ヘリコプターの仕事は場外着陸

 

 いよいよ『航空法』が改正される。この法律ができたのは、戦後7年間の航空空白期間が明けた昭和27(1952)年7月のことであった。以来、半世紀近くたって、無論その間こまかい改正はあったものの、抜本的、根本的な改正は今回が初めてである。

 改正は、まず第1条(この法律の目的)から手を着けられた。これまで、この法律の目的は「航空の発達」であった。その目的を達成するため「航空機の航行の安全……並びに航空機を運航して営む事業の秩序を確立」することとなっていた。

 それに対して新しい法案は「航空機の航行の安全」を第1の手段とすることは当然のことながら、第2は「航空機を運航して営む事業の適正かつ合理的な運営を確保して、その利用者の利便の増進を図ること」。それによって「航空の発達を図り、もって公共の福祉を増進することを目的とする」と改められる。つまり、業界の秩序よりも利用者の利便性を優先し、最終的な目的は「航空の発達」を超えて、その先にある「公共の福祉」をめざすというのである。

 私はかつて、昨年秋の日本航空新聞で、航空法第1条について、「航行の安全」と「利用者の利便性」を確保することにより、「航空の発達」をはかることを目的とするように改めてはどうかと提案したことがある。しかし今回の改正はもっと先の「公共の福祉を増進すること」が目的となった。この方が、航空の発達などという単純なものではなく、考え方としてはもっと深甚であるといえるかもしれない。

新しいチャンスの到来

 こうした目的を受けて、法律の内容は1年前の運輸政策審議会の答申の通り、需給調整規制をなくすことが根本の課題となった。具体的には路線ごとの免許制を廃して「事業ごとの許可制」に改める。これで従来必要とされていた路線ごとの事業計画や収支見積が不要となり、「当該事業の開始によって……輸送力が……需要に対し、著しく供給過剰にならないこと」(航空法第101条)といった免許基準もなくなる。その結果、旅客輸送分野における新規参入が容易になり、競争が促進されて経済面の効率化、活性化が進むことになる。

 運航ダイヤも認可制から「事前届出制」に変わり、路線やダイヤの設定は航空会社の自主的な意思にゆだねられる。これにより経営効率と旅客サービスが向上して、利用者の利便性が確保される。

 また同時に、運賃・料金も認可制から事前届出制に改められる。これで航空運賃は多様化し、安くなって、利用者の負担が軽くなる。つまり航空会社にとっても旅客にとっても、好適な状況が現出するというわけである。

 もっとも現実には誰もがハッピーというわけには行かない。少なくとも従来一定の市場シェアを占めてきた既成勢力にとっては、その一部を新規参入者に蚕食される恐れが出てくる。それを如何にして食い止め、シェアを守りつつ、利益を確保するかという課題が生じる。

 一方、これから参入しようというもの、もしくは既存企業であっても従来さまざまな規制に抑えられてきたものにとっては、一つのチャンスが到来したことになる。それも既存の勢力を蚕食するばかりでなく、新たな航空事業の分野を切り開いてゆく可能性が出てきたのである。

 言い換えれば、今回のような規制緩和をめざした法律改正は、単にこれまでと同じ市場規模の中で競争がはじまるだけではない。競争と同時に規模が拡大するところに意義がある。制度の変更によって利用者の利便性が高まれば、利用者が増加する。すなわち需要が増大し、市場規模が大きくなり、うまくゆけば既成勢力も新興勢力も共にハッピーという可能性も出てくるのである。

早くも規制緩和の効果

 規制緩和による需要の増加は、アメリカの実績に見ることができる。米国の航空事業規制緩和法が成立したのは1978年12月。以来20年間に航空旅客は2.5億人から6億人へ増加した。国民1人あたり年間2.3回ずつ飛行機に乗っていることになる。

 日本は1人平均1回にならない。もとより国土面積の違いや地上交通機関の普及など、さまざまな条件が異なるので単純な比較はできない。けれども、その日本ですら近年、航空旅客は毎年順調に増え続け、鉄道やバスなどの乗客が減っているのと著しい対称をなしている。これは幅運賃制や事前購入割引など、航空需要喚起策が取られてきたからで、早くも規制緩和の効果が出ていると見ることができる。

 このような航空法を初めとする規制緩和に関して、『民と官』(講談社、1999年1月刊)という本は「運輸省はよくぞ規制緩和を決断した」と賛辞を呈している。前行政改革委員会事務局長の田中一昭氏は「規制緩和がもっとも大きく進んだのは運輸省です。需給調整条項……は今どんどん撤廃に向けて進んで」いると語り、水野清氏(行革700人委員会代表)も「運輸省という役所が需給調整をやめると、いまやっている仕事は8〜9割方なくなってしまうでしょう。これはものすごい決断です。運輸省の幹部がよく踏み切ったと感心しています」という。

 諸井虔氏(地方分権推進委員会委員長)は「参入規制などしていると、結局、国内の業者の国際競争力が落ちていく……競争に負けて、いい会社も含めてみんなひっくり返ってしまう」といい、再び水野氏が「先ほどの需給調整条項の廃止も含めて、運輸省は頭を切り替えた。10年、20年先になって振り返れば、運輸省は賢明だったということになるでしょう」と締めくくっている。

 まさしくアメリカでは20年前を振り返って、規制緩和は成功だったという評価が出ている。たとえばコミューター航空は、20年間に乗客数が5倍を超え、事業規模が10倍に達した。使用機数も1,000機から2,000機になり、機材も大型化した。これらの伸び率は既存の大手航空会社の成長率よりもはるかに大きく、しかも既存の市場を蚕食したわけではない。幹線エアラインを補足する形で、新しい市場を形成してきたのである。

 そして定期航空の飛行便数は、20年間に500万便から820万便に増加した。また航空運賃は平均で約4割下がった。その結果として上述のように乗客数が増えたわけだが、それにもかかわらず航空事故は1978年以前の40年間で毎年平均6件だったものが、緩和後の20年間は平均3.5件と半分近く減少した。

 これで自由化によって競争が激化し、安全性が損なわれるという主張は必ずしも当たらないことが実証された。無論そのためには、今回の日本の場合もそうだが、経済的な規制緩和と同時に安全確保のための技術的な規制を強化するという考え方が取られている。

いつでも何処でも着陸できるように

 こうした規制緩和と航空法の改正は主として定期航空を対象としたものである。しかしヘリコプターを含むジェネラル・アビエーションの分野にも影響することは間違いない。たとえば事業免許が不要になり、運賃・料金の認可制がなくなれば、新規参入企業が増えてチャーター料金の値崩れが生じるかもしれない。

 とくに既成勢力にとっては、エアラインの場合と同様、足もとを蚕食されるおそれがある。極端な場合、社長兼パイロットというような身軽な会社が誕生すれば、むろん安全上の条件を満たしている必要はあるが、油断のならない存在となるであろう。

 そうした中で、ヘリコプター事業が新たな分野を切り開いてゆくには路線事業と同様、いわゆる使用事業の分野についても思い切った規制緩和が必要ではないだろうか。このことはヘリコプター関係者の昔からの念願であった。たとえば『パイロット一代』(岩崎嘉秋著、元就出版社、1999年3月刊)は深牧安生氏(元日本ヘリコプター専務)の次のような提言を紹介している。

「航空法が制定されて25年が経過した。当時のヘリコプターと現在では飛行性能も安全性も向上した。が、航空法は依然として当時のままで、ヘリコプターの特徴はむしろ抹殺されたままの感が深い。薬剤散布をするにしても、相変わらず場外離着陸、低空飛行、物件投下の申請をいちいち出している。官も民も無駄な労力と経費をかけている」(要旨)

 実は、この提言は今から20年以上も前のもので、深牧氏は運輸省に対し、もっと思いやりと温情をもってヘリコプター事業の育成指導に当たって欲しいと懇請している。

 ここでは農薬散布が例示してあるが、救急患者の搬送も、特に時間的な制約があることから、いっそうの規制緩和が必要であろう。航空法第81条の2は「捜索または救助のため」に使える機材を限定している。行政機関の保有する航空機か運輸省の依頼した航空機に限っているため、通常の民間商用ヘリコプターは、仮に救急患者が目の前にいても救助ができないことになってしまう。

 ヘリコプター救急は今、世界的な関心を集め、各国で急速な進展を見せつつある。先進的な国で日常化している状況は、本誌でもしばしば紹介してきた。わが国でも阪神大震災以来その重要性が叫ばれてきたが、日常的なシステムはまだできていない。もとより81条の2を改めるだけでシステムが出来上がるわけではないけれども、システム構築のための必要条件の一つであることは間違いない。この条文の改正によって、商用機でもまた人命救助や救急搬送のために、いつどこにでも着陸できるようになることを希望したい。

 そもそもヘリコプターは救急に限らず、どこにでも合法的に着陸できるようでなければ仕事にならない。飛行機の場合は飛行することが仕事であり、着陸は仕事の終了を意味する。ところがヘリコプターは、上空を飛んでいるだけでは役に立たず、どこかに着陸しなければ任務を全うできないことが多い。

 ある場所に降りて人を助ける、患者をのせる、物資や薬剤を積み込む、報道記者を降ろす……そのような行動はまだ仕事の最中であり、エンジンを止めたりはしない。地面に接地するのは仕事の一段階であって、休止や終了のためばかりではないのである。

 今や、ほとんどの国が場外離着陸の規制を外している。ヘリコプターにとって、運賃料金の自由化だけでは片手落ちで、さらなる規制緩和を要望したい。それは新しい航空法がめざす「利用者の利便の増進」と「公共の福祉を増進すること」にもつながるであろう。

(西川渉、『ヘリコプター・ジャパン』99年5月号掲載)

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