<小言航兵衛>

ステルス・ヘリコプター

 オサマ・ビンラディンの急襲殺害に使われたヘリコプターは、その隠れ家に残された残骸の写真から、これまで見たことのない形状で、ステルス性を持つように見えると、米アビエーション・ウィーク誌が報じている。世界で最も権威ある航空専門誌がそういうのだから、多分まちがいないのだろう。とすれば、先日の本頁に書いた航兵衛の見方は間違っていたことになる。

 その訂正を兼ねて、この数日間で分かってきたH-60ステルス・ヘリコプターのもようを整理しておきたい。

 アバタバードのビンラディン暗殺に向かった米軍特殊部隊は、隊員24人以上。きわめて高度の専門的訓練を受けた兵員ばかりで、ヘリコプター2機に分乗してビンラディンのもとへ向かった。

 ヘリコプターはシコルスキーH-60ブラックホークを大幅に改修したものと見られる。ただし、それがMH-60Kか、Lか、Mかは分からない。というのは米陸軍の通称「ナイト・ストーカー」、第160特殊作戦航空隊には、これら3種類のMH-60がすべて使われているからだ。

 ペンタゴンは、今回の襲撃作戦の詳しい内容には口をつぐんでいる。しかし、ブラックホーク2機とチヌーク2機が使われたことは間違いないであろう。それぞれの役割は、ブラックホークが実際の襲撃にあたり、チヌークはブラックホークの燃料補給とバックアップが任務であった。現にブラックホークの1機がダウンしたとき、チヌークの1機が救援に駆けつけ、襲撃要員を生還させている。

 この襲撃にステルス機を使った理由は、敵に気取られぬように忍び寄る必要があったのは当然だが、もうひとつパキスタンの政府や軍に知られたくなかったからだろう。なにしろ、ビンラディンの隠れ家はどこか遠くのへき地ではなくて、首都イスラマバードに近い人口10万というアバタバードという都市である。しかもパキスタン軍の駐屯部隊や士官学校がすぐそばにある。襲撃の時刻は深夜、現地時間の5月2日午前1時頃であった。


尾部ローターハブと水平安定板
上向きに尖っているのがテールブーム先端

 では何故、このステルス・ヘリコプターが現地でダウンしたのか。米下院軍事委員会の議長によれば、機械的な故障やパイロットの操縦ミスではなく、外気温度の計算ミスだったという。というのはステルス性をもたせるための改修によって、同機は通常のH-60よりも重量が400kgほど増えた。そのうえ気温が予想外に高かったのと、塀そのものが高いためにダウンウォッシュの逃げ場がなくなって吹き上がるなど、気流が乱れてホバリングができなくなったらしい。

 そのため侵入機は、隠れ家の塀の中にハードランディングをするに至った。その後、機体から降り立った兵員たちはヘリコプターを徹底的に破壊した。この破壊は帰投のために離陸したヘリコプターからミサイルを撃ちこんだという報道もある。ただし尾部は着陸の際、先端が塀に当たって外側に落下、完全に破壊することはできなかったと推定される。

 塀の外に残された尾部の写真を見ると、テールブームとローターハブのフェアリングはステルス性をもたせるための特殊な形状に改められている。また尾部ローターは通常の4枚ブレードが5枚か6枚に増え、回転速度を落として騒音を減らす仕組みになり、ハブには大きな皿のようなカバーがついた。また外板は複合材が多用され、金属材料を隠してレーダー波の反射を減らし、塗装もV-22オスプレイと似た銀色で、やはりレーダー波を吸収する効果がある。


H-60ステルス機想像図

 ヘリコプターのステルス化は必ずしも新しい課題ではない。2004年に開発中止となったRAH-66コマンチ・ヘリコプターもステルス性が強調され、騒音が少ないのと赤外線吸収が特徴だった。

 騒音は主ローターも尾部ローターもブレード数を増やせば相当に抑えることができる。実際にH-60のステルス計画の中には尾部ローターブレードの追加が含まれていた。またローターに空力的な改良を加えたり、回転数を減らしたりすることでも音を小さくすることができる。

 レーダーで見つかりにくくするためには、胴体側面の形状を変えたり、降着装置などの突出物を引っ込み式にしたり、ローターハブにフェアリングを取りつけたりする。しかもヘリコプターは元来、低空を飛ぶことが多いので、それだけでレーダーにはつかまりにくい。ほかにもジャミング(電波妨害)などの方法がある。

 むろんペンタゴン当局は、ビンラディン急襲に使ったヘリコプターがステルス機だったかどうか、黙して語らない。しかし、こうした最新鋭のステルス・ヘリコプターを使ったからこそ、パキスタン軍にも見つからなかったのであろう。ビンラディンも、それと気がついた時は遅すぎたのである。

 こうしたH-60ステルス機が使われたのは、今回が初めてではない。もはや5〜6年前から何回となく極秘の作戦に出動していたらしい。しかし、いずれも無事に帰投していたので存在が知られなかったのである。

 だが今回ついに知られてしまった。あとに残されたヘリコプターの残骸は、直ちにパキスタン軍によって回収され、運び出された。アメリカ軍は、これが中国の手に渡るのを恐れているという。

(小言航兵衛、2011.5.9)


911同時多発テロ

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