<小言航兵衛>

魔性国家の正体

 第2次世界大戦の結果、関係諸国の領土はどうなったか。日本の管轄下にあったところでは朝鮮、満州、台湾が独立、北方領土は一部を手放し、一部は今なおロシアが占拠している。負けた日本ばかりではない。勝ったはずのアメリカ、イギリス、オランダ、フランスも東南アジア地域の植民地を失った。領土を広げたのは当時のソ連と中国だが、その後ソ連は西方の国々が独立し、ロシアとなって縮小した。ひとり拡大したのは第2次大戦で負けつづけた中国だけである。

 中国の拡大領域はチベット、ウィグル、満蒙といった周辺地域で、これにより本来の領土から3倍の大きさにもなった。戦後のドサクサにまぎれた火事場泥棒とはこのことをいうのであろう。これらの地域は現在「自治区」と呼ばれているが、事実は自治どころか中国の完全な統制下にある。

 去る3月14日に始まった首都ラサでの暴動も、こうした中国の不法占拠と無法統制に対する反発である。というのも、チベットは決して山の中の小さな集落ではない。それどころかチベット文明はインドや中国と並ぶアジア三大文明のひとつであった。詳しくは『中国「魔性国家」の正体』(黄文雄、成甲書房、2008年1月30日)に書いてあることだが、その歴史は中国と同じくらい古く、政治的にも完全な独立国だった。

 ところが1949年の「人民中国」が成立するや、世界革命をめざす人民解放軍は「農奴の解放」を口実にチベットに侵入した。以来、中国はチベットを軍事的に支配し、人口の6分の1にあたる120万人以上のチベット人を殺戮し、チベット女性に不妊手術や堕胎手術を強制するなど、チベット人の少数化をはかってきた。最後はチベット人を地球上から絶滅させようというのである。

 かたわら中国軍は寺院の9割を破壊し、中学以上の学校教育ではチベット語の使用を禁じ、中国語を強制するなどチベット文化の抹殺を推進してきた。そのうえ森林伐採、地下資源の採掘、野生生物の乱獲、核廃棄物の投棄などでチベットの自然環境まで破壊しつつある。

 こうした動きは、3月15日付の朝日新聞が、下表のような年表にまとめている。

1949年10月

中華人民共和国成立

51年

人民解放軍、ラサに進駐

56年

自治区準備委員会発足

59年3月

ラサを中心に中国の統治に抗議する動乱発生。中国が武力鎮圧し、チベット仏教最高指導者のダライ・ラマ14世はインドに亡命

65年

チベット自治区成立

89年3月

ラサで「独立要求」などのデモ激化。戒厳令施行(90年に解除)

89年12月

ダライ・ラマ14世がノーベル平和賞受賞

 

 こうして去る3月10日、ラサなどで僧侶や市民の抗議行動がはじまり、14日夜から15日未明にかけて1989年以来の大規模な暴動に発展した。それに対する中国軍の鎮圧や僧侶・市民・学生の反発などがどのような状況にあるか、報道陣の現地入りが禁じられているため実態はほとんど分かっていない。けれども死者は中国が10人と言っているのに対し、チベット亡命政府は80人以上と言い、100人という報道もあるので、戦車や銃火が激しく使われたにちがいない。

 断片的な報道では、路上に置いてあった複数の車両が放火され、市内は煙に包まれた。軍や武装警察が出動し、市民に向けて発砲し、その銃声が聞こえた。寺院の周囲には多数の僧侶の遺体があり、漢族が経営する商店を中心に襲撃も起きている。また鎮圧行動による犠牲者の中に16歳の少女が含まれているともいう。

 こうした暴動は1989年以来の規模というが、あのときは混乱収拾のために戒厳令が敷かれた。この戒厳令の先頭に立って鎮圧にあたったのが、当時チベット自治区のトップにあった共産党委員会書記の胡錦濤である。この働きがトウ小平に評価され、若くして異例ともいえる最高指導部の政治局常務委員に抜擢され、今日の地位に登りつめたのだ。

 中国がチベットやウィグルに攻め込んで、何がなんでもわがものにしようとするのは何故か。背景にあるのは「中華思想」にほかならない。すなわち中国は天下の中心であり、野蛮な夷狄に中華文明の恩恵を与え、天下を統一するのだ。最終的には地球上のすべてが中華を中心とする一つの国家になることが理想というのである。

 そうした独善的な価値観、人生観、国家観、世界観が中華思想であり、チベットを武力によって弾圧してでも、わが膝下に置いておくこと――これが彼らの思惑である。

 そうした身勝手な専制国家が恥も外聞もなく開催するのが、今年8月の北京オリンピックである。それに参加することは彼らの中華思想に賛同し、それを称揚することにほかならない。

 選手諸君にとって、オリンピック参加は大いなる希望であり理想であろう。しかし諸君の栄誉はオリンピック選手に選ばれたことだけで達成されている。これ以上、わざわざ北京まで出かけていって、中国のうす汚い覇権主義に荷担する必要はあるまい。

 日本の選手諸君はもとより、世界中の心ある国と選手たちが北京オリンピックをボイコットするよう、ここに提案しておきたい。五輪ボイコットは1980年のモスクワ大会の前例がある。あのときはアメリカが提唱して日本が追随し、最終的に50ヵ国がボイコットに賛同した。今回は先ず日本が提唱し、アメリカを説得して世界的な運動に拡大すべきだが、それができぬようなら日本は腰抜けの政治家ばかりということになろう。

 モスクワ大会の不参加の理由はソ連のアフガニスタン侵攻である。今のチベット侵攻とそっくりだし、これに抗議して中国も参加を拒否した。北京大会をボイコットされても驚くことはないであろう。


チベット本来の国境線

 チベット人は今も自分たちを「チベット人」と称し、決して「中国人」とは考えていない。その人びとの住む地域に勝手に侵入し占拠しているのが中国である。本来のチベットは今のチベット自治区と青海省のほか、上図のように甘粛省南部、四川省西部、雲南省北西部、ブータン、シッキム、ネパール北部、インド北西部、パキスタン東北部にまで及び、アジア中央に位置した大国である。

 したがって青海省、甘粛省、四川省、雲南省などと漢語でいうために、昔から中国の領土かと誤解されるが、本来はチベットの領域だったところを各省が取りこんだのである。それゆえチベット自治区で起こった騒動が青海省や四川省など無関係な外部に飛び火したようにとらえるのも間違いで、これらはすべて一体だったのだ。

 チベット本来の国土面積は250万平方キロで日本の6,6倍、チベット自治区だけでも120万平方キロで3倍以上になる。こんな大国がいつの間にか中国の一部として併合されていたのだ。中国の国土面積は現在957万平方キロ――ということは、その4分の1以上が不法に取りこんだチベットなのである。抗議や抵抗をしない方がおかしいではないか。

(小言航兵衛、2008.3.19)

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