<航空ファン>

ホンダジェットと三菱ジェット

 

 ホンダジェットについては2006年夏のオシコシ航空ショーまでの経緯を本誌2006年11月号でご報告した。ここでは、その後の動きを整理すると共に、三菱ジェットの話題をご紹介しよう。

100機を超える注文

 ホンダジェットの開発と製造の準備が順調に進んでいる。2006年7月オシコシで事業化を発表したのち、8月には事業推進のための米国法人ホンダ・エアクラフト社を設立、同機の設計と開発にあたってきた藤野道格(みちまさ)氏が社長に就任した。

 そして10月フロリダ州オーランドで開かれたビジネス航空ショー(NBAA)で1機365万ドル(約4.4億円)の価格を発表、同時に予約の受付けを始め、わずか3日間で100機以上の注文を獲得した。さらに同月、米連邦航空局(FAA)に型式証明の申請を提出した。取得目標は2010年である。

 今年に入ってからは去る2月、ホンダジェットの事業本部と生産拠点が決まった。いくつかの候補地が上がり、それぞれに誘致運動があったようだが、結局これまでと同じノースカロライナ州グリーンスボロのピードモント・トライアド国際空港に落ち着いた。

 もっとも、同じところといっても、かねて研究開発がおこなわれてきた今の建物をやめて、その近くに新しい施設が建設される。最初につくられるのはホンダ・エアクラフト社の「世界本部」ともいうべき建物で、大きさは20,000u。内部は6,300uのオフィス区画と13.650uの格納庫に別れ、建設費は4,000万ドル(約48億円)。ほかに内部設備費に別途2,000万ドル(約24億円)をかけ、今年11月に完成する予定。この本部で、ホンダジェットの研究開発や設計、型式証明の取得、販売などの全てが行なわれる。

 また本社業務、営業契約、技術支援などもここで行なう。そして将来、量産機の製造と最終組立てのために、もっと大きな工場を併設する計画である。そのときの従業員は、およそ300人と想定されている。

 量産機数は年間70機を予定しているが、最近もっと増やしてはどうかという考えも出てきた。需要の見通しが、アメリカばかりでなく、ヨーロッパにも広がってきたからである。


ホンダジェット(帆足孝治氏提供)

エンジンはHF120が2基

 ホンダジェットは、ご承知のように、最大8人乗りの双発ビジネスジェットである。近年アメリカに登場してきたVLJ(Very Light Jet)のひとつとして扱われることが多いが、ホンダはそれを嫌ってか、VLJとはいわずに"Advanced Light Jet" と呼んでいる。確かに Very Light とは如何にも安直な命名で、最近しばしば目にするが、どうも好きになれない。

 ホンダのいう Advanced Light Jet は、日本語ならば「先進軽量ジェット」とでもいうところだろう。まさしくこの飛行機には時代を先取りした先進的な技術が至るところに見られる。主翼上面にエンジンを取りつけた形状はその最たるもので、詳細は本誌昨年11月号でご説明したとおりである。

 エンジンはHF120ターボファン(推力900kg)が2基。ホンダ独自の開発になるHF118を基本として、ジェネラル・エレクトリック社との合弁企業GEホンダ・エアロエンジン社が再開発し、製造する。このエンジンに、GEはボーイング787向けGENxエンジンの開発で得られた最新の技術を注入する。これにより新しいHF120は、原型機に搭載されていたHF118にくらべて重量が軽くなり、出力が20%増となり、燃料効率も良くなる。さらにオーバホール間隔は5,000時間に延び、それでいてホット・セクションの中間検査は不要という。

 エンジンの開発と製造については、もとよりホンダも自動車メーカーとして長年の経験と実績を持つ。したがって量産に当たってはホンダのすぐれた生産体制が効果を上げるはずで、そのためにコストも下がると考えられている。こうしたHF120の試運転は2007年夏から始まり、2009年末までに実用化する計画である。

 一方、機体側も空力特性にすぐれるばかりでなく、カーボンファイバーとエポキシ材を使った複合材によって軽量化される。そこでエンジンと機体の両者相まって同クラスのビジネスジェットにくらべると、燃料効率は30〜35%良くなるという。

2010年までに型式証明

 ホンダジェットの飛行性能は、巡航速度が780km/h、実用上昇限度13,100m、計器飛行ルールにもとづく航続距離2,180km。

 機内はコクピットの操縦席2席のほかに、客席が標準配置で向かい合わせの5席。その後方に完全密閉のトイレがつくが、エアタクシーとして使うときはトイレをなくし、全席前向きの6席にすることもできる。

 販売に当たるのは、ホンダと業務提携をしているパイパー・エアクラフト社。全米14ヵ所に販売店を置き、さらに飛行距離にして90分ごとの地点に整備点検その他の技術的なサービス・ステーションを設ける計画である。

 競争相手のひとつはセスナ・サイテーションだが、その中で最も小さいムスタングは260万ドル。もう一つ大きなCJ1+は430万ドルである。したがってホンダジェットの価格は両者の中間になる。しかしキャビンはCJ1+よりもホンダジェットの方が大きく、室内は25cm長く、天井は5cm高い。これで向かい合って坐っても脚が触れ合うようなことはない。

 主翼はスパン12.15mで、ホンダジェットの方が小さい。しかしダブルスロッテッド・フラップがついているので、離着陸性能はセスナ機と変わらない。航続距離も30〜35%長くなるはずである。

 キャビンの大きさと航続距離が相互に関連することはいうまでもない。小型機とはいえ、2,000kmの長距離を飛ぶには、乗客の快適性も重要である。広いアメリカ大陸でビジネス機として飛びまわるには最低限の必要条件であろう。この特性により、最近はヨーロッパのエアタクシー会社やチャーター航空会社からも引き合いが増えてきた。そのためFAAの次は、欧州航空安全当局(EASA)の型式証明も取ることにしている。

 ホンダジェットは今後4機で試験をおこなう。うち2機は飛行試験、1機は地上試験、もう1機は機能試験や信頼性その他の確認試験に使われる。そして2010年に型式証明を取り、引渡し開始の予定である。

30年余の空白を経て

 ホンダジェットのこうした動きがある一方、日本国内でも今いくつかの新しい航空機開発の動きがある。

 具体的に進んでいるのは海上自衛隊向けP-X哨戒機と航空自衛隊向けC-X輸送機。いずれも日本独自の設計で、川崎重工が担当し、この3月には試作機の組み立てが完成、2機種そろってロールアウトすることになっている。P-Xはエンジンも国産で、石川島播磨重工が開発したXF7-10ターボファン4基を装備する。C-Xは高翼の双発ターボファン機で、どちらも夏には初飛行の予定。

 将来は、これらの開発技術を転用して、新しい民間旅客機の開発に結びつけてゆくというアイディアもある。が、その話題は次の機会に譲るとして、ここではもう一つ別の開発計画を見てみたい。三菱重工が計画中の三菱ジェット(MJ)である。なおMJの呼称は今年2月からリージョナルのRを加えて「MRJ」と呼ばれている。

 かのYS-11が初飛行したのは1962年、製造が終わったのは74年であった。以来、後継機の開発について何度か構想や計画が試みられたが、いずれも中断し、今日まで30年余り無為のうちに時間が過ぎた。この空白を何とか断ち切って、再び国産旅客機を実現したいという計画が三菱ジェットにほかならない。しかし、その悲願が現実になるかどうか、前途はまだ不確定なところが多い。


三菱MRJの完成予想図

30席から90席へ成長

 経済産業省が新しい国産旅客機の開発に向けて動き始めたのは2002年夏であった。それまでも、いくつかの動きはあったが、今の三菱ジェットにつながるのは5年前、三菱、富士、川崎の3重工に対する小型ジェット旅客機の提案要求である。大きさ30席程度で、最初の5年間に市場調査と開発研究をおこなう。費用は500億円を目安とし、その半分を国が出すという条件であった。

 結果は三菱が主契約者、富士が副契約者ということになり、2003年度から調査研究が始まった。さらに石川島播磨重工も国産エンジン開発の可能性を調査研究することになった。なお川崎がこの計画に参加しなかったのは、上述のように自衛隊向け2機種の開発に当たっていることと、リージョナルジェットの市場に今から参入するのは難しいという見方があったためと思われる。

 それから1年半を経て2004年10月、横浜で開催された国際航空宇宙展(JA2004)では「環境適応型高性能小型航空機」の名前で、左右4列のキャビン・モックアップが展示された。それまでの市場調査によって、多数のエアラインから意見を聞いた結果で、胴体直径はエムブラエル170よりも小さいが、天井はわずかに高い。座席数は30〜50席、あるいは60席ともいい、構想が少しずつ大型化へ向かっていることをうかがわせた。

 そして2005年春、もはや30席クラスのリージョナルジェットでは需要に限りがあるという見方がはっきりして、70〜90席クラスをねらう考え方に切り替わった。たしかに一時は30人乗りのリージョナルジェットも注目された。しかし、ここまで市場が成熟してくると、今さらこんな小さい機体では需要も多くは望めないであろう。三菱内部の開発研究も、小型機から大型機を対象とするようになった。

 その研究結果は1年ほど経った2006年7月、ファーンボロ航空ショーで模型として展示された。内容は3種類の派生型に発展し、基本となるのは90席のMJ-90。それに小型の70席機と大型の96席機が考えらるということだった。当初の30席構想が90席まで成長したことになる。

損益分岐点は350機

 このとき説明されたMJ-90は全長35.0m、最大離陸重量42,100kg、離陸滑走路長1,820m、巡航速度マッハ0.78、航続距離3,600km。また短縮型のMJ-70は総重量38,200kg、離陸滑走路長1,740m。そして旅客機としては、当然のことながら、乗り心地が良く、燃費が少なく、整備費が安く、キャビンおよび空港への騒音の影響が小さいものをめざしているということだった。

 エンジンは推力5,900〜6,750kgが2基。昨年夏以来、英ロールス・ロイスと共同で検討作業がはじまっているが、新しい2軸エンジンRB282ファミリーの派生型になるもよう。この派生型はRB282-50と呼ばれ、7段の高圧コンプレッサーと2段の高圧タービンをそなえ、ファンの直径は1.3mを超える。

 GEも三菱との間で積極的な話を進めているが、まだ合意に達していない。想定されるエンジンの大きさはCF34-10クラスだが、三菱は同エンジンのコアを改め、空力的な再設計やホットセクションの材質改良など、大幅な改変を望んでいる。

 さらに三菱は、こうした高性能、低燃費に加えて、プロペラ機なみの低騒音を求めている。騒音が重要な課題になるのは、伊丹空港などへの乗入れをねらうためで、現状はジェット機の騒音が大きく、乗入れが制限されているが、音を小さくすることによって乗入れを容易にしようとするものである。

 こうしたリージョナルジェットの開発について、三菱重工は2008年3月、計画続行かどうかを最終決断をする。それに先立って今年秋から航空会社への正式提案が始まる。それには機体価格と保証性能を決め、顧客からの内諾を得なければならない。この予約注文が少ないままで、総事業費7,000億円もの開発着手を決断するわけにはいかない。

 実用化の目標は、2012年に型式証明を取得する。その後10年間で、三菱は採算分岐点の350機を超えて1,000機の販売をもくろんでいると聞く。その背景には、現在世界中で飛んでいる70〜100席クラスのリージョナルジェットが、20年間で4,200機になるという需要予測がある。しかし、市場には既存のボンバルディア社やエムブラエル社が、長年の基盤を築き、塀をめぐらしている。

 その壁を突き破って参入しようというのだから、むろん容易なことではない。さらに同じ市場をめざして、中国やロシアも新たなリージョナルジェットの開発に踏み出した。

果敢な決断を期待する

 ……と、まさにそう書いているところへ、日本航空がエンブラエル170(78席)を10機購入というニュースが飛び込んできた。2008年度からジェイエアの運航によって国内の地方路線に使う予定で、うまくゆけばさらに5機を追加することになっている。

 三菱ジェットとしては、まことに手痛い打撃であろう。昨年秋のことだが、日本航空と全日空へ異例の好条件で売りこみをはかっていると伝えられたばかりである。その条件とは、三菱ジェット実現までのつなぎとして他機のリース料を肩代わりするとか、代替機の売却損を一部補填するといったことである。

 しかし、もはや地団駄踏んでも追いつかない。開発のタイミングがずれているため、顧客が買いたいといっても売るべき商品が手もとにない。エムブラエル170と同クラスのMJ-70が実用になるのは、まだ5年以上も先のことである。もっとも、深読みする向きもあって、日本航空のエムブラエル機発注は三菱からの異例の提案を受けてのことかもしれないというのである。むろん日本航空は否定しているが。

 いずれにせよ、ブラジルやカナダとの差が大きく開いたのは、日本の立会いの遅さが招いた事態である。YS-11の終焉いらい、何度となく国産旅客機の開発が提案され、多大の税金を費やして市場調査や開発研究がなされたが、仕切り直しばかりしていて立ち上がれぬまま今日に至った。日本の航空技術に期待するものとしては、歯がゆいばかりである。

 そこへ、冒頭に書いたようなホンダジェットの積極的な決断が伝えられた。このビジネスジェットの前途にも多くの競争相手が待ち構えている。今後なお大きな困難にぶつかるであろう。それでも我ゆかんの気概は壮とするに足るし、その背後には沈着な計算と冷静な判断があるにちがいない。

 ホンダジェットには是非とも成功してもらいたい。同様に三菱ジェットにも来春は果敢な決断を期待したいものである。

(西川 渉、「航空ファン」2007年5月号掲載)

【関連頁】

   巣立ちの秋を迎えたホンダジェット(2006.10.17)


ホンダジェットの翼上エンジン(帆足孝治氏提供)

(2007.4.19)

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