<気候変動>

ボーイング787と環境問題

 

 ボーイング787原型2号機の最終組立てがエバレット工場で始まった。1号機がもたついている間に、ひょっとして、こちらの方が先に飛ぶかもしれないともいう。同機は、実は最終組立てに入った4機目で、最初の1号機につづいて2機目は地上試験、3機目は疲労試験に使われる機体であった。

 2月15日現在、ボーイング787の確定受注数は857機に達した。昨年末の受注数は817機だったから、今年に入ってわずか1ヵ月半で早くも40機の注文を受けたことになる。

 まだ初飛行もしていない開発途上の航空機に、何故こんなに大量の注文がくるのか。ボーイング社のこれまでの主張からすると、旅客機としての経済性、快適性、環境性にすぐれているためらしい。本当にそれほど優れているのか。まだ実績がないので何ともいえないが、石油の値段が上がって燃料費が高騰し、地球の温暖化や気候変動がここまでやかましくなってくると、エアラインの方もそれに応じた機材を選定しなければならない。ついついボーイング社の言い分も信じたくなるのであろう。


組立てが始まった787飛行試験用2号機

 去る1月28日付の「毎日新聞」によると、ICAO(国際民間航空機関)は、現在の航空分野の二酸化炭素(CO2)排出量は全世界の化石燃料消費に伴う排出量の2.5〜3%を占めるという。しかし、今のところ石油燃料を使う以外、航空機の動力を得る方法に見通しが立っていない。

 したがって、これから航空旅客や貨物輸送が増えるにつれて、この比率は急速に増大する。おそらく2050年までには3倍になるというのがイギリス当局の計算である。この増加率は、CO2排出産業の中でも飛び抜けて高い。

 しかも、今後の気候変動にCO2以上に大きな影響を与えるのが窒素酸化物(NOX)である。その化学式からノックスともいうが、光化学スモッグや酸性雨を引き起す大気汚染の原因となる物質である。ほかに、すす(煤)や水蒸気も良くない。地球温暖化に対してCO2の2倍の影響があるといわれる。

 航空機のこのような環境汚染問題をつきつめてゆくと、最後は飛行そのものを制限するほかはなくなる。昨年夏ロンドン・ヒースロウ空港の周辺で起ったデモンストレーションは、滑走路増設に反対というものだったが、その理由は安全や騒音ではなく、気候変動であった。滑走路や空港が増えて航空便が増えれば、地球の温暖化も進む。それを阻止しようというのである。

 飛行を制限するには、航空運賃にかける税金を高くするなどの措置も考えられる。これで格安運賃による観光旅行を減らすべきだと考えている人も少なくない。日本政府は観光庁をつくって海外からの観光客を増やすといった政策を掲げているようだが、運輸省も時代遅れにならぬよう注意する必要がある。

 英オクスフォード大学の環境問題研究所は昨年の報告書で、航空界が将来に向かって環境汚染を少なくするような航空機の開発に努力していることを認めながらも、それには限界があり、もはや飛行制限の必要があると結論づけている。

 こうした見方に対して、航空界の側は環境上きれいな航空機、きれいな運航方式は可能だという。さらに世界の経済活動は航空機によって実現しているのであって、飛行制限がなされるならば世界経済の不況を招くことになると主張している。

 ある計算では、世界のGDPの8%は航空事業によるものであり、航空運送事業はさまざまな産業形態の中でも最大のひとつである。また航空貨物は金額にして全貨物輸送の4割を占めている、と。

 確かに、航空機の代りになるような輸送手段は非常に少ない。むろんバス、トラック、鉄道、船などもあるが、大陸間を短時間で結ぶにはどうしても航空機でなければならない。かといって、その航空機を飛ばすための燃料も、いまの石油に代わるような代替エネルギーは実用になっていない。したがって航空機の排出するCO2を減らすことは技術的にも経済的にもきわめてむずかしい。

 そこでIATAは、もっと効率的に排出量を減らせるような、たとえば発電所や工場などでそれをやってもらい、航空界はその業界との間で排出量取引ができるようなシステムをつくってはどうかと考えている。その具体化を進めているのはICAOで、おそらく今年中には結論を出すだろう。

 すでにヨーロッパではEUが2011年から欧州圏内のエアラインについて排出量を制限することにしている。制限を超えたエアラインは、別のエアラインから排出権を買わなくてはならない。さらに2013年からは、他の地域から欧州圏内に乗入れてくるエアラインにも同じような制限を課す予定だが、これに対してアメリカは強く反対している。

 航空機は、外観だけを見ている限り10〜20年前から何ら変わっていない。けれども内実は劇的に変化している。たとえば同じ距離で同じ人数の乗客をジェット旅客機で輸送する場合、40年前にくらべて燃料消費は7割以下になった。ターボファン・エンジンのお陰である。昔のターボジェットにくらべて空気の吸い込み量が多く、燃料効率が良くなり、騒音が減り、煤煙も少なくなった。

 だが窒素酸化物(NOX)の削減はむずかしい。高温・高圧で空気が燃えることにより空気中の窒素と酸素が反応して発生するからだ。しかし最近のロールスロイス・トレント1000などは、従来のエンジンよりもNOXの発生が4割減となっている。

 そのエンジンを使うのがボーイング787である。NOXの発生が少ない上に、同じ量を輸送するための燃料消費量も現用旅客機にくらべて2割減となる。これは機体の空力的な改善に加えて、重量も複合材の使用によって軽量化しているためである。

 さらに燃料搭載量を考え直すべきだという人もある。たとえば長い区間を飛ぶ飛行便では、離陸時に搭載する燃料のおよそ半分が、乗客を運ぶのに必要な燃料それ自体を運ぶための燃料なのである。つまり燃料を増やせば、その燃料に倍する燃料を積まなければならない。したがって、長距離区間をノンストップで飛ぶのではなく、途中5,000km程度で着陸しては燃料補給をする。昔の航続距離の短い飛行機が東京からウェーキ島やハワイで燃料補給をしながらロサンジェルスへ飛んだ、そんなやり方である。

 乗客からすれば、むろん好ましいことではないだろうし、航空機メーカーも最近は航続距離の長い旅客機をめざして開発努力をしてきた。けれども、地球環境問題はその点にもチェックを入れようとしている。

 政府の責任も大きい。効率的な管制をすることで、CO2の排出量は大きく減らすことができる。空港の中で旅客機が滑走路まで行くのに長い列をつくってのろのろと進み、離陸の順番を待たされるのも問題である。また上空で、着陸の順番を待って旋回をつづけるなどは極めて無駄な排出である。

 旅客機のエンジンも、乗客が全員乗りこんで出発準備ができてから始動すべきだろう。あるいは、誘導路を進む間はエンジン1発だけでもよいし、牽引車で引っ張ることになるかもしれない。

 離陸後も、航空管制(ATC)がうまくゆき、航空路が合理的に使えるならば、燃料の節約は可能であろう。気候変動に関する国際会議ではATCの合理化によって、飛行機は今よりも12%効率よく飛べるようになると推定している。IATAは「政府はすぐに税金を課そうとするけれでも、ATCについてはなかなか改善しようとしない」と非難の声を上げている。

 特にヨーロッパのATCは混乱している。各国ばらばらの状態で、統一しようという考えもあるが、なかなかうまくゆかない。アメリカなどは、あれだけ広い空域が単一のATCによって管制されている。ヨーロッパの空は遠回りや遅延のために、年間33億ユーロ(約5,300億円)の経費が無駄に費やされているという計算もある。

 中国の航空路も効率が悪い。ただし最近、ヨーロッパとの間の航空路を合理化して、飛行時間を15分ほど短縮することに合意した。東京周辺の空域も横田基地の壁にはばまれて、相当に無駄な燃料を費やし、地球環境を汚染していると見られる。

 その意味で、全日空や日本航空が次期旅客機としてボーイング787を選定し、大量に発注したのは、もってよしとすべきであろう。この両社が環境問題についてどのような計算をしているかは知らないが、英国航空は昨年、787を24機とエアバスA380を12機発注するにあたって、環境問題が最大の理由であると公表している。

 英国航空の計算によれば、787は現用767にくらべて燃料消費量が30%少なく、窒素酸化物(NOX)の排出量は46%少ないという。

 またA380は現用747にくらべて、1席あたりの燃料消費が17%少ない。1機あたりのNOX発生量も、747-400の約1割減という。

 環境問題は「地球にやさしい」などというかけ声だけでは解決できない。かつて東京都の石原知事が国に先駆けてディーゼル車の排出ガス規制を打ち出し、それが環境庁のNOX法の改正につながったように、航空機についてもメーカー、エアライン、ATCを含む政府など、関係者が具体的な方策を考え、実行してゆく必要があろう。

【関連頁】

   ドリームライナーの悪夢(2008.1.28)

(西川 渉、2008.2.19)

(表紙へ戻る)