FAAの『緊急災害時におけるヘリコプター活用の手引き』の第1章に続いて第2章を読んでゆきたい。ここには「計画の準備」について書いてある。まず計画の立案に当たって想定すべき前提条件は次の4点である。
第1は「大量の死傷者が出るような災害が発生したときは、地震であれ、洪水であれ、火災であれ、必ず地上交通が途絶するか、ひどい渋滞になる」。その点は、われわれも阪神大震災で経験した。
第2はタイムリーに利用可能なヘリコプターが存在することである。それにはヘリコプター会社、一般企業や個人の自家用ヘリコプター、もしくは軍用ヘリコプターなどの所在をあらかじめ調べておき、緊急連絡の方法などについて調整と確認をしておかなければならない。
第3は、きちんとした地域防災計画があって、その中にヘリコプターが組みこまれていること。
第4は、前第2項のような事前の準備をしていても、必ずヘリコプターが飛べるとは限らない。気象条件が悪かったり、当てにしていたヘリコプターが何かの都合で遠方へ出払っていたり、整備点検のために工場へ入っていたりする。したがって「ヘリコプターを必要不可欠な基本条件とするような防災計画を立案してはならない」
要するに「ヘリコプターを使うのは、災害が生じてのち、その対策責任者が必要であると判断し、利用可能なヘリコプターがあったときに初めてヘリコプター活用計画を発動すべきである」
その計画は、あらかじめ準備し、策定したものでなければならない。
「たまたまそこにヘリコプターがあったから、ちょっと来て手伝ってくれといったような思いつきの使い方はよくない」
言い換えれば、災害対策の実行のためにヘリコプターを使うかどうかを判断するに当たって「責任者は担当地域にどのようなヘリコプターがあるか、その所有者や運航者といかにして連絡を取るか、着陸のための場所はどのような条件を満たしていなければならないか、安全上の要件は何か、といったことを知っておかなければならない」
そのうえで今、ヘリコプターが必要ということになったならば、直ちに対策本部の中に航空機運用係を設け、ヘリコプターの運用はそこで一本にしぼり、集中管理をするのが望ましい。
災害にあたって、どのようなヘリコプターを何機使うべきか。FAAは次表のように3段階の「アラート・レベル」を設定し、それぞれの段階に応じて出動機関を広げ、出動機数を増やしていくこととしている。
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レベル1 |
10人以下の怪我人搬送が必要 |
消防、警察、救急ヘリコプター、事業用および自家用ヘリコプター |
レベル2 |
10〜19人の怪我人を緊急輸送しなければならない事態 |
州兵ヘリコプター |
レベル3 |
20人を越える大量の死傷者が出ていて、その救出や緊急搬送が必要な事態 |
予備軍ヘリコプター、地域駐屯の連邦軍ヘリコプター |
[注]災害の程度はダラス・フォトワース地区のHELPマニュアルから取った
すなわち「レベル1」では「災害地域内のヘリコプターだけで対応する。その地域にある消防、警察、救急ヘリコプターをまず呼び出し、次いで必要に応じて近隣の自家用および事業用ヘリコプターの応援を求める」
「レベル2」では「その地域の州兵のヘリコプターを要請する。陸軍機が最適であろう。これらのヘリコプターは、前項レベル1のヘリコプターに加わる形で、災害救助に当たる」
「レベル3」では「軍用機を含めて、あらゆる機関にヘリコプターの出動要請をする。特に大量の人を避難させる必要のある場合は、一時に20人以上をのせられるような大型軍用機の出動を求める」
参考までに、ダラス・フォトワース地区の「HELP」(Helicopter Emergency Lifesaver Plan)でも3段階の緊急出動レベルが定められている。
その前提として、ここでは普段から「ケアフライト」と呼ばれる民間の救急ヘリコプター・システムが動いている。ダラス市内の病院に2機、フォトワース市内の病院に2機のヘリコプターが常時待機していて、交通事故が起こったり急病人が出たらすぐに飛び出すのである。
HELPは、そうした日常業務の範囲を越えるような大規模災害に対応する緊急システムである。「HELPは災害による犠牲者の救出や緊急輸送が、地上の機器、あるいは日常的に飛んでいる救急ヘリコプターや警察および消防のヘリコプターでは不可能と判断され、そのために人命が危機に瀕していると認められた場合に発動される」
「救援ヘリコプターの出動が要請されるのは、緊急事態が大きすぎて、通常のケアフライトや警察ヘリコプターだけでは能力が不足し、ヘリコプター以外の地上手段を援用しても救命活動が不可能となった場合である。このとき初めてベル・ヘリコプター社、テキサス州兵、もしくは米陸軍予備軍の出動を要請するものとする」とある。
このような日常業務の範囲を越える緊急事態の規模は3段階に分かれる。「レベル1」は、表3に見られるように、搬送を必要とする怪我人が10人以下で、通常のケアフライトに警察ヘリコプターの応援を受ける程度で間に合うような場合。それで足りないときは、地域内のヘリコプター・メーカー、ベル社から2機の支援を受ける約束になっている。
「レベル2」は10人以上19人までの怪我人を緊急搬送しなければならない事態をいう。これには前項レベル1の機材に加えて、テキサス州兵の出動支援を受ける。そして「レベル3」は20人を越える大量の死傷者が出た場合で、それらの人を救出し、緊急輸送しなければならない事態である。そのための追加機材の応援は米陸軍の予備軍から受ける。
派遣されてきたヘリコプターは、市や郡の指定する場所に待機し、対策本部の指示にしたがって現場に出動する。その場合の機体の装備は救援活動の内容に応じたものを取りつける。
現場の臨時離着陸場は、できるだけ被災地に近いところに設営する。これは現場司令塔(コマンド・ポスト)の任務である。また大量の怪我人搬送のためにCH―47大型ヘリコプターを使った場合、機体が大きすぎて病院ヘリポートに直接着陸できないようなときは、中継基地を設け、そこで患者を中型または小型ヘリコプターに移し換えて病院へ搬送する。
しかし、上のような出動基準は基本原則で、災害の内容や現実の状況によって異なる。たとえば
@ローカル空港の中または周辺で飛行機の墜落事故があった場合
A洪水、山林火災、竜巻、地震、ブリザード、台風といった自然災害の場合
B有害化学物質が漏洩した場合
C高層ビルの火災の場合
など、個々の状況に応じて、対応手段が異なるのは当然のことである。
たとえば高層ビルの火災にそなえるには、次表のような対策が必要である。
消防局・担当地域の全ての高層ビルの屋上の状態について調査、把握しておく。 ・調査の結果、屋上の図面や写真を整理して、関係者に配布しておく ・ビル管理者との間で、消火手順について十分調整しておく。 ・ヘリコプターの用法に沿った訓練を行う。 ・所要の器具を準備する――救助用ネット、ラペリング用具など |
ヘリコプター航空隊・防災計画機関と協力し、調整する。 ・ヘリコプターの装備を適切に維持する。 ・乗員および隊員の訓練を行い、大規模演習にも参加する。 ・災害シナリオに沿った安全基準と運用基準をつくる。 |
警察・ヘリコプターの着陸場所の保安確保 ・火災現場周辺の保安確保 ・火災現場における群衆の整理 |
高層ビル管理者・消防局による防災計画の確認と同意 ・屋上までの脱出経路の確保 ・屋上の緊急着陸スペースの確保 ・屋上の状態に変化があった場合や改造をした場合の消防局への通報 |
HELPプランも、高層ビル管理者の責任について、次のように定めている。「@火災のときの避難方法は、屋上からの避難も含めて作成する。Aビルの居住者や利用者に対して、屋上からの避難方法を知らせる。ただし、これは、ほかの手段がなくなった場合の最後の手段であることを確認しておく。 B屋上には飛散物を置かない。また新たな障害物を設置してはならない。Cたとえばアンテナ、エアコン、水タンク、気象観測装置、旗竿、外部照明灯、換気塔、排煙塔などの障害物を新設する場合は、消防局へ通報する」
さて、いよいよ具体的なヘリコプター活用計画の立案である。その立案の際の注意すべき要点として、本書は次のようなアリゾナ州フェニックスの消防次長の言葉を紹介している。
「計画は必要である。しかし計画のほとんどは机上のプランになってしまい、いざというときの役に立たない。私の経験では、ヘリコプターの運航が日常的におこなわれているような地域では、災害時にもうまく活用することができる。日常的な使い方をちょっと拡大するだけで緊急事態に対応できるからである。したがって防災計画の立案にあたっては、ヘリコプターの日常的な活動を基本とし、それを拡大するような方向で考えるのが実際的であろう」
災害が発生したとき、救難用ヘリコプターを直ちに現場へ投入するには、あらかじめどのような準備が必要だろうか。
「防災担当者はまず、自分の担当する地域にどのようなヘリコプターがあるのかを調べ、リストを作成する。そのうえで、ヘリコプターの運航者と面談し、運航責任者、運航基地、ヘリコプターの機種、搭載通信機器、救難機器、任務遂行能力、運用限界などを確認しておく。夜間飛行の可能性、また夜間捜索のためのサーチライトの有無も確認しておく」
この対象としてリストに上げられるのは、警察、消防、自治体のヘリコプターはもとより、事業用機や自家用機も含まれる。そして、いざというとき誰に連絡を取れば救援にきてもらえるかをあらかじめ確認しておく。
そのためにヘリコプター保有機関または企業の名前、電話番号、FAX番号、運航基地、緊急着陸場、担当者名、チーフ・パイロット名などを確認し、日中ばかりでなく夜間、休祭日、いつでも、どこでも24時間連絡が取れるよう、二重、三重の手段を講じておく必要がある。
そしてヘリコプターの機種、機数、搭載能力などを確認するわけだが、しかし如何にヘリコプターといえども何でもかんでもできるわけではない。たとえば2〜3人乗りの小型機にできることは連絡や偵察程度であろう。また大型ヘリコプターでも、企業のVIP輸送だけに使われている機体は、カーゴフックの装備がないものが多いし、パイロットも普段ほとんど吊り下げ輸送などはしていないであろう。特に患者輸送のための担架をもっている自家用機はまず皆無であろう。
そういう機材を被災地に送りこんでも、即戦力にはならない。しかし別の使い方ができるかもしれない。その辺りの事前の確認と想定が重要である。
また「ヘリコプター運航者のすべてが災害対策のためのヘリコプター提供に応じてくれるとは限らない。したがって防災担当者は、最終的に各運航者の意向を確認し、どのような場合に出動要請に応じてもられるか、またもらえないかを整理しておく必要がある」
少なくとも緊急出動が可能であるためには、そのヘリコプターが本来の仕事から開放されているときでなければならない。また分解整備の最中ということもあろう。あるいはヘリコプターがあっても、パイロットが特殊な救助作業ができないかもしれない。
「法規や保険契約によって、運航内容に制限が加えられていることもある。たとえばカーゴスリング作業はしないとか、機外搭載によって患者を搬送してはならないとか、患者搬送用の担架が搭載できないとか、さまざまな条件がある。そこで防災担当者は、当てにしていたヘリコプターが使えないときは、その代替機として次はどれを使うかといったことも考えておく必要がある」
たとえば吊り下げ輸送のような特殊な作業をするヘリコプターは、航空保険の料率が高くなる。したがって自家用機などでは、スリング作業をしないという条件で保険に入っている機体が多い。
こうして緊急出動に応じてくれるヘリコプターが決まった場合、防災担当者はできるだけ具体的に機材の内容を知っておく必要がある。たとえば客席数、担架数、貨物搭載重量、燃料規格、緊急着陸場所の必要な大きさ、運用限界、特殊装備品、通信手段などである。
また、そのヘリコプターの基地から100キロくらいの範囲で出動時間を調べておく。緊急出動は迅速でなければならないから、出動を要請した場合、どのくらいの時間で現場まで飛んできてもらえるか、あらかじめ想定しておく必要がある。さらに、そのヘリコプターの航続時間を確認し、どのくらい連続して飛び続けられるかを知っておく必要もある。
場合によっては、災害対策のための特殊装備品を自治体の方で準備しなくてはならないかもしれない。たとえば夜間の捜索や臨時着陸地点への操作に必要なサーチライト、人員救助のための吊り上げホイスト、カーゴフック、吊り下げ運搬用のカーゴネット、空中写真撮影ポッド、ビデオ・カメラ、消防用の水または消火剤を入れるバケットなどが必要と思われる。
また通信手段として、ヘリコプターの搭載無線機(VHF、UHF、HF)、携帯電話、地上移動無線機、FAX、そして無線周波数やヘリコプターのコールサインなどを確認しておく。
そのうえで、これらのデータを、機関ごと、企業ごと、1機ごとに、ヘリコプターの登録記号と機種を基準として、こまかくリストアップしておく。そのリストは、また一定期間ごとに現状を確認し、更新しておかなければならない。
リストの形式は防災担当者の見やすいものでよいが、そこに記入すべき事項は、たとえば次のようなものが考えられる。
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・機関名、企業名、住所 ・電話番号、FAX番号 ・夜間電話番号 ・携帯電話番号 ・ヘリコプター基地 |
・ヘリコプターの機種 ・登録記号(無線コールサイン) ・搭載無線機(VHF、UHF、 ・航法機器(ロラン、RNAV、トランスポンダー) |
・出動可能時間 ・乗員数 ・同乗可能数 ・積載可能重量 ・航続時間 |
出動記録 ・日付 ・出発時刻 ・帰投時刻 ・総飛行時間 ・実施任務 ・コールサイン |
特殊装備品 ・カーゴフック ・救急医療器具 ・機外スピーカー ・ホイスト ・赤外線暗視装置 ・救助ネット ・写真設備 |
・緊急出動に合意か否か ・ストレッチャー搭載可否 ・計器飛行の可否 ・夜間飛行の可否 ・着陸地の最低条件 ・その他の運用限界 |
(第4章へ続く)
(西川渉、98.8.30)
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