うことを提案したい。これならば救急車1台分の予算で10台ほど買えるだろう。消防車で駆けつけても患者を搬送することができないのだから、小型車でも同じこと。場合によってはバイクでもいいし、消防隊員の自家用車に一時的にステッカーを貼り、屋根の上にサイレンと緊急灯火を載せて走ってもいい。その方が大きな消防車より燃料費が安く、せまい道路へも入ってゆけるから、渋滞に巻き込まれる恐れも減るであろう。これで現場に着いた救急隊員が、その場で応急手当をしながら救急車の到着を待つのである。

 本頁でもしばしば書いたように、フランスでは原則として医師が救急現場へ駆けつける。その際、医師は乗用車やバイクで走る。乗用車の後ろには応急手当のための医療機器や医薬品が搭載されている。バイクの場合も、これらを背中のリュックに入れて行く。現場に着いたらその場で治療に当たる。この早期治療によって、救命率は決定的な違いを示す。救急車はその後からやや遅れて到着し、患者の容態が安定したところで車にのせ、病状に応じた最適の病院へ搬送する。

 さらに距離の遠いところ、現場到着までに時間がかかると思われた場合は、ヘリコプターに医師をのせて飛ばす。これで救命率は飛躍的に向上する。このことは最近1年間、厚生省によっておこなわれたドクターヘリ試行的事業の実績が示す通りだが、それと同時にヘリコプター出動の対象にならなかった人も救われる。というのはヘリコプターによって救急車が遠出をする必要がなくなり、1人の患者に長時間を取られるようなことが減って、いつでも対応できるようになるからである。

 繰り返しになるが、救急車は患者を搬送するための車であって、医師を運ぶのが目的ではない。同じように救急隊員も救急車だけに頼る必要はない。そこから消防車を使う考えが出てきたわけだが、乗用車やバイクならばもっと安く、もっと早く緊急現場に駆けつけることができよう。

 脳出血や心臓発作、あるいは交通事故などの救急は初期治療の着手時間によって、患者の生死が分かれる。ちょっとしたシステムの変更によって、さほどの費用をかけなくても大きな成果を上げる道はまだまだ残されているのではないだろうか。

(西川渉、2000.12.14)

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