<小言航兵衛>

産科医療の実態

 先日、本頁に産科医療について書いたところ、旧知の医師から手紙をもらった。あのホームページは個々の医師を非難するつもりはなく、救急システムの不備を衝いたはずだったが、少し書きすぎて誤解を招いたらしい。

 そこで、誤解されそうな部分を書き直し、もしくは削除するとともに、その麻酔科医師の手紙の要旨を下に掲載しておきたい。

 念のために、航兵衛が最も尊敬するのは、空気の支えだけで航空機を操るパイロットと、神の創造した命を護る医師である。そして最も軽蔑するのは、こうした事態に至るまで制度疲労を放置したまま本分を尽くそうとしない官僚たちであることはいうまでもない。

拝啓

 私は現在、産婦人科を主体とする病院に勤めています。家内はもうそんな所は辞めたらどうですと言っております。麻酔科医師の配偶者でもどうかと思うくらいに時間と関係のない生活を強いられるからです。先週も日曜の朝3時と、月曜の朝4時に起こされて帝王切開の手術に行きました。月曜はその手術が終わった直後に入院してきた妊婦の胎児心拍が落ちたまま戻らないというので、6時半から手術です。月曜は午前中は手術はありませんが昼からは予定の手術がありました。

 麻酔科はこの程度ですが、産科医は月曜はそのまま外来診察、そして午後は手術です。これは特殊な話ではなく、始終あることです。麻酔科は手術にしか呼ばれませんが、計画分娩など全くしていないので夜間のお産は普通にあります。

 医師の平均余命が日本人の全体と比べて短いことはすでによく知られている通りです。 

 私どもの病院は年間1,400件くらいのお産があります。母体の状態や、胎児、新生児の状態によって、別の高度な病院に送ることは月に何度もあります。しかし搬送先がすぐに見つからないのは普通のことです。お産というのは不思議なもので波があります。生まれるときは何処も満床で断られ、暇なときは何処もガラガラなどという皮肉なこともあります。また、母体の搬送に際しては医師が救急車に同乗しないといけなかったりして、それでまた外来がストップなんてこともあります。

 何でも医者が悪いと書けば大向こうは拍手しますが、それでは何にもならないでしょう。医は仁術なんて使い古された言葉ではなくそれぞれに事情があることは理解して欲しいです。

 なお、この仁術というのは患者を治す手段の無い時代に医者ができるのは仁だけだったというのが正しいのではないでしょうか。いまは医師に仁があっても知識や技術がなければそれこそ助かるものも助からないことになります。

 夜中に絶えず起こされて早死にしても誰も助けてはくれません。私の家内にしてもわずかな遺族年金をもらうよりは、なるべく生かしておいて、給料が悪くてもストレス無く、長く働かせるほうが得だと思っているようです。

敬具

 そういえば航兵衛の親父もよく夜中に呼び出され、自転車にまたがって往診に出かけていた。早く死んだのはそのせいだったのか。医師たちもまた、患者さん同様、死ぬか生きるかの瀬戸際で闘っているのである。

(小言航兵衛、2007.9.22)

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