<小言航兵衛>

静岡事故の疑問

 2005年5月静岡県警のヘリコプターが静岡市で墜落し、警察官5人が死亡した事故で、国土交通省航空鉄道事故調査委員会は4月27日、最終報告を発表した。墜落の原因は、両エンジンの出力停止と回転翼が止まったことと推定、機長の操縦ミスの可能性を指摘した。また(1)飛行計画の変更、(2)操縦士1人での飛行、(3)低高度飛行――のいずれかが解消されていれば事故は防げた可能性があると所見を述べた。県警は機長を被疑者死亡のまま、業務上過失致死容疑などで書類送検する方針。

 事故は2005年5月3日午後4時半ごろ、静岡市清水区の住宅街に、交通渋滞監視のために飛行中の県警のヘリコプター「ふじ1号」が墜落炎上、乗っていた5人が全員死亡した。5人は最初、別のヘリコプターで離陸したが、異状を示す警告ランプが点灯したため、「ふじ1号」に乗り換えた。飛行経路も当初の予定より長くなっていた。

 事故調によると、ヘリは両エンジン停止から数秒後、回転翼が止まった状態で墜落した。ヘリはエンジンが止まった場合、ローターブレードを慣性で回すオートローテイションによって緊急着陸できるが、イタリアの製造元アグスタ社の試算では、上昇するために翼の角度を大きくして負荷をかける操縦ミス以外に数秒で翼の回転が止まることはない。左エンジンの停止は燃料切れ、右エンジンと翼の停止は機長の不適切な操縦の可能性を指摘した。(稲生陽)

◇航空評論家西川渉氏の話

 ベテラン機長が単純なミスで緊急着陸失敗というのは考えにくい。業務上必要なことだったかもしれないが高度100メートルというのはあまりに低い。エンジンが止まれば、通常はローターのピッチ角を下げてオートローテイションに入るわけだが、逆にピッチを引き上げたのは前方の人や家に被害が及ばぬよう住宅に不時着するのを避けるため、とっさに高度を維持しようとしたのではないか。

(毎日新聞、2007年4月27日付より)

 さて、上の航空評論家のコメントは、ごく穏当なものといってよいだろう。けれども小言航兵衛としては、いささか疑問が残る。もっとも、連休中のことで、事故調査報告書の原文を手に入れることができないので、それをよく読めば疑問も解消されるかもしれないが。

 ここでは、いくつかの新聞記事を読みくらべた結果から、航兵衛なりの疑問を提示しておきたい。

 第1点は、この事故は2年前のゴールデンウィークに発生したものだが、連休中の交通渋滞を調査するのに、何故こんなに沢山の警察官が乗らなければならなかったのか。あの日は天気も良くて、富士山もよく見えていたであろう。飛行高度は、エンジン停止時は100mくらいだったそうだが、初めから終わりまで、そんなに低く飛んでいたわけではあるまい。通常は300m以上のはずで、空の高いところから右手に富士、左手に青く広がった駿河湾を見るのは、絵に描いたようなすばらしい景観だったに違いない。

 単に交通状況を調べるだけならば、パイロットのほかに1人乗れば十分である。現に昔、東京上空でもニッポン放送やTBSラジオが毎朝ヘリコプターから交通情報を流していたが、東京のきわめて複雑な道路網と交通状況であっても、小型機にパイロットと放送担当者の2人が乗るだけであった。それとも県警交通規制課長以下4人の渋滞調査に関する訓練が目的だったのだろうか。

 第2点は、本来もっと大きなヘリコプターで飛ぶはずだったという。それが離陸後、不具合があって引っ返し、この事故を起こしたアグスタA109に乗り換えた。そのため重量オーバーになったというが、機種が違えば搭載量も航続時間も航続距離も全て異なるのは当然のこと。にもかかわらず、まさかとは思うが、元の計画通りの人数で計画通りの距離を飛ぼうとしたのだろうか。

 それにA109自体、本来8人乗りで、5人が乗ったからといって問題になるようなことはないはず。それとも、この機体には警察の特殊装備が盛りだくさんに取りつけてあって、人の乗る余地が少なかったのだろうか。そもそも日本の公用機は、装備品があれもこれもと多すぎる。航空機は本来できるだけ身軽でなければならない。その基本原則に反して重装備をすれば機敏な動きができず、利用面でも融通が利かなくなるばかりでなく、いざというときに安全の確保もできなくなるのである。

 第3に、新聞にはパイロット1人で操縦したのがよくなかったように書いてあるが、本当だろうか。A109くらいのヘリコプターならば、1人で操縦するのが当然で、それが何故いけなかったか分からない。無論このとき、パイロットが2人乗り組んでいれば、別の判断があったかもしれない。けれども、2人でなかったことが事故原因とは思えない。

 朝日新聞(4月27日付け夕刊)は「原則として機長以外に操縦の有資格者を乗せるという県警の基準も守っていなかった」と書いている。とすれば、それは警察の内規に反したのであって、航空事故の原因とはいえないであろう。巨人旅客機じゃあるまいし、こんな小型ヘリコプターに副操縦士が必要とは、聞いて呆れるというほかはない。

 第4の疑問は「被疑者死亡のまま、業務上過失致死容疑で書類送検する方針」だそうである。事故原因が操縦ミスだから、パイロットが悪いというのであろう。

 しかし、年齢59歳で1万時間もの飛行経験を持つベテラン・パイロットが単純なミスをするとは思えない。確かに最後の引き金を引いたのは機長かもしれぬが、そこに至るまでのお膳立てはどうなっていたのか。機体を取り替えて重量オーバーのまま離陸したとすれば、何故そんな無理をしなければならなかったのか。燃料切れに至るまで、何故1時間も飛び続けなければならなかったのか。

 まさか死亡したパイロット1人に罪のすべてを負わせようというのではあるまいが、いくつもの疑問を残したまま、エラーをつぐなえと言われたのでは、「犯人」に仕立てられた霊魂は化けて出るほかはないであろう。

(小言航兵衛、2007.5.7)

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