【インターネット版】

ヘリコプターの歴史

その前史と誕生と発展と――（４）

操縦性と安定性を求めて

　ヘリコプターは1907年の初飛行の後も長く足踏みを続けねばならなかった。出力の不足に加えて、操縦性がほとんどなく、飛行ぶりも極めて不安定だったからである。ヘリコプターの不安定に悩み果てた人びとは、これを「不治の病い」と呼び、「空気はヘリコプターを支えるには希薄に過ぎる」と嘆く人もあった。

　したがってヘリコプターの初飛行は若い発明家たちの心をかき立てたが、技術は遅々として進まず、ついに固定翼機に対して何十年もの遅れをとってしまった。ヘリコプターが真に成功し、飛行機と同じ技術水準に達するには、1930年代後半まで待たなければならなかった。

　とはいえ、この30年の間、ヘリコプターはもちろん、少しずつ進歩していった。そのひとつはスペインのパテラス・ペスカラ侯爵の業績である。彼は1919年に同軸反転式ヘリコプターをつくり、1921年には２号機を飛ばした。そして1923年に完成した３号機は史上初めての文字どおりのヘリコプターであった。

　というのは、それ以前の機体と異なり、近代的なヒンジつきローターを有し、サイクリック・コントロールとコレクティブ・コントロールが可能だったのである。パイロットは操縦桿を動かしてローター回転面を傾け、前後左右いずれの方向にも機体を進めることができた。またエンジンが停まっても、ローターの自由回転が可能だったので、以前のようにそのまま墜落することはなく、オートローテーション降下をして、地面近くでコレクティブ・ピッチを引き、揚力をつけて静かに接地することができた。

　周知のことながら、サイクリック・コントロールはローター・ブレードのピッチ角を回転につれて周期的に変化させ、その回転面を傾けて、傾いた方向に機体を進ませる操縦方式である。上から見て反時計方向に回るローターの場合、ブレードが右側にきたときピッチ最小、左側にきたとき最大になるようにすれば、そこに働く揚力も右側で最小、左側で最大になる。するとジャイロ現象によってローター回転面が前へ傾き、ヘリコプターも前進する。同様にして後進も横進もできるわけで、これを操縦桿の前後左右の動きに結びつければよい。

　また、コレクティブ・ピッチ・コントロールはブレードのピッチ角を一様に増減して、揚力を一様に増減させ、それによってヘリコプターを上昇させたり、降下させる操縦方式である。先のサイクリック・コントロールと合わせれば、ヘリコプターは前後、左右、上下のどの方向へも飛行できるわけで、これが今のほとんどのヘリコプターに使われている操縦方式となっている。

オートジャイロの功績

　ヘリコプターの安定に最も貢献し、その技術水準を大きく引き上げたのは、実はヘリコプター以外のもの――オートジャイロであった。

　オートジャイロは1923年スペインの技術者、ファン・ド・ラ・シエルバによって発明され、30年代後半まで使われたが、航空史の上ではどうかすると忘れられたような存在となった。

　外観はヘリコプターに似た回転翼をもつが、飛行の原理はまったく異なる。ヘリコプターはエンジンがローターにつながり、その動力によって回転翼を駆動し、浮揚する。けれどもオートジャイロの回転翼はエンジンにつながっていない。その推進はプロペラによって行われ、前進時の風力によってローターが自由回転し、揚力を得て浮揚するのである。

　オートジャイロの初飛行は1923年１月９日、シエルバの試作４号機によって達成された。頭上には４枚ブレードのローターが滑らかに回り、パイロットはマスト直下の開け放したコクピットの中にすわっていた。そして胴体左右には小さな翼のようなエルロンが張り出す。

「いよいよテストの瞬間――機はついに地面を離れ、安定した姿勢で野原を越えて飛び、安全に着陸した」。シエルバは初飛行のもようをこう書き残しているが、そのころのヘリコプターでは到底こんなスムーズな飛行はできなかった。

　オートジャイロは、オートローテイションの原理など、回転翼の空力学を大いに進歩させた。そのひとつはブレードにヒンジをつけたことである。ドラグ・ヒンジは回転中のブレードが回転面の中で前後に動けるようにしたし、さらに重要なフラッピング・ヒンジはブレードが上下にはばたけるようにしたものである。これにより前進側ブレードは高く上がり、後退側ブレードは下がって、回転面の左右および前後の揚力が一定になるようになった。すなわちローターの安定である。

　こうした回転翼の改良と進歩により、オートジャイロは次々と発達を続け、1928年９月18日にはシエルバＣ８Ｌが彼自身の操縦により乗客１人をのせ、ロンドンからパリまで英仏海峡を横断した。

　そのうちに、オートジャイロといっても、エンジンの動力がローターにも伝達されるようになった。そして離陸に際しては、まずエンジンでローターを駆動し、フル回転になるとプロペラの方へ切り換えて発進し、ごくわずかな滑走で離陸する方法が考案された。

　さらにシエルバは1936年、エンジンをローターにつないだまま、ブレードのピッチ角を増していって、完全な垂直離陸に成功した。それを、彼は「ジャンプ発進」と呼んだが、こうなるともうヘリコプターと変わるところはない。

　再びヘリコプターが登場するわけである。（つづく）

（西川渉、『航空情報』別冊「ヘリコプターのすべて」1979年刊掲載）

（シエルバＣ.19オートジャイロ）　

【参考リンク】

　オートジャイロの歴史は初めてそれをつくったフアン・ド・ラ・シエルバの業績に尽きる。その詳細は「ジャイロの歴史」に見られるが、開発作業は普通の単発機を改造して、頭上にローターを取りつけるところからはじまった。機体はＣ.１、Ｃ.２，Ｃ.３とつくられたが、揚力のバランスが取れなくてうまく飛べず、Ｃ.４になって初めて飛ぶことができた。上の本文に見られる通り、1923年１月９日のことである。

　以後スペイン政府の支援を受けて、ローターの改造を進め、オートジャイロ初の複座機、Ｃ.６Ｄでは1927年７月30日シエルバが乗客として乗りこんだ。ロータークラフトが乗客をのせて飛んだのは、このときが初めてである。また1928年９月18日にはＣ.８ＬマークⅡがロータークラフトとして初めて英仏海峡を横断した。

　この英仏海峡横断について英『航空年代記』（1992年刊）は次のように書いている。「オートジャイロの発明者、フアン・ド・ラ・シエルバは９月18日、180馬力のリンクス・エンジンをつけたＣ.８Ｌ-Ⅲで英仏海峡横断飛行に成功した。オートジャイロ初の国際飛行に同乗していたのはフランスの航空雑誌「ラエロノーティック」のアンリ・ブーシェ編集長。飛行高度は1,200ｍ。着陸したのはパリのル・ブールジェ空港であった」

　オートジャイロの原理については「ブック・オブ・オートジャイロ」というサイトがある。まだ構築途中のようで、膨大な作文ができかかっている。将来ここには原理ばかりでなく、オートジャイロに関するさまざまな情報が、その構造、歴史、文献、リンク集を含めて掲載されるもようである。

　その後に見つけた「オートジャイロ」というエッセイは、さらにすばらしい。オートジャイロの原理、他の航空機との違い、オートジャイロの歴史、オートジャイロは何故普及しなかったかなどの問題を論じながら、現状はホームビルトやウルトラ・ライトにとどまっているが、将来は実用機として復活するかもしれないと書いてある。というのはローター・ブレード先端にラム・ジェットを取りつけてジャンプ発進をさせるものや、プロペラの代わりにジェット・エンジンをつけたオートジャイロが計画されているからで、同機は高度15,000ｍを640km/hの高速で飛行できるという。こういう夢は話を聞くだけでも想像力が掻き立てられて面白い。

（99.5.17）

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