<エミレーツ航空>

躍進と後退

 エミレーツ航空が大量90機のエアバスA380をそろえることになった話は去る6月15日付の本頁に書いた。この航空会社は中東ドバイに誕生してわずか25年。今や国際線に関しては世界最大級の航空会社にのし上がった。すなわち国際定期便の提供座席数は、すでにエールフランスと英国航空を合わせたよりも多いというのだ。

 90機のA380がそろえば、それだけで45,000席の陣容になる。それでもまだ足りないというのがエミレーツ航空の言い分。しかもA380は座席数の多い分、1席あたりの運航費はボーイング747よりも安くなり、運賃も下げることができて、競争相手にとっては大変な脅威となる。

 老舗のルフトハンザ航空にしても、30機の747をそろえるのに40年かかった。これをA380に入れ替えるため当面15機の注文を出しているが、この6月11日からやっと定期運航がはじまったばかり。

 国際航空におけるエミレーツ航空の順位は、2000年の時点で24位だった。サベナ航空と並んでいたが、一方は姿を消し、一方は2009年ルフトハンザ航空を抜いて第1位にまで上がってきたのである。逆に、2000年の順位がトップだった英国航空は、今4位に後退している。

 エミレーツ航空によれば、大手エアラインがなぜA380をもっと早く、もっと多く導入しないのか理解できないという。A380は他のどの旅客機よりもシートマイル・コストが安いので、それ相当の利益ををあげることができる。2010年3月末までの2009年度の同社純利益も、9億6,400万ドル(約1,000億円)であった。

 エミレーツ航空はドバイを世界のハブ空港として、ロンドン、フランクフルト、アムステルダム、パリ、シンガポール、香港に対抗してゆく戦略を進めつつある。

 なにしろドバイはヨーロッパとアジアまたはオーストラリアの中間にあって地の利があると同時に、航空機の方も性能が良くなり、航続距離が伸びたので、かつては僻遠の地と見られていたところでも、今や充分ハブ空港たりうるのである。

 事実、ドバイ空港の利用者は2009年の実績が4,100万人で、前年比9.2%増という大きな伸びであった。ちなみに成田空港は近年利用者が減りつづけており、2008年の実績は2,950万人、前年比8.3%減である。ひと頃は東アジアのハブをめざすなどと云っていたが、運輸官僚たちのお題目に終わってしまった。そもそも国内線の乗り入れを制限し、ビジネス機やヘリコプターの乗り入れを認めなければハブ空港になるはずがない。根本的な考え方が間違っているのだ。今やソウルの仁川空港にも劣るのではないか。

 最近の長距離旅客機は地球上どこでも、途中1回の燃料補給だけで直接結ぶことができる。今後さらに機体の自重が減って燃料搭載量が増えるだろうから、2014年にはドバイからアメリカ西海岸へノンストップで飛ぶことも可能となろう。

 そして今のヨーロッパのハブ空港――フランクフルト、パリ、アムステルダムを経由する旅客も、いずれはドバイ経由になるかもしれない。というのも2011年になると、ヨーロッパでは二酸化炭素の排出権取引がはじまる。そうすると、たとえばインドの乗客がフランクフルト経由でニューヨークへゆく場合、往復ともにフランクフルトで特別料金を取られる。ドバイ経由ならば、無論そんなものは取られない。

 といってヨーロッパ諸国は、エミレーツ航空その他の中東湾岸諸国の乗り入れを制限するわけにもゆかない。なぜなら彼らが使っている旅客機はヨーロッパ製のエアバス機が多いからである。

 具体的には、エミレーツ航空、カタール航空、そしてアブダビのエチアド航空が発注しているエアバス機はA380とA350だけでも合わせて280機に上る。

 躍進するエミレーツ航空に対し、ヨーロッパの競争相手の中には、エミレーツが国営であるだけに、航空機の購入資金が容易に安い金利で調達できるし、空港の着陸料や航空管制利用料も免除されていたり、安い料金だったり、優遇されているはずと非難する。

 これに対しエミレーツ航空は政府の特別保護は全く受けていないと反論している。かつて国営だった当時の英国航空やエールフランスの方がよっぽど手厚い保護を受けていたではないか、と。

 ルフトハンザ航空は、ドイツのメルケル首相までがエミレーツ航空の応援に回ったと主張している。「なぜならドイツの空港を利用する乗客に税金を課そうとしているからだ。ドイツ政府は、われわれのことなど一顧もしてくれない」「エア・チケット税などという言葉は、まだアラビア語には翻訳されていないらしい」と嘆く。

 ところで米「ビジネスウィーク」誌は6月7日号で、日本航空は経営破綻後、多くの国際線を取りやめ、来年3月までに現用747を全機退役させると報じている。

 だからといって、A380の導入にも関心がないらしい。そんな大きな飛行機は要らないとのことだが、関心がないとか要らないというのではなくて、欲しくても買えないのが本当のところであろう。しかし、このままずるずると後退を続けていっていいのか。

 一方で、元気いっぱいのエミレーツ航空は「われわれの機材は、まだまだ足りない」として、近くさらに航空機を発注する計画を進めつつある。


にらみ合う両雄(2010年6月8日、ベルリン航空ショーにて)

(西川 渉、2010.6.26) 

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