<小言航兵衛>

大統領の通信簿

 『ブッシュが壊したアメリカ』(S.ブレジンスキー、徳間書店、2007年9月30日刊)は冷戦が終わってからのアメリカが唯一の超大国となり、15年余にわたって世界を支配してきた3人の大統領の業績というよりも行跡を描く。

 その意味では、日本語の表題ではなく原著の Three Presidents and the Crisis of American Superpower の方がよく内容を表わしている。つまりアメリカ大統領は国際的な承認をいっさい受けていないにもかかわらず、世界の指導者として振舞うようになった。あたかもナポレオンの「自己戴冠」のようなふるまいで、3人の大統領とは先代ブッシュ、クリントン、現ブッシュのことである。

 この3人はソ連がいなくなった後の怖いものなしの世界で、強大な権力をふるってきた。その結果が今の世界である。とりわけ現ブッシュはイスラム社会を文化的、政治的に変革させるとして突き進み、ついに悲惨な状況に立ち至った。日本でも「売家と唐様で書く三代目」といわれるように、3代目というのはどうも弱いところがあって、現ブッシュに世界最強の権力を持たせた結果は「気違いに刃物」という日本古来のことわざが示すとおりである。

 アメリカの民主主義が世界に通用すると考えているところがそもそもおかしいので、日本でも政治家連中は何かといえば「民主主義に反する」とか「民意に沿って」などというが、もちろん本人も心底そう思っているわけではなかろうし、そんな金科玉条が存在するわけがない。

 民主主義とは、たちまち衆愚政治におちいりやすいもので、民主主義を押しつけられた戦後日本の素朴な時代はともかく、「所得倍増」などという惹句が喧伝されるようになった頃から、人気取りの政治が横行するようになった。その最大の結果がついに安倍内閣を誕生させ、あっという間に消えてしまった。安倍なにがしの登場は、人気に踊らされた愚かな人びとのしからしめるところだったのである。

 あんな頼りなげな性格が何故見抜けなかったかと思うが、無論そばにいた政治家連中はよく分かっていて、そんなに人気があるんならというので選挙に利用しようとしただけのことである。結果は参院選で惨敗し、見捨てられてしまった。

 日本だから、まだこの程度ですんではいるが、狂信的なイスラム教社会に民主主義を押しつけたらどうなるか。本書の主題はそこにあるのだが、「法の支配の経験も浅く、伝統を重んじる社会に、いきなり民主化を押しつけようものなら、国内の各政治勢力が争いを始め、妥協をよしとしない過激主義者たちによって、激しい武力衝突が繰り広げられる。実際、これと同じことがイラクでも、パレスチナでも、エジプトでも、サウジアラビアでも起っている。民主主義の押しつけは却って社会内部の緊張をもたらす。最後は寛容度の低い熱烈なポピュリズム政権が誕生し、外見は民主的だが、実際は多数派による独裁政権となるであろう」

 しかし、よく考えてみれば、これは中東諸国ばかりではない。日本だって小泉政権や安倍政権に見られるようなポピュリズム政権が誕生したり、外見は民主的だが、実際は自民党による独裁政権、もしくは自民党と公明党と官僚が組んだ独裁政治が行なわれている。

 余談ながら「ポピュリズム」という言葉は、いつ誰が使い始めたのか、実にいやな言葉である。いやというのは、どこか誤魔化しの匂いがするからで、第一間違っている。航兵衛の字引によれば、アメリカの歴史に登場した「人民党の主義[政策]」とあり、ロシア史では「1917年の革命以前の共産主義」を指すらしい。要するに固有名詞なのである。とすれば、これは生かじりの和製英語ではないかと思うが、では上のブレジンスキー先生は原著の中でどんな言葉を使っていたのか、知りたいところである。日本語では、「人気主義」とか「人気政権」とか「人気取り政策」と云ってもらいたい。

 本書は最後に3人の大統領の通信簿を載せている。内政ではなくて、国際問題に関する評価で、結果は下表の通りである。採点はAからFまでの6段階に分け、少し良いものは+、足りないものは−をつけている。

課  題

先代ブッシュ

クリントン

現ブッシュ

大西洋同盟

A

A

D

旧ソ連圏

B

B-

B-

極東

C+

B-

C+

中東

B-

D

F

核拡散

B

D

D

平和維持

評価せず

B+

C+

環境

C+

B-

F

世界貿易/貧困

B-

A-

C-

総合評価

堅実なB

むらなC

落第のF

備  考

戦術面の能力に長けるが、戦略面のチャンスを生かせなかった。

潜在力と実績とのギャップが余りに大きい。

単純すぎるひとりよがりの世界観が災いし、自滅への道を邁進中。

 この表から見ると、選挙中から大統領の任期を終わるまで、女性問題のスキャンダルまみれだったクリントンが、確かにいい加減な大統領だったことが分かる。亭主がいい加減だからといって、女房までがいい加減とはいえないだろうが、今テレビ・ニュースでは盛んにアメリカ大統領選挙の候補者選びを取り上げている。このニュースを、われわれは競馬レースでも見るかのように、面白おかしく気楽に眺めているが、その結果は決して他人事ではない。

 現ブッシュが世界をめちゃくちゃにし、小泉と組んで日本をぶっ壊し、官僚も国家のことはそっちのけで、国民年金も健康保険も出鱈目な運用となり、石油の値上がりは日々の生活にまでひびくようになった。

 上の採点表には、航兵衛もおおむね賛成だが、落第点のついた現ブッシュを当選させるようなアメリカの選挙は、これも人気取りにひっかかった衆愚政治としかいいようがない。その結果、愚かな大統領が選ばれて勝手な振舞いに走るのであれば、その選挙をアメリカ人だけにまかせておいていいのだろうか。


次は火星を民主化するぞ

 (小言航兵衛、2008.1.19)

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