巣立ちの秋(とき)を迎えた
ホンダジェット

 

 オシコシ航空ショーは、ややひいき目ではあるが、パリやファーンボロと並ぶ世界の3大航空ショーのひとつではないかという人がいる。毎年夏、米実験航空機協会(EAA)の主催によってウィスコンシン州オシコシで開催されるショーで、すでに54年の歴史をもつ。「エアベンチャー2006」と名づけられた今年は、参加航空機が2,300機という盛況であった。

 参加機の大半はアマチュアによる試作機、改造機、実験機で、それぞれが自分のつくった機体を持ち寄って見せ合い、アイディアを自慢し合いながら、実際にも飛んで見せるという飛行機野郎たちの集いである。また古典機や軍用機も登場し、今年はライト・フライヤー復元機や1906年に飛んだブラジル人サントス・デュモンの「エアロノート」複葉機が飛んで見せた。そうかと思うと、ライトニング、ヘルキャット、ムスタングといった昔の戦闘機からF-14トムキャット、F-16ファイティング・ファルコン、さらにはF-22ラプターなどの最新鋭機も飛ぶというお祭り騒ぎが繰り広げられた。

 その中に航空機メーカーや専門の技術者、研究者たちも入り混じって、さまざまな発表をしながら、観客の反応を見て一種のマーケット・リサーチをおこなう。これも実験航空ショーの重要な目的または開催意義ということができよう。

 今年は特にその傾向が強く、機体、エンジン、電子機器などに関して、いくつもの新しい計画がメーカー各社から発表された。たとえばセスナ社は全く新しい軽スポーツ機(LSA)の構想を発表した。全金属製の高翼複座単発機で、100馬力のピストン・エンジンを搭載する。総重量は600kg、最大速度220km/h。会場に試作機を展示して、観客の反応が良ければ今年中に開発着手を決めるという。

 セスナ社は、もうひとつ、新しい計画が続々と登場してきたVLJ(軽ビジネスジェット)として開発中のサイテーション・ムスタングを展示した。同機はPW615エンジン2基を装備して、巡航速度630km/hの飛行性能をもつ。今年中にFAAの型式証明を取得する予定で、最近までの受注数は約250機となった。

 ダイアモンド・エアクラフト社は同じVLJの「Dジェット」原型機を飛ばして見せた。ウィリアムスFJ-33ジェット・エンジン1基を装備して、カナダで試験飛行中。近く1機138万ドルで売り出す予定である。

注目を集めた発表

 そうしたオシコシ航空ショーで、今年もっとも注目を集めた話題がホンダ技研の発表である。7月25日のことだったが、ホンダジェットの開発着手を正式に発表したのだ。

 1年前には同じオシコシで実機を公開したものの、研究のための研究であって、事業化するかどうか分からないとして沈黙を通したホンダだが、ここにきてようやく正式発表となった。発表の内容は「ホンダジェットの本格的な開発、販売、生産に乗り出す」というもの。そのためアメリカに新しいホンダ・エアクラフト社を設立する。同社はホンダが全額出資する子会社で、ホンダジェットの型式証明取得を含む開発と販売にあたる。拠点はノースカロライナ州グリーンスボロのピードモント・トライアド国際空港に置く。

 またホンダジェットの販売と技術支援のためには、ジェネラル・アビエーション界に精通した米パイパー・エアクラフト社と提携する。パイパー社は米国内および国外80ヵ所から成る販売支援センターのネットワークをもってホンダに協力する。

 こうした体制の下に、ホンダジェットは今年秋から販売契約の獲得に乗り出す。そして2009〜10年にFAAの型式証明を取り、2010年から量産機の引渡しに入る計画という。

 この発表にあたって、これまでホンダジェットの開発を主導してきた藤野道格氏は、新しいホンダ・エアクラフト社の社長就任が予定されている中で、次のように語った。「この計画はこれまで何度か挫折しそうになった。しかし社内、社外の広い視野をもった人びとに支えられ、今日の日を迎えることができた」「小型ビジネスジェットの市場に参入することになって大変喜んでいる。この製品が多くの顧客に歓迎され、航空界に確固たる地歩を占めるものと確信している」

 とはいえ、ホンダはまだ全てを公表したわけではない。機体価格などの詳細は今年10月のビジネス航空ショーで発表するという慎重な姿勢を取りつづけている。

ホンダジェットの3大特徴

 では、ホンダジェットとはどんな航空機だろうか。これまでに明らかになったところを整理しておこう。

 大きさは6〜7人乗りの小型ジェットだが、きわめてユニークな機体形状をもつ。ビジネスジェットのほとんどが胴体の後部左右にエンジンを取りつけているのに対し、これは主翼上面にパイロン(支柱)を立て、その上にエンジンをのせた。この形状をホンダはOTWEM(Over-the-Wing-Engine-Mount)と名づけ、高速飛行中の造波抵抗を減らし、燃料効率を向上させるということで特許を取った。

 エンジンは、これもホンダの開発したHF118ターボファン(推力757kg)が2基。機体とエンジンが同じメーカーの開発であることも近年では珍しい。ただし実用エンジンとしては未完成で、最終的な仕上げのための作業がジェネラル・エレクトリック社(GE)の協力で進んでいる。これは2004年、子会社のホンダ・エアロとGEとの間に結ばれた50対50の提携関係で、ホンダの原設計になるエンジンの改良、型式証明の取得、ならびに量産の方法について協力してゆくことになっている。これにより、今後なお多くの改良をおこない、2009年初めまでに型式証明を取得する。

 この新エンジンは将来、ホンダジェットばかりでなく、他のビジネスジェットへの採用もあり得る。たとえば以前、エムブラエル・フェノーム100への売り込みがおこなわれた。結果はプラット・アンド・ホイットニー・カナダ社のPW617Fが採用されてHF118は敗退したが、その教訓からコンプレッサーの効率を上げ、コアを小さくし、推力の増強をはかるなどの改良計画が生まれた。

 ホンダジェットの第2の特徴は、胴体が全複合材製。ハニカム・サンドイッチ構造と一体整形構造を複合したハイブリッド構造で、後部を貫くエンジン支持構造がないため、機内容積が大きくなり、強度も楽になって重量が軽くなった。これで速度性能が向上し、燃料効率も良くなるという。

 第3は主翼の翼型が自然層流(NLF)設計になっていること。これをホンダはSMH-1設計と呼んでいる。さらに機首もNLF設計で、胴体の有害抵抗が少ない。

 ちなみに層流とは、翼や胴体の表面を流れる気流が乱れることなく、整然と動いてゆく状態をいう。しかし流れの速度が速くなると、物体に近い層と遠い層で速度の差が大きくなり、摩擦抵抗が発生する。翼断面を考えると、前縁から最大翼厚までの部分は層流が維持され、そこを越えて後縁までの間に乱れが生じ、剥離が起こる。したがって、なるべく長く層流を保ち、剥離の発生を遅らせるように、最大翼厚を後方へもってゆくような設計をすれば摩擦抵抗も少なくなる。これがNLF設計の原理である。

常識破りのエンジン取りつけ

 こうしたホンダジェットの構想を、発案者の藤野氏が社内に提案したのは1995年のことである。そのときの反応はどうだったか。余りの斬新さに非難と攻撃にさらされた。しかし、裏付けとなるデータにもとづいて説明と説得をつづけ、最後は経営トップも自分を信用してくれた、と氏は語る。

 最大の問題はエンジンの取りつけ位置だった。いうまでもなく当時も今も、このクラスのビジネスジェットは胴体後部にエンジンを取りつけるのが常識的な形状である。常識は、そこに長年の智恵が含まれているし、それだけに長所も多い。その常識を破って、このような形状にすると、翼の後縁に余分な有害抵抗が発生したり、エンジンを支えるために構造を強化しなければならず、その分だけ重量が増える。またエンジン回転に伴う振動が翼に伝わって増幅される恐れもある。

 そうした問題をどのように解決するのか。藤野氏はコンピューター・モデルを使って長年にわたる研究をつづけ、風洞実験を経て、エンジン・パイロンを取りつける最適位置を見出した。それは有害抵抗を生じないどころか、胴体後部に取りつけた場合よりも抵抗がさらに少なくなるのであった。

 しかしパイロンの最適位置と形状が分かっただけでは、まだ問題は半分しか片づいていない。もっと大きな問題は振動もしくはフラッターである。エンジンの回転による振動と推力荷重は、うまく処理しなければ、主翼を激しく震わせて羽ばたきのようなフラッターを生じる。その結果、最悪の場合は翼の空中分解を招くかもしれない。

 設計チームは再び実験を繰り返し、エンジン・マウントの強度や剛性について、最適解を見出した。

大胆な自然層流設計

 機首や主翼の自然層流(NLF)設計も問題がないわけではなかった。NLF設計の翼型は他の翼型に比較して、翼面に沿った空気の層流を長く維持することにより抗力の増大を抑える。この考え方は必ずしも新しいものではない。1940年代から、NASAの前身NACAが一連のNLF翼型を開発した。しかし当時の設計は飛行中、翼の前縁に小さな虫や氷や雨などが張りつくだけで、すぐに空気の流れに乱れを生じるのであった。この乱れがわずかでもできると、たちまち有害抗力が大きくなり、飛行速度が落ちて、燃料消費が増加する。おまけに、最も効率的なNLF設計は薄い翼だったため、空力的には良くても、燃料を容れることができない。そんな欠点があって、なかなか実用化されなかったのである。

 それに対してホンダは、新しいNLF翼型の開発に取り組んだ。すなわちホンダのSHM-1設計は、速度が速くても抗力が発散するような設計で、言い換えれば空気流がマッハ1に近づくにつれて抗力の増大が始まるが、その始まりを遅らせるのである。また翼型の厚さも翼弦の15%で、翼面積を増やすことなく所要の燃料を収納することができる。

 この設計は、翼の上面では後方へ向かって42%まで層流を維持できるし、下面ではなんと63%まで可能となる。こうした翼型の効果を、ホンダは1996年に飛行試験によって確かめた。その方法はT-33ジェットの翼にポリウレタン・フォームをかぶせ、その上にファイバーグラス製の外皮を貼りつけて層流翼型とする。これを実際に飛ばし、赤外線カメラや何種類かの測定機器で観察して、層流が乱流に変わる部位を確定した。

 胴体を全複合材製にしたことも抵抗を減らし、重量を減らした。同じものをアルミ合金で製造するよりも10〜15%の重量軽減になったと推定される。

 そして機首先端は、これもコクピット付近へ向かって球根状にカーブする層流設計になっていて、風防近くで内側へ切れこむ。どこかスズメバチの腰つきをうかがわせる形状で、胴体全体の抗力は10%ほど少なくなったとホンダはいう。さらに風防の曲線も空力特性を高めるように工夫され、風防がわずかに突き出す形にしたのは、昆虫の目玉のように、パイロットの視野を広げるのに役立っている。

実験機から実用機へ

 ホンダジェットの内容をもう少し見てゆこう。キャビン内部は広く、ゆったりとした余裕が感じられる。これもエンジンの胴体取りつけをやめたことによる利点である。またキャビン内径が後方へ行っても変わらないことから、手荷物室との間の隔壁を前後に動かし、荷物の量に応じて室内を広げることができる。客室は4席か5席。洗面所も他の同級機にくらべて広い。与圧も強力で、12,500mの高度を飛行しながら機内は2,400m相当の気圧を維持することができる。

 胴体は、地面からの高さが低い。したがって乗客は容易に乗降できる。脚は緊急時には重力で出るようになっている。燃料タンクは主翼の中と胴体下にあって、搭載量は1,040kg。航続距離は2,000km以上である。

 操縦性は、この飛行機を飛ばしたパイロットによれば、反応が鋭敏で、よく調和が取れており、サイテーションジェットよりも軽く操縦できるという。

 こうしたホンダジェットは、実は第2世代の機体である。この機体の前、1993年から96年にかけて、ホンダはミシシッピ州立大学の協力を得て、6人乗りの双発ビジネスジェットを製作、飛行試験をしたことがある。高翼主翼の上面に、カナダのプラット・アンド・ホイットニーJT15Dターボファン・エンジン2基を搭載、170時間ほど飛んだ。

 その結果を踏まえて開発されたのが今のホンダジェットで、2003年12月3日に初飛行、最近までの2年半のあいだにノースカロライナ州グリーンスボロで240時間以上の飛行をしている。この間の最大速度は765km/h、最高高度は13,000mで、いずれも目標通りの性能を示したという。

 これらの開発作業はほとんど内密のうちに行なわれた。外部には時おり断片的な情報が伝えられるだけで、多くの航空ファンをやきもきさせた。1年前のオシコシ航空ショーで公開されたときも、ほんのわずかな時間しか展示しなかったため「ホンダは計画の全貌を明らかにしようとしない。いったい何を恐れているのか、何が心配なのか。ここまで作業を進めてきながら、果たして航空界に参入する気があるのか。それともこれは、彼らがいうように研究のための研究という道楽に過ぎないのか」などと苛立ちの声も聞かれたほどである。

 それが今、事業として進むことになり、口をつぐんできた担当者も胸のつかえが下りたような気持ちであろう。「何よりも嬉しいのは、今までのように実験機という言葉を使わなくてすむようになったこと」という藤野氏の言葉がそれを端的に物語っている。

ホンダジェットの基本データ

搭乗者数

6〜7人(乗員2人+乗客5人、または乗員1人+乗客6人)

最大速度

778km/h

エンジン

HF-118ターボファン(推力757kg)×2基

全長

12.67m

全幅

12.2m

全高

4.1m

実用上昇限度

12,497m

航続距離

2,037km

最も新しい航空機分野

 こうしてホンダジェットは、いよいよ巣立ちの時期を迎えた。これまでは静かな巣の中で人知れず育くまれてきたが、外界にはさまざまな強敵が待ちかまえている。しかもホンダにとって航空界は未知の世界である。少なくとも今まではアウトサイダーだった。それが強豪たちと闘いながら、果たして大空高く舞い上がることができるかどうか。

 ホンダジェットは、最大離陸重量4,170kg。VLJとしては最も大きい部類になる。VLJとは Very Light Jet の略で、軽飛行機のジェット化ともいわれ、これまでにない新しい範疇の航空機である。重量は大きくても4トン程度というから、ホンダジェットはその上限にあたる。価格は1機150万ドル程度。これまでのビジネスジェットにくらべて3分の1という安さである。このことからVLJは今後、大いに普及し、航空旅行に画期的な変化をもたらすと考えられている。

 つまり自家用機として、ビジネス機として、あるいはエアタクシーとして、個人個人が自由に使える軽ジェットが実現するのである。機内は6〜8席。速度は650km/h前後。高速だから遠隔地への出張でも、週末の小旅行でも、人の思うままに何にでも使うことができる。特に多忙なビジネスマンにとって、これほど便利なものはない。どこへでも短時間でゆくことができるし、機上では仕事上の書類整理やメールの発進はもとより、ゆっくりと本を読んだり、ビデオ映画を見たり、長いソファの上に横になって眠ることもできる。その前に混雑した空港で長い列に並んだり、テロの危険にさらされたりすることもなくなるだろう。

 そこでFAAは今後、2017年までの12年間に、こうした軽ジェットがアメリカで5,000機増加すると見ている。しかし、このような小型ビジネス機がそこら中を飛び回るようになれば、空の混雑もひどくなる。大型旅客機の定期便にも影響して、運航の遅れはますますひどくなるだろう。さらに最大の問題は安全である。ニアミスや空中衝突の危険も増すであろう。空港や管制はそれらに対応した方策を考えてゆかねばならない。

VLJを創出したエクリプス500

 VLJの中で最も早く計画が進んでいるのが、エクリプス500である。今年のオシコシ航空ショーでホンダジェットの事業化が発表された翌々日、FAA長官から直接、仮の型式証明を手わたされた。最終的な正式証明は8月末に取得できる見こみというから、本誌の出る頃には交付されていることだろう。

 エクリプス500はVLJの先駆ともいうべき計画で、1998年、個人用の格安ジェットを目的として開発がはじまった。当初の想定価格は70万ドルだったが、途中で目標性能を発揮するには、もっと大きな、もっと高い機材でなければならないということが判明して、現状は6人乗り、150万ドルになった。それでも、従来のビジネスジェットにくらべれば相当に安い。エンジンはPW610F(推力408kg)2基を搭載する。

 発案者はエクリプス・アビエーション社のヴァーン・ラバーン社長。かつて、創業時代のマイクロソフト社で仕事をしていた人で、エクリプス500の開発にあたってはビル・ゲイツからも多額の出資を受けている。また発想の根底には、コンピューターの製造と同じ考え方があり、製造工程は、ほぼ出来上がった部品を組立てるだけの「モジュール組立て」とする。これで最終組立ては4日間で終わるので、デル・コンピューターのように安い飛行機を大量に送り出すことができるというのである。

 こうした革新的な発想によって、エクリプス社は2005年コリアートロフィーを授与された。これは航空科学技術の発展に貢献した団体に贈られる最も栄誉ある賞で95年の歴史を持ち、これまでにオービル・ライト、ハワード・ヒューズ、チャック・イェーガー、ロッキードF-104スターファイター製作チーム、アポロ11号乗組員、スペースシップワンなどが受賞している。エクリプス社受賞の理由はエクリプス500の開発に示されたような「ジェネラル・アビエーション界における企業家精神、革新的な航空技術、航空界に対する強大な影響力」というものだった。

 エクリプス500は2002年8月28日の初飛行以来、原型5機で1,800回、2,700時間を飛んで型式証明取得に至った。最近までの受注数は、価格の安いせいもあって2,400機に達する。そのうち50機を今年中に量産し、4年間で今の受注数の全てを引渡す計画という。

続々登場するVLJ

 エクリプス500を追うのが、セスナ社で開発中のVLJサイテーション・ムスタングである。セスナ社はいうまでもなく、軽飛行機とビジネスジェット最大のメーカーで、その長い経験と実積から自家用ビジネスジェットの開発はお手のものである。

 昨2005年4月23日に初飛行したムスタングは、エンジンがPW615F(推力610kg)2基。高度10,500〜12,500mを速度630km/hで飛び、2,400kmの航続性能をもつ。コクピットは計器類がきれいに整頓されていて見やすく、操縦操作もやさしい。1機あたりの価格は250万ドル。最近までに240機を受注しているが、その8割は自家用ジェットを持ちたいという個人からの注文。昨年の初飛行から1年半、今年末までには早くもFAAの型式証明を取って引渡しに入る予定である。

 続いて、アダム・エアクラフト社が開発中のA700は、エクリプス500の1年後、2003年7月27日に初飛行した。機体の外観は、ホンダジェットとは異なるけれども、やはり独特の形状を持つ。というのも、かのバート・ルータンの設計だからで、左右の主翼から後方へ突き出したブームの先端が立ち上がるようにして垂直尾翼となり、その最頂部を水平尾翼がつないでいる。

 A700は、垂直尾翼を2つにすることによって離着陸時の安定性が増し、胴体と尾翼がつながっていないために空力的な問題もなくなって、キャビン内部を広く取ることができる。最大座席数は8席。エクリプス500よりもやや大きく、余裕がある。2008年なかばまでに型式証明取得の予定。

 最近までの受注数は342機だが、そのうち66機は自家用機として使う予定の個人からの注文。75機はエアタクシー会社ポゴ(Pogo)からの注文で、同社は元アメリカン航空のロバート・クランドール社長の計画になる企業である。

 ブラジルのコミューター機メーカー、エムブラエル社もVLJの分野に参入しようとしている。フェノーム100と呼ぶ6人乗りの小型ジェットがそれで、現行50〜100人乗りのリージョナルジェットの開発と製造でつちかってきた技術を基盤とし、2008年までに実用化する計画。1機270万ドル。今年5月初め、スイスのジェットバードが50機を発注し、さらに50機を仮発注した。ヨーロッパ全域でエアタクシーを展開する計画という。

 ダイアモンド・エアクラフト社はカナダとオーストリアに事務所を置いて、Dジェットと呼ぶ5人乗りの単発ジェットを開発中。2008年初めから量産機の引渡しに入る予定である。

 こうしてVLJは多数の新機種が出そろい、今年はいよいよ実用段階に入ることになっている。

売れゆきの決め手

 最後に、もう一度ホンダジェットに話題を戻すことにしよう。この新しい飛行機が上に見てきたようなVLJ市場の中で、どこまで善戦できるだろうか。基本となるのは、性能が良くて信頼性の高い車によって長年築き上げてきたホンダのメーカーとしての信用度もしくは信頼感であろう。これにホンダジェットという製品自体の飛行性能や燃料効率、あるいは乗用機としての快適性が競争相手に対して優れているかどうか。そして最後の決め手となるのが機体価格である。

 その決め手をホンダはまだ公表していない。競争相手の出方を見ながら決めてゆくのだろうか。おそらくは来る10月の米国ビジネス航空ショーで発表し、同時に注文を取りはじめるのだろうが、この値段のつけ方が大きく売れ行きを左右するにちがいない。

 とはいえホンダジェットは、大きさではVLJの上限に位置するだけに、価格も安くしにくい。そうなると他の小さくて安いVLJと、ホンダ機よりも大きくて豪華な従来のビジネスジェットとの間で、挟み撃ちに逢うかもしれない。このような中間的な存在は、いわゆるニッチ・マーケット――これまで誰も気づかなかった隙間市場でうまく潜在需要を掘り起こすことができれば伸びてゆけるが、挟み撃ちのために隙間に閉じこめられたまま動きが取れなくなってしまう恐れもある。

 しかし逆に、VLJとして大きさは上限でも、価格は安いということになれば、一挙に人気が高まるであろう。これまでも数々の成功をおさめてきたホンダ車の中に、そのような例はなかっただろうか。

 ホンダジェットの成長と成功に期待したい。

(西川 渉、『航空ファン』2006年11月号掲載)

【関連頁】

   ホンダジェット事業化へ(2006.7.29) 

 

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