<日本航空医療学会総会>

ドクターヘリにホイストを

 

 去る11月15日、松江で開かれた日本航空医療学会総会で、ドクターヘリにもホイストを取りつけてはどうかという提案をした。

 一般演題のひとつとして10分間の時間を貰った。そのうち6分で話をして、残り4分で討議もしくは質疑応答というあわただしさで、こちらの意は尽くせず、討議も中途半端で終わった。その尽くせなかったところを本頁で補うことにしたい。

 ホイストとは、念のために、この写真にあるような巻き上げウィンチのことである。ヘリコプター用のそれは通常200kgまたは270kgの重さのものを長さ50m、75m、90mのケーブルで引っ張り上げる能力をもつ。動力は電動または油圧。これによって一時に1人ないし3人の人間を吊り上げたり、吊りおろしたりすることができる。

 2007年度の全国14ヵ所のドクターヘリ出動実績は、ここに示す通りであった。高速道路に着陸して救護した実例は3件のみで、異常に少ない。

 なぜ少ないのか。警察庁、消防庁、厚生労働省、国土交通省の4省庁によって余りに複雑な着陸手順が定められていること、もうひとつは交通規制にあたるはずの警察に迅速な協力の意思がないことではないかと思われる。

 上の図に示す手順は余りに複雑煩瑣で、事故通報の第1段階からヘリコプターが現場に着陸するまで13段階の手順を踏まねばならず、その間に要請、報告、判断、調整、応援依頼など、さまざまな手続きを経なければならない。

 これは着陸のための手順というよりは、着陸をさせないための「禁止」手順といった方がいいかもしれない。

 高速道路への着陸が実質的に禁止されているとすれば、これはもう海上の遭難やジャングルの中の負傷兵の救出と同じような状況と見るべきだろう。しかしヘリコプターが着陸できないような海難や洪水でも、ホイストがあれば人を吊り上げ救助することができる。上の左側の写真は歴史的な写真だが、最近のテレビ・ニュースでもよく見る光景である。

 一方、樹木の生い茂るジャングルの中で負傷兵を救護する場合、着陸できないのにホイストがなければ、この写真のように激しいダウンウォッシュの吹きさらされながら、大勢で患者をヘリコプターの上に押し上げるほかはない。

 実は第2次大戦時、ビルマの前線に送りこまれた米軍のヘリコプターは、まだ実用になったばかりのごく原始的な代物で、無論ホイストなどはついてなく、ジャングルの中では付近に適当な着陸場所がない限り、負傷兵を助け出すことができなかった。

 このとき、それならば巻き上げウィンチをつけたらどうかと考えたのがイゴール・シコルスキーである。

 ホイストは遭難者、負傷兵、患者を吊り上げるばかりでなく、着陸できない場所へ救急医を吊りおろすこともできる。

 この新聞写真は、ご覧になった方が多いと思うが、今から7年ほど前、阪神高速道路に神戸消防のヘリコプターで降下する救急医である。

 この救急劇の指揮に当たった当時の神戸消防航空隊長の定岡正隆さんは、その後、国際ヘリコプター協会の表彰を受けている。

 ところで、イタリアは47ヵ所のヘリコプター救急拠点を持つ。日本の60ヵ所に相当し、ほとんど全国をカバーしている。この体制によって、都市部8分、山村部20分以内に救急治療を開始する目標を掲げている。

 イタリア半島は北部にアルプス山岳地帯があるほか、半島を背骨のように縦断するアペニン山脈があって、山岳地の多い国である。

 したがって救急機は山の遭難救助にあたることも多く、そのためホイストをつけている機体が多い。その数は27ヵ所で、半分以上の57%を占める。

 そのことから逆に、山岳地ばかりでなく都市の中の狭い場所で救急の必要性が生じ、ヘリコプターが着陸できない場合、山岳地同様にホイストを活用し、医師を吊り下ろしている。

 ホイスト利用の割合は、道路のせまいミラノの場合、上図のとおり15%にも及ぶ。その話を聞いて、こちらが「ほんとかな?」という顔をして見せると、先方のドクターは「だって、ほかに方法がないだろ」と答えた。

 写真はミラノ北方の病院で「こうやって降りるんだ」とホイストにぶら下がって見せるドクター。イタリア人らしい陽気なドクターであった。

 何もイタリアまでゆかなくとも、日本でも消防、警察、海上保安庁のヘリコプターは日常的にホイストを使用し、遭難者の救助にあたっている。

 とりわけ東京消防庁は西多摩の山中で、谷間に転落した人などを救護するのに、頻繁に医師のホイスト降下をしている。この機能をイタリアのように拡大すれば、東京23区の混雑地域でも医師の降下に使えるのではないだろうか。

 もちろん電線のある道路では使えないが、高速道はもとより、一般道でも電線のないところは、特に都心部では意外に多い。

 なにしろ東京は、救急患者が病院に到着するまで全国で最も長い時間を要するという、最悪の救急態勢になっているのだ。(参照:手遅れ状態の救急医療

 政府機関のヘリコプターの中で、防災ヘリコプター42機のうち36機はヘリコプター会社に運航を委託している。そのうち14機はドクターヘリの運航会社に委託されている。

 したがって防災ヘリコプターとドクターヘリはパイロットが共通しているところも少なくない。その同じパイロットがドクターヘリを操縦し、それにホイストをつけて高速道路や狭い場所へ医師を吊り下ろすのに何ら問題はない。

 現に1ヵ月ほど前のこと、今回の提案を考えていたとき、あるドクターヘリのパイロットから、こちらが何もいわない先に「何故ドクターヘリにホイストをつけないのか」といわれて驚き、かつ我が意を得たような気持ちになった。

 だからといって、道路着陸はどうでもいいとか、しないでいいというわけではない。何といっても道路着陸こそ最優先に考えるべきことである。

 しかるに政府機関が「二次災害」を恐れるのか、単なる口実に使っているのかは知らないが、道路着陸の日常化に向かって積極的に努力し、協力しようとしない現状から、次善の策として、ここにホイストの活用を提案した次第。

 道路は無限の滑走路と考えることもできる。台湾や韓国では、戦闘機の路上着陸訓練もおこなわれている。

 垂直離着陸のできるヘリコプターが、どうして路上着陸できぬことがあろうか。

 もう一度言うが、ドクターヘリにもホイストが必要である。一方で、道路着陸の手順については、もっと簡素化し、迅速化する必要があろう。

(西川 渉、2008.11.18)  

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