FAA『防災ヘリコプター出動マニュアル』を読む――その1

 先日、政府の危機管理や防災計画の専門家の前で1時間ほど話をする機会を与えられた。聴き手が専門家だから、素人のこちらが危機管理について何か立派なことを言えるわけはないが、ちょうどいい機会なのでFAAのヘリコプター防災に関するガイドラインを紹介することにした。

 これは『緊急災害時におけるヘリコプター活用の手引き』と題するマニュアルで、A4版50頁ほどの文書である。大災害に際して、ヘリコプターをどのように活用すればいいか。それには普段からどのような準備をしておけばいいか。そうした問題への対応策が極めて具体的に書いてあって、わが国でも政府、自治体、企業など、防災手段の一つとしてヘリコプターの活用を考える人にとっては大いに参考になるはずである。

 以下、そのときの話のメモをここに掲載しておきたい。かなりの分量になるので、いくつかに分けて掲載することとする。

第1章 本書の概要

何よりも事前の準備

 このマニュアルは1991年7月に作成されたものである。作成に当たっては、ヘリコプターの機能や運用規則などを最も熟知する連邦航空局(FAA)が、それまでのさまざまな災害に出動したヘリコプターの活動ぶりを見ながら、実例に照らして一般的な原則にまとめたものである。

 その目的はきわめて現実的なもので、ヘリコプターは災害対策の手段として大いに役に立つはずだが、必ずしも活用できる態勢ができていない。そこで、この手引き書をまとめて、全米の州政府や地方自治体に配布し、各自治体が防災計画をつくる場合の参考にしてもらいたいと考えた。自治体は、この手引き書を各地の実状に合わせて具体化すれば、そのまま現実の災害対策になり得るというのである。

 もとより、この種の対策はいかに立派な計画であっても、机上の作文だけでは何の役にも立たない。本書は繰り返し事前準備の大切さを説き、その中に担当者や関係者の定期的な連絡や会合、あるいは演習や訓練の必要性を訴えている。

 それによると、災害が発生するとヘリコプターが月光仮面かスーパーマンのように飛んできて、危機に瀕している人びとを救い出してくれると思っている人が多い。しかし、問題はそんなに都合良く解決できるものではない。

「過去40年間、ヘリコプターは、災害に見舞われた地域にとって、きわめてすぐれた救済手段となることを実証してきた。……しかし、事前の準備がなければ、どんな緊急事態が起きても、ヘリコプターは飛んでこないし、また飛んできてもろくな働きはできない。災害に際して、ヘリコプターが本来の能力を発揮するには、警察、消防などの公用ヘリコプターであれ、軍用機であれ、また民間機であっても、防災担当者による事前の準備と体制づくりがなければならない」

 しかるに「防災対策や危機管理に責任を持つべき警察や消防といった公的機関ですら、事前準備が必要であることに気づいていないところが多い」と警告を発している。

本書の内容

この手引きの内容は次表の通りである。

表1 『緊急災害時におけるヘリコプター活用の手引き』内容

第1章 概 要

1 目 標
  人命救助、ヘリコプターの能力確認、防災計画へのヘリコプターの組みこみ、ヘリコプター運航者と防災担当者との連携方法、緊急用ヘリポートの設置。

2 想 定
  有効な緊急対策のための一般的計画、災害指令システムの利用、利用可能なヘリコプターの確認、緊急輸送手段

3 ヘリコプターの任務(表2の通り)

第2章 防災計画の策定
  既存防災計画および関連法規の確認、ヘリコプターの必要性の判断、災害対策本部における航空運用係の設置、出動レベルの発動、災害内容の確認

第3章 ヘリコプター供給源の調査と確認
  ヘリコプター運航者の調査と整理、運航要件の確認、各運航者の運航限界の確認、最新情報の維持

第4章 通信

1 緊急連絡ネットワークの確立
  司令塔、災害対策本部責任者、ヘリコプター運航本部、任務の割当てと担当事項の確認、医療情報(患者の容態)、航空管制

2 通信要領の確立
 空域制限、医療情報の通信、航空交通管制、特別任務、文書類

第5章 着陸場所

1 選定基準
  補給支援の可能性、位置、敷地の大きさと傾斜、表面の状態、障害物の確認、進入離脱経路、風向風速計、照明設備

2 実地調査
  既存施設、臨時施設としての可能性、緊急用ヘリポートの公表

第6章 計画の発動、訓練、事後分析

1 計画発動のためのチェックリスト

2 訓練
 実際的な訓練シナリオ、大規模訓練、中規模訓練、机上訓練

3 災害後の分析
 実態の確認、現場要員からの聞き取り、問題点の分析、防災計画の修正

本書の目的

 上表に見るように、第1章はヘリコプターがどんなことに使えるかを示す。そこで強調されていることは、何といっても人命救助である。

「災害時におけるヘリコプターの役割はさまざまに考えられるが、その中で人命救助は最も重要な任務である。災害によって重傷を負った人が『ゴールデン・アワー』と呼ばれる早い時間のうちに適切な治療を受けることができれば、救命率もいちじるしく高くなる。……ヘリコプターは道路が混雑し、渋滞しているようなときでも、重傷者を救出し、医療施設のあるところへ迅速に搬送することができる。ときには医師を緊急現場へ送りこむこともできる。……ヘリコプターは災害時における人命救助の最もすぐれた手段である」

 本書の第2の目的は、防災担当者にヘリコプターが緊急災害時に何ができるか、その能力に関する知識と理解を持って貰うことである。

「ヘリコプターを知る人は多い。しかし、その能力や運用方法について正確に知っている人はきわめて少ない。この点は、防災計画の立案や準備にあたる担当者も同じである。しかし、防災計画の中にヘリコプターを組みこむには、ヘリコプターの能力について完璧かつ現実的な理解をもつことが絶対に必要である」

 そのような専門的な知識のない防災担当者から見て、どうすればヘリコプターの実務的な知識や情報が得られるのか。それを示すことが本書の3番目の目的である。

 第4は、緊急時の防災担当者とヘリコプターの運航者が協調して救助活動に当たるには普段からどのような準備をして、どのような協力態勢を組んでおけばいいのか。緊急時の連絡の方法はどのようにして確保しておけばいいのかが書いてある。

 第5は緊急用ヘリポートの設営の方法を示す。

 ここでお断りしておかねばならないのは、このガイドラインが示すような災害対策は、勝手に独自に独立して存在するものではない。あくまで基本となる計画――たとえば「地域防災計画」などがあって、その中の一環として計画されなければならないということである。

 すなわち本来の防災計画、危機管理計画があって、その全体がもっと効率よく機能するために、ヘリコプターは使われるのである。

  

人命救助が優先する

 次に本書は災害出動をしてきたヘリコプターの運航上、利用上の優先順位について説明する。運航上は「安全第一」であって、緊急時だからといって無理な飛行をしたり、不用意な任務を指示したりしてはいけない。

 また利用上「最も優先すべきは人命救助である。次いで災害対策の責任者から指示された任務に当たる。ただしヘリコプターの任務の内容が何であれ、地上で救援活動に当たっている人びとの妨げになったり、怪我をさせたりすることのないよう注意しなければならない」。つまり二次災害の戒めである。

では、災害が発生した場合、ヘリコプターはどのようなことに使えるのであろうか。この手引き書は防災担当者に対して、次表のようなさまざまな利用法を教示している。

  

表2 緊急災害時のヘリコプターの役割

1 捜索救難(SAR)

2 災害現場への医療チームの急送

3 医療チームの他病院への派遣輸送

4 怪我人の輸送

5 災害対策専門家の輸送

6 高層ビルや孤立現場からの救出

7 空中指揮と観測

8 空中からの航空管制(AATC)

9 情報収集と報道

10 被害状況の空中調査

11 消火活動

12 機外吊り下げ輸送

13 人員および機材の撤収

14 治安維持と群衆整理

15 政府要人の視察飛行

16 汚染地域の飛行禁止

17 家畜の救助

 上表の中で、A、B、C項に関しては、次のような説明が加えられている。まず「ヘリコプターは病院や救急医療センターから医療チームと医薬品を災害現場へ急送する。医療チームはそこで直ちに重傷者の応急治療に当たる。……ヘリコプターは救急医療チームと医薬品を、怪我人であふれ返る災害地近くの病院や現場救護所へも急送する」

 そして、いうまでもなく「ヘリコプターは怪我人や急病人を搬送することができる。この場合、災害現場に近い病院は怪我人があふれているだろうから、事情の許す限り遠くの病院へ搬送するのが望ましい。これによって、現場近くの病院に手がつけられない患者があふれるのを抑えることができる」

「ヘリコプターは病院間の転送にも使える。応急手当を受けた患者は、病状に応じてもっと適切な病院へ、ヘリコプターで転送することが望ましい」

 なお、アメリカの場合でも「医師は通常、自分が所属する病院からよその病院へは移動しない。したがって防災担当者は、担当地域の病院間の取り決めがどうなっているか予め知っておかなければならない。この点はヘリコプターからはやや離れた問題になるが、事前の調整が必要な事項のひとつである」と書いてある。

 

情報収集とテレビ報道

 本書は地震対策ばかりでなく、さまざまな災害を対象にしている。したがって上の表2のヘリコプターの利用についても、Eでは高層ビルの火災で屋上に避難した人の救出や、洪水のために民家や車の屋根、樹木の上などに取り残された人の救出が上げられている。「ヘリコプターは多くの場合、犠牲者とそれを救出しようとする救助隊員とが出会うための唯一の手段となる」

 F、G、H、I項は、相互に関連する利用法であろう。「F空中指揮と観測」では被災地が広範囲に及ぶ場合、指揮官をのせたヘリコプターを飛ばし、空から全般の状況を見ながら救援活動の指揮をする必要がある。また「G空中管制」では災害現場へ4〜5機を超える航空機が飛来し、救援活動に当たるような場合、別のヘリコプターを飛ばして空からの航空管制をおこなう必要があるとしている。

 管制は、まず航空機同士の空中衝突が起こらぬよう、安全確保が第一の目的である。この場合、災害現場にヘリコプターの着陸場所が設けられているときは、その臨時ヘリポートの管理者も上空の空中管制機と通信できるような無線機を携行し、ヘリコプターが安全に離着陸できるように管理する必要がある。

「H情報収集と報道」はヘリコプターによる偵察と情報収集である。この場合、ヘリコプターに生中継の装備があれば「災害現場上空からの映像をリアルタイムで対策本部に送ることが可能となり、対策本部では現場の状況を的確に把握し、必要な救援要員を派遣するなどの措置を講じることができる。また静止画像にして、画面の上で被災状況の詳細を調べたり、被災の程度を判定するのに使うこともできる」

 もうひとつの役割はテレビ放送局の取材機である。「これで現場の状況が一般市民へも伝達されるが、人びとが災害に立ち向かうには志気を維持することが大切である。そのためには、被災者が今自分たちに対してどのような救援が行われようとしているのか、これからどうなるのかを知って、不安感や恐怖心を取り除き、元気づけられなくてはならない……また被災地の外にいる人びとにとっても、自分たちの親戚や友人が被災地の中でどうなっているかを知りたいはずである」と、報道の意義を説いている。

 その一方、報道用ヘリコプターは「地上で救援活動にあたっている人から見れば、やかましくて気持ちをいらいらさせるし、どうかすると救援活動の妨げにもなるような危険な存在だとみなされることが多い。したがって報道機は、できるだけ地上の救援活動の迷惑にならぬよう留意し、また直接の救援作業にあたっている他のヘリコプターの邪魔にならぬようにしなければならない」

 このことは阪神大震災でも問題になった。地震から2週間ほどたって、2月1日付けの朝日新聞、「火災、ガス洩れ、余震の恐怖におののく神戸の上空をゆうゆうと飛び交うヘリコプターに町の人たちは、あのヘリは何しとんや。行ったり来たりするなら海から水くんででもまかんかいな。けが人のせて大阪まで運んだれや。用もないのにうろうろすな!」という趣旨の投書は、今も忘れることができない。

「この点、報道機のあり方に関しては、単にその場だけの常識的な判断にまかせるだけではなく、報道の自由が保証されると同時に、場合によっては被災地上空の空域や高度の飛行制限をおこなう必要もあろう」

 

ファイア・ファイティングの役割

「J消火活動」は、ヘリコプターの任務のひとつとして消火作業を上げている。消火活動(ファイア・ファイティング)におけるヘリコプターの役割は二つ。 第1は直接の消火作業で、対象が建物であろうと山林であろうと、消火剤や水を上空から散布することである。そのためには通常、パイロットの訓練、機外吊り下げ装置、特殊な放水器具などが必要だが、米国では消防航空隊、森林局、契約ヘリコプター会社などが任務の遂行に必要な訓練を重ね、装備を持っている。

 消防活動におけるヘリコプターの第2の任務は消防隊員を現場へ急送すること。通常の手段では時間がかかったり、接近が難しいようなところへも、ヘリコプターによって送り込むことができる。例えば高層ビルの屋上に消防隊員を降ろして建物の中に送りこみ、階段ではなかなか近づけないような高層階の消火活動に当たる。また山林火災では、ちょっと開けた場所を見つけて、できるだけ火災現場に近いところに隊員を送りこむ。

 K項はヘリコプターによる機外吊り下げ輸送である。ヘリコプターは重量物を吊り下げて輸送することができる。この輸送方法を使えば、重量さえ搭載能力の限度内であれば、相当に大きなものでも空輸することができる。しかも物資を吊り上げるときも降ろすときも、いちいち地面に接地する必要はないから、積み卸しが迅速になる。空中でホバリングをしたまま、資材のロープやワイヤをフックにひっかけるだけでよいのである。

 「M治安維持と群衆整理」は米国らしい用法といえるかもしれない。米国では大災害が起こると、決まったように暴動が発生する。そのため警察はヘリコプターによるパトロールを強化し、「被災地の治安や秩序の維持をはかろうとする。また上空から道路事情を見ながら、地上の交通警察に対して的確な情報を伝え、道路交通の流れを円滑に維持するよう努める」

 

要人視察の是非

「N政府要人の視察飛行」にもヘリコプターを使うことができる。「ヘリコプターは政府要人をのせて被災地上空を飛び、要人が自分の眼で被害状況を確認するのに役立つ。ヘリコプターを使うことによって、地上の救援活動に当たっている人は、要人の巡回視察に煩わされずにすむ」

 阪神大震災では、当時の村山首相や土井衆議院議長が現場を訪ね、被災者に声をかけて歩いた。いかにも日本的なやり方だが、ごった返している災害現場へ要人がやってくると、救助活動の手を止めて辺りを片づけなければならず、要人の警護にも大変な人数を要する。おまけに、神戸の避難所で見られたように、被災者の方から怒声を浴びせかけられたりして、厄介な問題にもなりかねない。

 ヘリコプターを使うのはいいとしても、上空から見るだけにとどめるか、現地に着陸して歩き回るかどうかは、その場に応じて的確に判断すべきことであろう。FAAの手引きが上空からの視察にとどめているのは、アメリカらしい割り切り方であると同時に、われわれにも参考になるのではないだろうか。

「O汚染地域の飛行」は、逆にヘリコプターの利用に制限を加えた事項である。その説明には「災害時に化学物質から発生する毒ガスなど、人体に有害な物質が空中に立ちこめているようなときにヘリコプターを飛ばすことは慎重を要する。どうしても飛ばなければならないときは風上へ回ることは勿論だが、急に風向きが変わってガスの中に入ってしまうと、パイロットや救急隊員を危険に落としいれることにもなる。したがって毒ガスによる汚染地域からの人の救出にヘリコプターを使うことは薦められない」と書いてある。(第2章へつづく

(西川渉、98.8.24)

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