コンコルド

復 活 な る か

 

 

 先日、本頁の読者から「コンコルドはどうなったか」という質問を受けた。昨年7月の事故以来11回も書きながら、その後3か月近く中断しているではないかというのである。一と月ほど前には運航再開が近いという記事も日本の新聞に掲載された。全てがうまく行っていれば、私がここで何かを言う必要もないわけである。

 そう思って日を送っていたところ、今週の英『フライト・インターナショナル』誌(2001年1月23日号)がコンコルドについて相矛盾する二つのニュースを掲載した。一つは「エールフランス、コンコルドを断念か」という見出し。もう一つは「カムバックへのカウントダウン」という見出しである。記事の内容からすると、どちらの見出しもやや大げさな表現だが、この二つはエールフランスと英国航空のそれぞれの姿勢を示していて、エールフランスは消極的、英国航空は積極的である。エールフランスが弱気なのは、事故を起こした当事者として当然のことかもしれない。

 では事実関係はどうなっているのか。この1月5日に事故調査のもようと今後の対応策に関する中間報告が発表された。

 それによると、墜落時のコンコルドは操縦不能の状態にあったらしい。原因は左エンジンの出力が失われたことと、操縦翼面が破損したためと見られている。発端は燃料タンクの破損による大量の燃料流出であった。

 そこで対応策としては、先ず翼の中の燃料タンクに100枚以上のケブラー/ゴム製のパネルを取りつけることにした。これで燃料タンクをこまかく区切り、半年前の事故では毎秒100リッターだった燃料流出を毎秒1リッターにまで減らすことができるという。この改修作業には40人の技術者が10週間かかり、費用は1,700万ドルになるもよう。

 また当初は発火とエンジン出力の低下との関係がよく分からず、パンクしたタイヤの一部が燃料タンクを破っただけでなく、エンジンにも飛び込んだのではないかと見られていた。しかし中間報告は、エンジンのやわらかい部分を傷つけたものの、根本的な出力低下をもたらしたわけではなかった。ところが離陸直後11秒間、コクピットで第2エンジンの警報音が鳴ったために、パイロットみずからエンジンを停止したというのである。

 しかし、このエンジンをよく調べて見ると、火災を起こした痕跡は見られない。そこでテストを繰り返して謎解きをしてみると、流出した燃料の蒸気と、発火した燃料の熱ガスがエンジンに入りこんで、出力の低下をもたらしたらしい。そのため第2エンジンは人為的に停止させられたが、第1エンジンは一時90%まで出力が回復した。けれども再び流出燃料や熱ガスを吸い込んで出力が下った。さらに第3、第4エンジンも機体の横すべりによってガスを吸い込み、出力を失ったのである。

 もうひとつの問題は、流出した燃料がなぜ発火したかということ。当初は電気系統が破損してショートし、そこから火がついたのではないかと見られていた。しかしエンジンのアフタバーナの炎が原因だったらしい。

 油圧系統は損傷がなかった。したがって油圧作動の脚収納扉は閉まりかけていたが、脚が完全に上がらなかったために半開きのままとなった。脚は電気信号によって上がる仕組みだが、何故それが作動しなかったのかはまだ分からない。

 このような見方から、流出した燃料がどうなるかを確認するため、1月18日から実機による試験がはじまった。エールフランスの1機が、パリから南仏イストル工場へ飛んで高速滑走試験を開始したのである。

 これは染料の入った水タンクをキャビンに搭載し、4本の細いパイプを左翼下面まで通して、そこから外部へ水を流すというもの。コンコルドは180ノットの高速で走りながら7秒間にわたってパイプから色つきの水を流す。その水が霧状になってエンジンやナセル周辺を流れる状態を脚につけた高速カメラで撮影するという試験である。

 一方、英国航空の1機も燃料タンクの部分的な改修を終わった。これから地上試験を経て、2か月くらいのうちには飛行試験に移る予定である。ただし部分的な改修だから、試験飛行の内容も重量重心位置の確認や燃料系統の作動状況の確認などに限られる。なお燃料タンクの改修によって400kgほどの重量増加が生じたが、これは従来の客席100人分を軽い複合材製の座席に改めることによって相殺するという。

 しかし、コンコルドの運航を再開するための技術的な課題について、全てが解決するのはいつになるのか。改修工事はどこまでやればいいのか、まだはっきりしない。早ければ今春末までという可能性もあるが、明確なことは分からない。

 仮りに技術的な課題が全て明らかになり、改修工事が終わったとしても、運航再開のための耐空証明が再交付されるまでには、英仏両国の航空当局による試験飛行が必要である。その結果を、当局が分析して初めて安全が確認され、耐空証明が交付される。その一連の手続きがいつ終わるのか、今のところは当局自体にも分からない。

 そこでエールフランスの方には、耐空証明が再交付されても、運航を再開するかどうか分からないといった悲観的な考え方も出てくるわけである。

 英国航空も内情は苦しい。運航再開までの時間が長引くほど、経済的な負担がかさんでくる。超音速旅客機を7機もかかえたままでいるのは大変な費用がかかる。多数の乗員も、いつでもコンコルドを飛ばせられるように技量保持をしていなければならないが、これらの維持費が今年夏までの1年間で4,000万ポンド(約70億円)の出費になる。

 また改修工事には1,000万ポンド(約18億円)ほどかかると見られる。さらに、これまでコンコルドは2,000万ポンドの営業利益を出していたが、それもなくなった。これらの損失を回収するには、少なくとも運航再開から3年はかかると見られる。

 しかし外部に向かっては「3月末までの飛行再開は困難だが、希望は捨てていない」という楽観的な姿勢を見せている。とりわけ英国航空のコンコルドの常連客、約3,500人の励ましが大きい。その多くが手紙や直接の言葉で早くコンコルドを飛ばしてくれを言ってくるらしい。

 ある英国企業のトップは「コンコルドの運休はわが社にとって大きな痛手だ。自分はよくアメリカへ出張するが、片道7時間もかかるのはかなわない。これまでの2倍以上の時間だから、それだけ無駄になるばかりか、疲労も大きい。最近はなるべく出張せずにすますようにしている」

 もっとも、中にはコンコルドの運休を歓迎する人もいないではない。便利な超音速機があるために、これまでは英国からアメリカへ、毎月1週間ずつ出張していたという企業トップは、それがなくなったために出張も減らした。「ビジネスマンは働きすぎだ」というのである。

 いずれにせよコンコルドの安全確保のためには、まだまだやるべきことが多く、時間もかかる。楽観は禁物だが、あせってもいけない。安全な運航再開をめざして、関係者の地道な努力はまだしばらく続くであろう。

 

 

 (西川渉、2001.1.26)

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