初飛行を待つベル609

 

 

「約70機」を受注

 今年1999年はいよいよ史上初めてティルトローター実用機の引渡しがはじまる。海兵隊向けの軍用MV-22オスプレイだが、一方では民間向けベル609の開発もアグスタ社の協力を受けることになって軌道に乗ってきた。そこで昨年10月下旬、ラスベガスで開催されたNBAA(米国ビジネス航空協会)の年次大会で、ベル609ティルトローター機のモックアップを前にして、ベル社のドン・バーバー氏の話を聞いた。

 大柄で気さくな、この609開発担当部長は、日本式にいえばジャイアント馬場ならぬドン馬場さんとでもいうところか。その馬場さんによれば、609の開発は順調に進んでいる。民間機としての型式証明を得て引渡しに入るのは2002年夏の予定という。

「おや? 2001年ではなかったんですか」と聞くと、「だって共同作業の相手がボーイングからアグスタ社へ変ったんですよ。その引継ぎだけでも大変です」という答え。さもありなんとは思うが、本来21世紀初頭からの実用化をめざしていたものが、1年遅れになるのはいささか残念。

 受注数は「現在およそ70機」。およそではなくて、正確な数字は何機なのか確認しようとすると「正確には70機だが、2〜3機の契約交渉中で、もうすぐ72機か73機になる」という。「じゃあ、日本に帰る頃には72〜73機と書いてもいいですか」「いや、それはまずい」。

 あれから1か月半になるが、契約が成立したのかどうか、正式発表がないからよく分からず、したがって609の受注数は依然として約70機としか書きようがない。発注しているのは17か国、42社ということで、発注者と国の数だけははっきりしている。

  

CHCは10機を発注

 609の発注者の中で最も多いのはカナディアン・ヘリコプター社(CHC)。大胆にもというか、豪快にもというべきか、なんと10機の発注である。同社の長期戦略構想の一環として、保有機材の内容を再構築してゆくのが目的とか。そのうち5機は子会社のブリティッシュ・インターナショナル・ヘリコプター社(BIH)が北海の石油開発に使うらしい。

 余談ながら筆者も昔、北海の石油開発の現場を見に行ったことがある。スコットランドのアバディーン空港からYS-11に似た双発ターボプロップHS748に乗って沖合のシェトランド島へ飛び、そこから朱い防水服に身を固めてヘリコプターで1時間近く、最初のプラットフォームへ行く。そして再び海上を飛び回って、何か所か掘削プラットフォームを見学したが、その中には大きな格納庫のあるところもあって、当時のベル212などは何か月も陸地に戻らず、ひとつのプラットフォームを拠点にして海上基地を飛んで回り、定時点検も海の上でおこなうとのことであった。

 おそらく今も、この体制は変わっていないだろうが、こういうところにティルトローター機を使えば、速くて遠くまで飛べるから、一機でHS748とヘリコプターの両方の役割を果たすことも可能で、陸地とプラットフォームを直接往来することになろう。 

 

型式証明はパワードリフト・カテゴリー

 609の型式証明はFAAとカナダ政府と欧州JAAの承認を取る。FAAの場合はFAR(連邦航空規則)パート21.17(b)の「パワードリフト・ カテゴリー(ティルトローター・タイプ)」の基準にしたがって審査される。この基準は未完成らしいが、たとえばティルトローター機としては地面接近警報装置(GPWS)を取りつけるよう定めている。さらに空中衝突防止装置(TCAS)をつけるような規則を入れるかどうかも検討中。

 609は9人乗りの与圧キャビンを持ち、運用高度限界は7,500m、片発停止時の高度限界は4,800m。また離着陸は標高4,200mまで可能。しかし将来テスト飛行がはじまれば限界が上る可能性もある。特に滑走離陸をする場合は、もっと高くても可能となろう。

 巡航速度は460〜500km/h。航続性能は3時間で1,380kmだが、補助燃料タンクをつければ1,850kmまで伸びる。それだけの航続性能があるならばというので、米沿岸警備隊も609に関心を持ち、向こう15〜20年ほどの間に現用ヘリコプターをティルトローター機に入れ替えてゆくことも検討中という。

 ベル社はまた本機を軍用機としても提案している。3軍共通の多用途機として、戦闘攻撃を含むあらゆる任務をこなすことができる。速度も航続距離もヘリコプターの2倍だから、戦場での行動半径も広くなる。空中指揮や救急搬送にも有効であろう。 

 

2000年秋に初飛行

 さらに馬場さんは、609の発着するヴァーティポートやヘリポートは、今のヘリポートをことさら大きくする必要はなく、ベル412の発着できるヘリポートならば609も発着可能と語った。その場合の騒音は、ティルトローター実験機XV-15よりも静かだが、さらにどのようなアプローチをすれば地上への騒音の影響が小さくなるか、実際に飛びはじめたら研究するつもりという。いうまでもなく、上空通過時の騒音はふつうの飛行機と変わらない。 

 なおアグスタ社との共同開発については、そのことによって欧州市場への売りこみが容易にはなるが、一方でティルトローター技術の国外流出という問題も生じ、米政府の承認を得なければならない。

 そのため、新聞や雑誌は早くも「ベル・アグスタ609」とか「BA609」と書いているが、ベル社としてはまだ正式にはアグスタの文字を入れているわけではない。なるほど、会場に展示されたモックアップにも「ベル609」の文字しか見えなかった。

 明るい照明に輝く巨大なモックアップの下で、馬場さんは目下原型4機の製作が進んでいる。1号機の初飛行は2000年秋の予定と言って、自信に満ちた笑顔を見せた。

             (西川渉、『日本航空新聞』99年1月14日付掲載)

 

【参考資料】ベル609とティルトローター機の系譜 

 

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