<鳥衝突>

不時着水の内幕

 USエアウェイズ機の1月15日のハドソン川不時着事故について、FAAはパイロットと管制官との交信テープを公開した。

 それによると、サレンバーガー機長の第一声は「あー、こちらカクタス1539便、鳥に衝突」というもので、ベテラン・パイロットらしいゆっくりとした明瞭な声であったが、やはり心の動揺があったのだろう、飛行便名を間違えていた。実際は1549便である。

 次いで「両エンジン停止。ラガーディア空港へ戻る」という要求があった。

 それを受けたロングアイランド管制本部の係官も経験10年のベテランで、直ちに「オーケー。左旋回して方位220°」と答え、ラガーディア空港に対し、全機の離着陸を中止して滑走路をあけるよう依頼した。

 ところが間もなく機長から「空港には戻れない」という連絡が入り、さらに「ハドソン川へ行く」という声が聞こえた。

 驚いた管制官は、わが耳を疑ったのだろう。「すみません、もう一度願います」

 機長は、しかし、それには答えず、懸命に機の高度保持に努めていた。また副操縦士はエンジンを再始動しようとして、チェックリストにしたがった操作に忙しかった。

  

 このテープは、わずか2分以内の交信である。午後3時27分32秒の離陸許可からすれば2分半になる。

 テープに残った機長の声は普段と変わらず、ゆっくりと落ち着いているように聞こえるが、上述のように飛行便名を間違えた。それを受けたベテラン管制官の声も慌てたようすはないが、矢張り便名を間違えて呼びかけている。

「カクタス1529へ、空港の準備はできた。滑走路1-3へ着陸しますか」

 空港では他の滑走路もあけてあった。そのことを管制官が告げると、機長は「滑走路への着陸は困難」と答えた。

 管制官「では、ティータボロは?」
 機長「イエス」

 管制官は、今度はジェネラル・アビエーション専用のティーボロ飛行場を呼び出し、緊急事態にそなえるよう要請した。そして18秒後、機長に向かってティータボロの着陸準備ができたことを伝えると、機長から「それはできない」という返事。

 では、どうするつもりか。機長からの返事がないまま、23秒後レーダーの機影が消えた。

 管制官が「カクタス、あー、カクタス1549便へ、そちらの機影がレーダーから見えなくなった。2時の方角およそ7マイルにニューアーク空港がある」と伝えても、機長からの返事がない。

 機長からの「ハドソンへ行く」という最後の明確な意志表示があったのは3時29分28秒。そのとき機はハドソン川の上空数百フイートのところにあった。

 この間、機長は一度も「緊急」(Emergency)という言葉を使っていない。けれども地上では、ロングアイランドの管制官も、ラガーディアとティータボロの管制塔も、緊急事態として対応していた。

 ロングアイランドとラガーディアとのやりとりは、ロングアイランドが「両エンジン停止、直ちに引っ返す」と通報したのに対し、ラガーディア側が「どちらのエンジン?」と聞き返した。

「両エンジン停止」
「了解」 

 

 最近になって、機長はテレビのインタビューに答えて、事故のもようを語った。

「その瞬間、私は胃袋が飛び出すような嘔吐感に襲われました。そして床に叩きつけられたような……自分の人生で経験したことのない最悪の事態だと思いました」

 鳥にぶつかったとき、操縦していたのは副操縦士だったが、機長はすぐに操縦桿を取った。

 では、どうすればそんな状態から脱出できると考えたのか。「私は何も考えなかった。ただエンジンが2つとも止まるなど信じられないと感じただけです。あとは、静寂そのものでした」

 とはいえ、「そこは地球上最も人口の密集した市街地の上で、しかも離陸したばかりだから高度は低く、速度は遅い。42年間のパイロット人生の中で最悪の事態でした」

「このまま滑走路に着陸しても、機体を壊さずにおりるのは無理と思いました」

 しかし機長はグライダーの操縦資格も持っていた。それが役に立ったのかどうか、冷たい川面に水しぶきを上げて滑りこんだ。機内の乗客にはかなりの衝撃があったらしく、後方にいた乗客の1人が足にけがをした。多くの人は窓の外の水面を見るまでは、自分たちが川におりるとは思わなかった。

 旅客機はうまく着水できたが、後部座席にいた乗客の1人は客室乗務員の制止を力ずくで押しのけ、ラッチを外して後方ドアを開けてしまった。そのためキャビンには洪水のように水が流れこんできた。

 

 サレンバーガー機長は沈みかかった機内をキャビン後部まで2度往復し、取り残された乗客がいないことを確かめた。このとき機内の水面はどんどん上がり、ゴミの缶やコーヒーポットが浮いていた。

 ともあれ、機長の冷静な行動によって、事故機のエアバスA320に乗っていた155人は全員助かった。

 NTSBによれば、機長は旅客機が衝突したのは大きな茶色の鳥だったと証言している。最終的な事故報告書がまとまるのは1年から1年半後になるという。 


バージの上に引き揚げられたUSエアウェイズ機

【関連頁】

ハドソン川の奇蹟

(西川 渉、2009.2.12)

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