規制緩和の意義――その2

 

 これは『航空情報』誌10月号、「晴天乱流」欄に書いた拙文の続きである。あの中に、割引客が増えると正規料金の乗客が不満を持つ。それをなだめるために割引客を奴隷扱いする話を書いたが、それは思い違いも甚だしいという話を読んだ。アメリカン航空のボブ・クランデール会長の談話である。

 クランデール氏によれば、満額運賃のビジネス客が割引客の安い分を負担しているのではなく、割引客が満額客を助けているのだという。

 たとえばアメリカン航空の場合、およそ93%の乗客が何らかの割引運賃で乗っている。満額客は残り7%に過ぎない。しかし割引運賃にはいずれもさまざまな制約や条件がついている。

 それに対して満額運賃は無条件である。仮りに満額客が出発時刻ぎりぎりに遅れてきても、航空会社はその座席を転売せずにキープしつづける。ときには、その客が現れずに空席のまま飛ぶこともある。そうと分かっていれば、本当はもっと早く転売することもできたはずなのだ。それでも黙って次のフライトにお乗せする。航空会社の立場からすれば、満額客のために2つの座席を提供したことになる。つまり半額切符を2枚売ったのと同じ結果になったのである。

 航空旅客がこのようにわがままなビジネス客ばかりであれば、運賃は現行よりもずっと高くせざるを得ない。ところがここに観光客が現れた。ビジネス客の要らなくなった座席を観光客に安く売る。そのことによって、正規運賃は今の水準にとどまっているのである。しかも観光客は人数が多いから、運航便数が増える。

 ということは正規運賃のビジネス客は割引観光客のおかげで、運賃が安くなり、便数が増えて利便性が高まったのである。

 こうして航空事業が自由化された現在、かつての規制時代にくらべて便数は大いに増加し、運賃はインフレ調整をしても平均37%下がった。

 以上は今年5月1日付けの『アメリカン・ウェイ』という機内誌に掲載されたクランデール会長の談話だが、どうやら我々は割引切符でも小さくならずに、堂々と飛行機に乗ることができそうである。

 もうひとつ、英ヴァージン・アトランティック航空のリチャード・ブランソン会長が、去る9月19日に就航したスカイマーク・エアラインズの機内誌創刊号に「就航おめでとう」の祝辞を寄せている。その中でブランソン氏は「健全なる競争が促進されることにより、豊富な選択肢と価値あるサービスがお客さまに提供されることの大切さは言をまちません。……日本の空にも真に価値のあるサービスが実現することを確信しております」とある。

 氏は周知のように、ヴァージン・アトランティック航空の創業によって、安価な国際航空便を英国から米国を初め、日本を含む世界各国へ運航してきた。そして今年6月17日付けの『ニューヨーク・タイムズ』によれば、次の事業展開として米国内線の開設を目論んでいるらしい。

 その構想は「ヴァージン・アメリカ」という航空会社をつくり、ニューヨークのケネディ空港を拠点として米国内15都市に低運賃の航空便を飛ばすというもの。しかし、その実現のためには、米国が今以上に航空の自由化を進めなければならない。

 最大の障壁は72年前にできた規制で、米国の航空会社は株主投票権の75%以上が米国市民でなければならないというもの。これでは外国人が米国内で航空会社をつくり、有償で航空機を運航することはできない。そこでブランソン氏はアメリカ政府に向かってこう言う。

「低運賃の航空会社が参入してくれば、航空界は刺激を受ける。米政府はそれを歓迎するのではなかったのか。だってアメリカ政府は日本の保護主義に対し、盛んに不平を並べ立てているではないか。しかるにアメリカ自身こんな古ぼけた規則を持っているのはどうしたことか。今この現代に、化石時代の規制が存在する理由はどこにもないはずだ」

 日本がようやく航空の規制緩和に漕ぎ着けたというのに、欧米では早くも次の自由化――国内航空の国際化、つまり外国企業による国内線の運営が論議されているのである。

(西川渉、98.10.5)

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