<小言航兵衛>

犬も同然な奴

 先頃、北朝鮮による拉致問題について、DNA鑑定の結果が出て新たな進展が見られた。といっても、これは日本側の進展であって、北朝鮮はいつもの通り平然として「その問題は解決ずみ」などとうそぶくばかりである。それに対して、わが官房長官は「強く申し入れておきました」と記者会見で語ったが、「強く申し入れる」とは実際はどんなことであろうか。

 怒りの表情もあらわに、眉を吊上げ目を三角にして、青筋立てて申し入れたのであろうか。それとも仁王立ちになって拳(こぶし)を振り上げ、声を荒げて怒鳴りつけたのか。「強く申し入れる」というセリフは、これまで外務省も使っていたが、結局は何の成果も得られず、単なる言いわけにしか聞こえない。

 それとも、もっと具体的に、北朝鮮人に向かって「このスットコドッコイのウスラトンカチめ!」とか「ペテン師の、イカサマ師の、猫かぶりの、モモンガーの、岡っ引きの、わんわん鳴けば犬も同然な奴」とでも言ったのだろうか。

 せめて「こねえだッから怪しい怪しいと思ってたんだ。今日という今日は勘弁ならねえ」とか「べらぼうめ、ふざけやがって、この人さらい野郎。早く日本人をけえしやがれ」とか「ひっかくぞ、こんちきしょう」とか「てめえ三度のめしをちゃんと食ったか、丸太ん棒め」とか「出来損ないの最低野郎」とか「つっころばしでフニャちんで、トンチキのオタンコナス」とか、まあこれくらいのことは言って貰いたい。そうでなくては「強く申し入れた」ことにはならぬと思うが、ほかにどんな強い言い方があるのか。あれば教えてもらいたいものだ。

 さらに、この次、小泉さんが平壌にゆくときは、先方の頭目にぶつけるセリフを用意しておくべきだろう。たとえば「フグの横っとびめ」とか「唇の厚い、背の低い、ぶくぶく肥えた、漬け豆の土左衛門め」とか「ドブ板野郎の、だれ味噌野郎の、蕎麦かす野郎のトンマめ」とか「女郎買いの尻切れ草履」とか「根性まがりの豚の尻尾」とか「おめえみてえのは生かしておくより、たたッ殺す方が世界のためだ」とか、外務省もこのくらいの知恵は絞って貰いたいものである。

 以上は、タネを明かせば、漱石と落語と歌舞伎から取った古典的な悪態にちょっとヒネリを加えたものである。しかし、この程度の雑言では言うことを聞かぬだろうから、あとは実行あるのみということになる。外務省も一時は何かやりそうな気配を見せたが、経済制裁などと言いだしてから1年もたつのではないか。もはや右顧左眄はやめて、さっさと交易を止めるなり、送金を禁止するなり、銀行口座を封鎖したらどうなのか。

 アメリカはマカオにある北朝鮮関連の口座を凍結してしまった。金正日の個人資産を含む25億円相当の口座らしい。それに対して北朝鮮は、それなら核開発を進めるなどとほざいているが、アメリカ側は聞く耳もたぬ態度である。

 日本もその程度のことはやったらどうか思うが、そんなことをすると後が怖いというのが、情けないかな、政府の本音であろう。では、怖くないためには、どうすればいいか。それを教えてくれるのが『スイスと日本――国を守るということ』(祥伝社、平成17年12月20日刊)である。著者の松村劭(つとむ)氏は防衛大学校を出たのち、陸上自衛隊の防衛部長などを経て、現在アメリカのデュビュイ戦略研究所の東アジア代表をつとめる。

 この本は、スイスと日本の防衛戦略を比較しながら日本のあり方を明解に論じたものだが、その結論は「国際連合の活動を支持し、国際間の協調をはかり、世界平和の実現を期する」という空疎な言葉が並ぶだけの「国防計画」を先ず見直すこと。なにしろ、この計画は昭和32年(1957年)に閣議決定された「国防の基本方針」だそうで、そんなものを今も金科玉条として押し頂いている国があろうとは「スイス人が見たら失笑する」だろうと著者は書いている。軍用機やミサイルや火器がこれだけ激しく進歩している世界である。半世紀も昔の決議を後生大事に守っているなんぞは、スイス人でなくても笑わずにはいられない。

 それを見直した上で新しい「戦闘ドクトリン」を開発し、次のような戦略態勢を早急にととのえなければならないと著者はいう。

(1)空母機動部隊の編成
(2)先島諸島(宮古島、八重山列島、与那国島)に航空基地建設
(3)陸上自衛隊の海兵隊化

 なるほど、こういう態勢が実現すれば、張り子の虎のような自衛隊も相当ダイナミックな作戦が可能になるだろう。これで北朝鮮の拉致問題も、中国による尖閣油田の盗掘も、韓国による竹島の不法占拠も解決するに違いない。

 官房長官や外務省の「強く申し入れる」という言葉が実際に効力をもつためには、その背後に本物の強さがなければならないのだ。

(小言航兵衛、2006.4.17)

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