<日本航空医療学会雑誌>
糸口は見えている わが国研修医の制度が変わってから、その影響が意外な方へ飛び火して、農山村の医療過疎が大きな問題になってきた。しかし医療過疎は今に始まったことではなく、日本だけの問題でもない。
たとえばアメリカは、基本的に医療過疎の国である。あれだけ広い国土に医療施設や医師を充実させるのは、考えただけでも簡単でないことが分かる。放っておけば日本でもアメリカでも、医療過疎はますます深刻にならざるを得ない。たとえば今から35年前、アール・アダムス・カウリー博士は全米の交通事故の死亡率が都市と農村で3倍以上の開きがあることに気づいた。それを解消するには、ベトナム戦争での救護の実積から見てもヘリコプターしかないというのが博士の見解で、そこからメリーランド州のヘリコプター救急体制が発足し、博士も「ヘリコプター救急の父」といわれるようになった。
アメリカのヘリコプター救急は今や全土に普及し、今年秋の時点で、拠点数647ヵ所、機体数792機に達した。これらの専用ヘリコプターがほぼ15分以内に到達できる範囲は、昨年秋の計算では、面積にして全米の2割弱だが、人口は75%であった。ヘリコプターの飛行範囲を25分まで広げるならば、9割以上の人口がカバーされる。
日本は、医療過疎の議論ばかりやかましいが、その解消のために救急救命士やヘリコプターを活用しようという発想は聞いたことがない。したがってドクターヘリでカバーされる面積も、半径50キロの円を描くと全国の14%程度しかなく、人口は3分の1に満たない。
こうした状況から、医療過疎の解消のために早急に着手しなければならないのは、救急救命士の教育養成を充実させ、その量と質を高めると共に、救急現場における医療行為の権限を拡大すること。一方でドクターヘリの普及を急ぎ、如何なる山奥でも15分以内に医師が飛んでゆけるような体制を組上げることである。
いま日本の医療過疎が解消できないのは、解決策の糸口が見えないからではなくて、はっきりと見えている糸口を引き出そうとしない、それだけのことに過ぎないのだ。
(西川 渉、『日本航空医療学会雑誌』2006年11月25日号掲載、2007.1.11)
【関連頁】
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