規制緩和の意義(3)

――20年間の検証――

 

 米国の航空事業に関する規制撤廃の法律が成立してから、今年は丁度20年になる。そこで、この法律の成果はあったのか、この20年間に何が起こったかといった調査研究が米国では盛んにおこなわれ、また議論されている。

 たとえばアメリカン航空のボブ・クランデール会長の最近の発言も、自由化論者を勇気づけるものであった。割引客は肩身の狭い思いをする必要はない。割引客こそが正規運賃の満額客を助けているというのである。

 一方では、規制緩和をすると競争が激化して経済的な余裕がなくなり、安全性が低下するという議論も多い。しかし9月9日付けのウォールストリート・ジャーナル紙は、MITのアーノルド・バーネット教授による1987〜96年の10年間のエアライン事故に関する調査として、既存の大手エアラインと新興のエアラインとの間で死亡事故に関する違いはないという結果を報じている。もっと具体的にバーネット教授の結論を見ると、次の通りである。

 

死亡事故は、米国の既存のエアラインの間で万遍なく分布している。あるエアラインは常に安全であり、あるエアラインは事故が多いというようなことはない。

 

この10年間に新興エアラインの死亡事故は、1996年に発生したバリュージェットの事故だけであった。しかるに新興エアラインは何百万便もの飛行をしており、統計的に見てことさら新興エアラインが危険ということはない。

 

たしかにプロペラ機を使っているコミューター航空の死亡事故はジェット機の事故にくらべて多い。しかし、これはプロペラ機とジェット機の飛行路線の違いに起因するもので、新興企業か否かといった問題ではない。

 

統計的に見て、航空旅客が死亡事故に遭遇する確率は、米国内線で毎日ジェット便に乗ったとして、21,000年に1回である。また国際線では14,000年に1回である。

 

同様に、プロペラ機を使ったコミューター便では5,000年に1回、また後進国へジェット便で飛ぶ場合は2,000年に1回、後進国の国内線ではジェット便でも1,500年に1回である。

 こうした規制緩和、もしくは航空の自由化の結果について、最近、米国の基本的な国家政策に影響力をもつシンクタンク、ヘリテージ財団が詳細な検証と分析の結果を発表している。その内容を私なりに要約し、メモを取った結果は次の通りとなった。

 航空業界の規制緩和撤廃は、この20年間の結果から見て信じ難いほどの成功であった。米運輸省も、その成果にもとづいて1998年4月6日、改めて業界内部の不公正な動きを排除するため「エアライン業界の競争政策に関するステートメント」を発表している。

 この方針は特に、大手エアラインによる中小エアラインもしくは新興エアラインの排除の動きを封ずるためのものである。たとえば不当な運賃値下げ競争を挑んで、中小エアラインを傷みつけるような動きがあれば、運輸省は大手に対して何らかの措置を取るとしている。

 といっても、その目的は「航空業界における自由市場の原理を維持するため」であって、運輸省が今後「航空市場を何らかの形で規制するようなことはない」ことを改めて表明したものである。

 たしかに消費者は、1978年の規制撤廃以来、その恩恵を十分に受けてきた。その恩恵とは如何なるものか。列挙すると、次の通りとなる。

航空運賃は今日、1978年の当時にくらべて、ほぼ40%下がっている。

 

1939年から1978年にかけて、米国の航空死亡事故は毎年平均6件ずつ発生した。が、1978〜97年の平均は年間3.5件であった。

飛行便数は1978年が500万便、1997年は820万便で、20年間に63%増となった。

 

定期便の飛行距離は、1978年が25億マイルだったが、97年は2倍以上の57億マイルになった。

 こうした流れを受けて、ヘリテージ財団は、さらに次のような航空政策の自由化促進を勧告している。

空港を民営化して、発着容量や施設内容の改善をはかる。

出発時刻、スロット、ゲートなどの金銭による売買を認める。

航空管制を民営化して、空域の混雑と安全性の向上をはかる。

エアラインに対する施設使用料金や通行税をなくす。

国内線にも外国エアラインを導入して、競争を促進する。

 こうした激しい勧告をアメリカ政府や議会がいつどのような形で受け入れるかは分からぬが、いずれ近い将来もしくは遠い将来には実現するに違いない。事実、英ヴァージン・アトランティック航空のブランソン会長は、米政府に同航空による米国内線の運航を認めるよう要求している。こうした動きが実現すれば、影響は世界中に広がるであろう。

 日本も必ずや、その波をかぶるに違いない。わが国はまだ規制緩和がはじまったばかりだが、運輸省内部では航空法の見直しも進んでいる。航空業界も覚悟を決めて、新たな事態への対応策を練り上げておく必要があろう。

(西川渉、98.11.14)

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