<晴天乱流>

規制緩和の意義

 アメリカのコラムニスト、アート・バックウォルドはユーモア溢れる奇想天外な発想で現代の社会と政治を風刺してきた。第2次大戦中は海兵隊の航空部隊にいて太平洋戦争にも参加、戦後はジャーナリストとして活躍し、『ロサンゼルス・タイムズ』のコラムで全米に笑いをまき散らした。その一部が今から10年ほど前、文藝春秋から5冊の翻訳になって出版されている。

 その中に、しばしばエアラインの話が出てくる。たとえばニューヨークからマイアミまでの切符を買う。「料金は50ドルです」「ばかに高いね」「ええ、でもパキスタンのカラチまでの料金も入っていますから」「カラチへ行く予定はないよ」「では、香港まで飛んでホテルで3泊できますけど」

 また割引料金が増えると、正規料金の乗客が不満をもつ。それを如何になだめたらいいか。「割引客は足枷をつけて……最後部に追いこまれ……鎖で壁につながれる」。そして長い鞭をもったひげ面のスチュアードが「緊急時には頭の上から鋸がおりてくる。それを使って足枷と手首の鎖を切れ。前の方に非常口があるが、使うのは追加料金を払ってからだぞ」と、離陸前のブリーフィングを行う。

 すると乗客の中から「あのう、今日の映画は何でしょうか」という質問が出る。たちまち鞭が飛んで「これでも食らえ、このけちんぼ野郎。割引料金で映画まで見ようとは太い料簡だ」。確かに、このくらいやれば正規料金の乗客も満足するかもしれない。

 こんな話が多いのは、これらのコラムの書かれた時期が、アメリカの航空事業が1978年に自由化されたばかりの頃だったからである。

 空港のコンピューターが故障したときの旅客とカウンターの係員とのやり取りも面白い。「コンピューターはいつまで故障しているのかね」「コンピューターにきいてみないとわからないんですが、なにしろそのコンピューターが故障で答えてくれません」「だったらゲートへ行ってみよう」「何番ゲートかわからないんです……それに切符がないとお乗せできません」「今ここで金を払うよ」「金額がわかりません。知っているのはコンピューターだけですから」

 先日の香港で起こった新空港のコンピューター故障は、まさしくこの笑い話を現実にした大規模なトラブルだった。私もいつぞや羽田空港で、コンピューターが故障したといって長く待たされた覚えがある。またアメリカで後日の参考にと思って、空港のカウンターで運賃をたずねたところ、搭乗予定の曜日や時間帯を聞かれて返答に窮した。10年以上も前のことだが、日本のように時刻表を見れば一と目で分かるという具合にはいかなかったのである。

 さて、アメリカに遅れること20年、日本でもようやく運賃制度が変わり始めた。コンピューターにきくほど複雑ではないが、予約の時期と条件によって割引率が異なる。折から半額運賃を標榜する航空会社にも事業免許が交付され、規制撤廃の前夜に入った。

 規制緩和については、これまで悪夢か福音かといった論議がなされてきた。結局ここまでくれば、悪夢でもなければ福音でもない。時代の潮流、世界の拡大とでもいうべきであろう。その流れの中で、ひとり日本だけが高運賃を維持する文字通りの「孤高」を守るわけにはいかなくなったのでである。

 なるほど規制緩和をしても運賃が下がるとは限らない。あるいは値下げ競争が激化する余り、航空会社の採算が合わなくなって、路線が運休になり、航空会社の経営が傾いて、安全が損なわれるという議論もある。

 しかし規制緩和は、運賃の引き下げだけが目的ではない。眞の目的は消費者の立場に立った選択肢の多様化なのである。したがって、昔ながらの高い運賃が残っていてもいっこうに構わない。急ぎのビジネスマンはそれを使って飛べばいいのである。不意の出張にもすぐさま応じられるような座席が常に確保されていることが大切なのだ。その一方で、暇はあってもお金がないという人もあろう。そういう人は前もって予約しておき、安い運賃を使えばよいのだ。

 結果として、高運賃の乗客と割引客とが機内で隣り合わせにすわるかもしれない。それを、先のコラムのようにけしからんという人もあろうが、そこに至るプロセスを考えれば、決しておかしくはない。

 安い切符を買った乗客は、2か月も前からスケジュールが縛られてしまう。しかし高い乗客は今朝になって急に出張が決まったのである。それでも飛行機に乗れたのは、それだけ大きな自由度を持っていたのであり、その利便性に対して高い運賃を払ったのである。

 これまでは、そういう自由度も利便性も選択肢も、全てが一律に扱われてきた。しかし規制緩和になれば低所得者は経済的な利益を受けられるし、金持ちは高い運賃で豪華な旅を享受できる。忙しいビジネスマンは時間的な利便性が得られるようになるのである。

 そのうえ日本でも、バックウォルドのようなコラムを書いたり、読んだりできるようになろう。私の場合は、私的な事情で恐縮だが、年をとった母が1人で福岡で暮らしている。そこへスカイマーク・エアラインズのような東京〜福岡間の半額便が実現すれば、2倍の親孝行ができるわけである。(その2へ続く

(西川渉、『航空情報』1998年10月号「晴天乱流」欄に掲載)

  

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