ボンバーディア

リージョナル・ジェット 

 

 

 昨年5月下旬、カナダのモントリオールにボンバーディア社を訪ねた。偶然にもCRJ700の初飛行が予定されている日だったが、予めそういう日を選んだわけではない。それに本来の計画は6月に飛ぶことになっていた。作業が順調に進んで早まったものらしい。

 もっとも、その日は「天候が余り良くないので、どうなるかな」と言われながら、遠くに機体の見えるところへ案内された。ドーヴァル空港の外周に張られた金網のこちらから見ていると、なるほどそれらしい機体が赤ランプをチカチカさせてエンジンを回している。「ああやって試運転を繰り返しているだけで、いつ飛ぶか分かりませんよ」といわれた途端、不意に機体が動いた。「飛ぶかな!」と思ったが、何メートルか移動したところで、また停まってしまった。しばらく見ていたが、前と同じように試運転を繰り返すばかり。いっこうに動こうとしないので諦めて金網から離れた。

 結局その日は飛ばなかったらしい。あとで調べたところ、翌日の1999年5月27日午後6時18分に離陸したと報じられている。この初飛行は2時間8分にわたっておこなわれ、好天にめぐまれて最大高度4,572m、最大速度426km/hに達したという。続いて2号機は7月17日、3号機は9月19日に初飛行した。

 ボンバーディア社は今、世界中で最も意気盛んな、最も活発に事業を展開している航空機メーカーであろう。その根元は、他社に先駆けてリージョナル・ジェットを開発し、それがよく売れていることにある。最近までの受注数は1,000機を超え、日本からも先頃、新しいリージョナル航空をめざすフェアリンクが2機、日本航空の子会社ジェイエアが2機を発注した。

 さらに最近はCRJを長距離用の大型ビジネス・ジェットに改造したグローバル・エクスプレスが日本の航空局から飛行点検機として注文を受けた。今年は、これらの航空機が日本でも飛ぶ姿を見ることができるであろう。

 

 

CRJ700の主な特徴 

 この日、ボンバーディア本社で受けたレクチャーはCRJ700に関するものであった。

 CRJ700の開発は1997年2月19日にはじまる。現用50人乗りのリージョナル・ジェットCRJ100/200の延長線上にあって、コミューター航空のいっそうの成長を目的とし、輸送力を増強し、航続性能を延ばし、便数を増やすための機材である。さらにリージョナル・ジェットと大型ジェット旅客機の中間にあって、新たな路線開発をねらう機材でもある。

 その背景にあるのは最近のリージョナル航空界の要望であろう。座席数が多く、輸送力が大きく、運用の手間がかからず、乗員資格が現用機と共通で自由に乗り替えられること。予備部品や地上支援機材の共通性が高いこと。機材にかかわる総体的なコストが低く、利益を上げられること、といった欲張った要求である。

 こうした開発要求にもとづくCRJ700の主要な特徴は、キャビンが前後間隔31インチで70席。燃料効率が良くなって、航続距離は3,736km。マッハ0.815の高速巡航が可能である。またCRJ-100/200にくらべて離着陸性能が改善された。シートマイル・コストも良くなっている。

 構造上の違いは、胴体が主翼の前で3.96m、主翼の後で0.76m延びた。主翼スパンも1.83m増の23.01mになった。前縁には離着陸性能を上げるためのスラットが取りつけられ、主翼先端にはウィングレットがついた。尾部の水平安定板も大きくなっている。また車輪やブレーキなどの降着装置が改良された。

 圧力隔壁は後方へ1.30m移動した。これで胴体の延びは4.72mだが、キャビンの奥行きは6.01mも延びた。さらに補助電源(APU)が胴体後部からテールコーンに移されたため、機内はいっそう広くなり、静かになった。

 手荷物室は機体後方の2トン積みのほか、床下に3立方メートルの容積があり、胴体左舷下方に積みこみドアが取りつけられている。このドアは地面からの高さが1.30mしかないので荷物の出し入れが容易で、乗客はそこから直接自分の手荷物を放り込んで飛行機に乗ることができる。これで貨物の搭載量は総計2.5トンになる。

 旅客の乗降ドアはひとつ。その反対側にサービス・ドアがある。機内の配置についてエアラインの意見を聴いたとき、後方にも乗降ドアをつけてはどうかという意見があったが、結論は不要ということになった。それでも座席利用率60%、乗客1人当たりの手荷物が1.5個ととすれば、ハブ空港での地上時間は20分、途中の寄港地では15分で運用することができる。

 

 

CRJ700のキャビン配置

 機内の座席配置は70席が標準。前後31インチ・ピッチで17列、左右4席になる。4席は左右2席ずつに分かれ、中央を通路が通る。この場合、ギャレー、衣装戸棚などは前方に集まり、通路の両端にスチュワーデスがすわる。前方のスチュワーデスはコクピットのドアを背にし、もう1人は最後方になる。加えてサービス・エリアに3人目のスチュワーデスが乗ることもできる。

 座席数が最も少ない配置は66席。そのうち16席はファーストクラスである。その場合、ファーストクラス用のギャレー、衣装戸棚、洗面所が前方に追加される。

 機内は床面がCRJ200より2.54cm低くなった。その分だけ天井が高くなり、肩のあたりの空間も広くなった。さらに窓の位置を14.7cm高くして、客席にすわったときの視界を広げ、採光も良くなった。

 またキャビン製造技術の改良によって、窓側の人の肘のあたりが2.5cmほど広くなり、腕の置き場が快適になった。

 以上のように床面を下げ、キャビン幅を広げ、窓の位置を上げたことで、キャビン内部全体の空間に余裕ができて、快適性を増した。わずかな変更ではあるが、CRJ200にくらべると、驚くほど快適性が増している。

 エンジンは、より強力なGE CF34-8C1が2基。CRJ200に装備されているCF34-3B1の派生型で、離陸推力は45%増、自動パワーリザーブは50%増。ステージは23%少なく、部品数は30%減となって、寿命が延びた。

 またエンジン重量は40%増加したが、推力重量比は8%増え、最大上昇推力は50%増加、燃料消費率は4%減った。エンジン排気もICAOの1996年基準に対して4割減となっている。騒音も基準より5デシベルほど小さい。

 CRJ700はCRJ200との間に最大限の共通性をもたせるように設計されている。補用部品を初め、整備工具や地上支援機材なども、ほとんど全て共用することができる。

 とりわけコクピットは電子機器のソフトウェアがわずかに改められただけで、ディスプレイも変わらない。したがって、CRJ100/200の操縦資格を持つパイロットならば、4日間の拡張訓練でCRJ700の操縦が可能になる。整備士の訓練も、パイロット同様、共通性が大きくて楽である。

 

 

CRJは総数1,155機を受注

 CRJ700は北米向け70席のA型と、その他の地域に向けた74席のB型があり、それぞれ長距離型(ER)が計画されている。北米向けの座席数が少ないのは北米エアラインの多くがパイロット組合との間に「スコープ・クローズ」と呼ばれる労使協定を結んでいて、70席以上の航空機の操縦を制限しているためである(本誌1月号p.44参照)。

 標準型は総重量が33,000kgで航続3,000km。長距離型は総重量34,000kgで航続3,670kmになる予定。設計巡航速度は最大マッハ0.81。最大巡航高度は12,500mである。

 試験飛行に使われる機体は5機。99年末までに4機が飛行し、残りの5号機もこの1月に飛ぶ予定。そして年末までに1,500時間を飛んでカナダ運輸省とFAAの型式証明を取り、2001年1月から引渡しに入る。この年は月産3機の予定だが、2002年には年間46機が生産される計画。

 ちなみにCRJ200の生産は、現在2.5日に1機の割合でおこなわれている。月産9.5機になるが、これで年間生産数は112機である。1年ほど前は年間78機の割合であった。それが92機に増え、今年は112機になる。わずか1年ほどの間に製造率を2回引き上げたが、それでも注文に追いつかないという状況で、工場は大変な活況を呈していた。

 そこへ近い将来CRJ700の生産が加わる。組立てラインは別々になるが、主翼、前方胴体、方向舵、操縦翼面などはここモントリオール工場で製造される。ほかに胴体中央部分は姉妹会社の英ショート社がつくり、さらに外部のメーカーとしてエンジンのジェネラル・エレクトリック社、日本の三菱重工業、アビオニクスのロックウェル・コリンズ社、補助電源を担当するアライド・シグナル社などがリスク負担で開発と製造に参加している。

 CRJ700の99年末までの受注数は、確定99機、仮172機。一方CRJ200は確定612機、仮272機だったから、ボンバーディア社のリージョナル・ジェットは総受注数1,155機。うち356機のCRJ100/200が引渡しずみである。なおCRJ200は昨99年167機の注文を受けた。これは前年の123機に対して35%の増加である。

 

 

世界第3位の航空機メーカー

 ボンバーディア社は今や世界で3番目の航空機メーカーといわれる。リージョナル機とビジネス機の分野ではトップを走っているが、ここに至るまでの足跡をたどると次のようになる。

 ボンバーディア社は第2次大戦中、1942年に発足した。発端は創立者、ジョーゼフ・ボンバーディアによる雪上車の発明である。カナダは冬が長い。雪の中でも貨物輸送ができる手段として開発され、1959年にはスノウ・モービルに発展した。今ではボンバーディア社のリクリエーション製品の中核となっている。

 しかし1974年、石油危機の直後スノーモービル事業が不調におちいった。そこからボンバーディア社の事業拡大がはじまる。まず鉄道車両の製造である。その結果、現在ニューヨークの地下鉄、アメリカ北東部を走るアムトラック高速鉄道、さらには欧州その他の各地の鉄道車両をつくっている。

 事業内容は、リクリエーション製品が20%、鉄道車両20%、ファイナンス・サービス9%、そして50%余りが航空宇宙事業である。航空宇宙事業の中にはビジネス機、コミューター機、消防機の3種類の航空機が含まれる。

 ボンバーディア社が航空宇宙事業に参入したのは1986年、モントリオールのカナディア社を買収したときであった。当時のカナディア社はチャレンジャー・ビジネス・ジェットを生産しているだけで、CL-215飛行艇の製造は中断していた。

 この買収を皮切りに、ボンバーディア社は1980年代後半から90年代を通じて、航空宇宙分野における積極的な買収と統合を進め、次のような進展を見せた。

 1989年、北アイルランドのショート・ブラザーズ社を買収、欧州への事業参入の足がかりを築いた。同時にショート社の新しい複合材技術などを含む航空機部品の製造能力を拡大する。

 翌1990年アメリカのリアジェットを買収し、ビジネス機におけるボンバーディア社の立場を強化した。92年にはカナダ・トロントのデハビランド・エアクラフト社を買い取り、リージョナル・ジェットに加えて、ターボプロップ・コミューター機にも進出した。

 これらの買収企業は当時すべて、さまざまな意味で苦境に立っていた。それを次々と買収していったのは「問題あるところにチャンスあり」というボンバーディア社の考え方によるものであろう。そして不振の4社の潜在能力を引き出すと共に、ボンバーディア社は工場、製造機器、組織体制、人材などの強化と改善のために何億ドルもの資金を投入していった。

 これにより各社の航空機の設計、開発、製造のシステムが洗練され、しかも、かつては別個ばらばらの組織であった4社が互いに協力し合って、相乗効果を発揮できるようになった。

 このようにして航空機メーカーを買収し、内容を強化していくことにより、ボンバーディア社は先ず航空界で競争して行けるだけの基盤を固めるという戦略目標を達成した。

 
コムエアのCRJ200)

 

8年間で8機種を開発

 戦略目標の第2段階は、第1段階で固めた基盤の上に立って適切な市場に狙いを定め、リーダーシップを確保することである。それには顧客の希望するものを最良の形で提供していかなければならない。新しい製品の開発である。

 そこで次の8年間は新製品の開発に集中した。その結果、現在の製品の中で買収以前のままという製品は1%しかない。30%は何らかの改良を加えたものであり、ほぼ7割が最近開発した新製品となった。事実、ボンバーディア社は毎年平均1種類の割合で、新しい航空機を開発してきたのである。

 こうして、この8年間に型式証明を取り、市場に送り出した航空機は次の8機種に上る。CRJ100/200(型式証明取得1992年)、リアジェット60(1993年)、CL415(1994年)、ダッシュ8-200(1995年)、チャレンジャー604(1995年)、リアジェット45(1997年)、グローバル・エクスプレス(1998年)、ダッシュ8-400(1999年)。

 数ある航空機メーカーの中で、毎年平均1機ずつの新機種を開発してきたところがほかにあるだろうか。その発端となった決断はCRJの開発であった。そのための必要資金は当時の2.5億ドル。同社の株式価値の半分という大金である。しかも未だ存在しないリージョナル・ジェットが将来どうなるのか、大方の見方は悲観的であった頃の投資である。

 それが今や大きな成功をおさめ、CRJ700の開発に進み、さらに近くBRJ-Xの開発にも着手する勢いである。この開発構想は1998年のファーンボロ航空ショーで明らかにされた全く新しい大型リージョナル・ジェットで、座席数は95〜108席。目下エアラインの希望と助言を受けながら設計を進めているが、就航目標は2003年の予定という。

 ただし最近、競争相手のエンブラエル社やフェアチャイルド・エアロスペース社が同クラスの90人乗り旅客機の開発に乗り出してきたため、開発作業を急ぐ意味から、取り敢えず90席の機体についてはCRJ700のストレッチ型として、CRJ900と呼ぶ構想が浮上してきた。

 これはCRJ700を基本として、同じ胴体断面で、コクピット、主翼、尾翼なども同じものを使用し、胴体を3.6mほど引き延ばすというもの。これで前後4列、左右4席、合わせて16席の増設が可能になる。総重量は17,150kg、ペイロードは約10トン。最大マッハ0.81、巡航マッハ0.77で2,960kmを飛ぶことができる。エンジンはCRJ700の1割増くらいの推力が必要になると見られている。

 こうした計画ならば開発期間の短縮と費用の削減が可能になる。またCRJ100/200やCRJ700との共通性も大きく、したがって運航費も少なくてすむ。目下エアラインの反応を調査中だが、近いうちに開発着手が決まれば機体価格2,900万ドルで2002年にも就航可能という。なお、CRJ700は約2,800万ドルである。

 

 

細分化する航空ネットワーク

 先頃ボーイング社の発表した航空機の市場予測によると、これから最も大きな成長が期待できるのはリージョナル・ジェットの分野であるという。その背景にあるのは、ボーイング社の見解によると、規制緩和にほかならない。

 世界各国の航空政策の変化によって規制緩和が進み、航空の自由化が進展するにつれて市場が細分化し、分散してゆく。すると、それに適した長航続の中・小型機が必要になってくる。もはや巨人機でハブ空港に旅客を集め、そこから近距離用の小型機でフィーダー便を飛ばすという方式は、ハブ空港の容量が限界に達した現実からしても、これ以上の発展は望めなくなった。

 これからはハブ空港をバイパスして飛べる長航続・高速性能の中・小型機が必要になる。北大西洋線ならば767やA330であり、太平洋線では777-200ERやA340-300である。これを米国内や欧州圏内に当てはめるならばリージョナル・ジェットの役割といってよいであろう。

 そこでボンバーディア社の予測では、70席クラスの地域航空機は今後20年間に1,500機以上の需要があるという。うち半数以上が北米向け、25%以上がヨーロッパ向けである。

 同じ見方からすれば、日本でも、この2月から航空法が改正施行され、規制緩和が進むことになっている。加えて肝心の羽田空港や伊丹空港の窮屈な現状では、新規路線の開設や乗り入れはなかなか難しい。そこで地方都市の間を直接結ぶリージョナル・ジェットが有望になる。ボーイング社のいうような市場の細分化と小型機の活用が、日本も例外ではなく、冒頭に述べたようなエアラインがすでにCRJを発注しているゆえんでもある。

 かくてリージョナル航空とビジネス航空の分野で次々と新機種を開発し、時流に乗って邁進するボンバーディア社の前途は、今後なお大きな成長を期待してよいであろう。

(西川渉、『エアワールド』誌、2000年3月号掲載)

(「本頁篇」へ)(表紙へ戻る)