<小言航兵衛>

盲の差別

 先日来「山と太陽のホームページ」制作にあたって、「盲の……」と題する小話をたくさん並べた。別に魂胆があるわけではないが、その前に必要あって「盲」という文字をパソコンで出そうとしたところ、ATOKでは変換できないし、IMEでは「目倉」などと奇妙な文字が出てくる始末。そのため、わざわざ「盲目」と打ち出しておいて「目」の字を消さなければならない。

 念のために「きちがい」と打って変換したところ「基地外」「基地街」と出てきた。戦後生まれのパソコンは、アメリカ占領軍基地の周辺に巣くう歓楽街しか知らないとみえる。

 いったいパソコンに、このような言葉の検閲をする権限があるのか。誰の顔色をうかがって、小賢しいプログラムをつくるのか。それとも文部省あたりから「めくら」とか「びっこ」とか「ちんば」などは差別用語だからパソコンには入れるなといった通達でも出ているのだろうか。

 いつぞやテレビで「片手落ち」という言葉を使った人がいて、あとからアナウンサーが「先ほど不適切な発言がありました」などと詫びを言った。黙っていれば気がつかぬものを、わざわざ断りを入れたために、却って意識させる結果になってしまった。われわれ子供の頃は、よく「下駄が片ちんば」などと言っていたが、むろん誰かを差別するような気持は全くない。悪口だろうと何だろうと、言葉は豊富なほど表現力も豊かになり、厚みと深みが増してくるのである。

 このようにして文字や言葉を疎外したり粗末にしたりするとどうなるか。万葉の昔からつちかってきた日本の文化が壊れてゆく。故白川静先生によれば、文字は本来「神と交通する手段」であったという。きわめて神聖な道具である。これを粗略に扱ってきたのが戦後の日本であって、占領軍にいわれたのか自ら発念したのかはともかく「千数百年あった文字の体系を全部ぶちこわして、わずか千八百五十字ぐらいにして、しかもその音訓を制限して、自分の名前もまともに承認されないような、ばかな文字体系」にしてしまった。これを早く直さねばいかんというのが先生のご意見である。

 文字を尊び、言葉を大事にして、「文字に対する充分な知識をもち、言葉に対する正確な使い方、また言葉の意味内容を厳格に規定するという概念化の力、そういうものがあってこそ思想はすすむ。思索は綿密に行なわれる。それが軽視されるような時代においては、すべてのことが粗雑になってしまう。われわれは思索を通じ、言葉を通じてものを考える。ものを建設してゆくわけですから、その大本が狂えば万事が狂うてしまうことになる」

 上の文章をたまたま、白川先生の『続文字講話』(平凡社、2007年2月9日刊)から書き写していたとき、3月22日夕方のことだが、テレビ・ニュースに東国原宮崎県知事が出てきた。就任2ヶ月目の感想を訊かれて「まだまだ緒についたばかりです」という答えだった。仕事は始まったばかりという謙遜の意をこめたものであろうが、テレビ画面の文字は「地についたばかり」と表示している。

 こちらの聞き間違いかと思ったが、「地についたばかり」では意味をなさない。今までふわついていた芸能人が知事になって足が地に着いたと解釈したのかどうか、文字を軽視してきたマスコミの低劣ぶりが示されているわけで、わざわざスーパーを出したために馬脚をあらわす結果となった。ちなみに、私の見ていたテレビは東京の8チャンネル(フジテレビ)であった。

 そういえば先日、元労働省の「女性局長」だったという人に逢った。私はてっきり女性の局長――つまり女でも局長になれるのだぞということを強調した肩書きかと思った。ところが聞いてみると、労働省の中に女性局というのがあるらしい。へんな名前だと言ったところ、昔は「婦人局」といったけれども、「婦」という文字はオンナヘンにホウキと書くので良くないのだそうである。ごく普通の文字がどうやら「差別文字」に貶められたらしい。

 この文字はむしろ、箒を持ってかいがいしく働く女性の姿を示したものという解釈も成り立つ。箒というのは一つの象徴であって、家の中で掃除ばかりしているというわけではあるまい。たとえそうだとしても、住まいを清潔に保つ女性の美徳を示す文字ともいえよう。それとも、女と箒とくれば魔女を思い出すのかもしれない。要するに、こういう解釈は、解釈する側の心の持ちようでどうにでもなるのであって、解釈する方に偏見やひがみがあると、何を聞いても自分の悪口を言われているような気がするものだ。

 それでもまだ魔女狩りを続けるというのなら、最も進歩的といわれる婦人雑誌「婦人公論」などは早く改名しなければならない。「主婦の友」などは雑誌名どころか会社名も変える必要があろう。

 労働省も「婦人局」改め「女性局」などと中途半端な名前をつけずに、いっそ「美人局」とでもしたらどうだろうか。

(小言航兵衛、2007.3.24)

【関連頁】

   <リンク>盲の乗客(2007.3.23) 
   <リンク>盲の着陸(2007.3.22) 
   <リンク>盲のチワワ(2007.3.21) 
   <リンク>盲の経営陣(2007.3.20) 
   <リンク>盲のパイロット(2007.3.10) 

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