<ストレートアップ>
「ドクターヘリの実態と評価」を読んで 厚生労働省の平成16年度厚生労働科学研究が公表された。「ドクターヘリの実態と評価に関する研究」と題する報告書で、日本医科大学付属千葉北総病院救命救急センター長の益子邦洋教授を初め、全国各地のドクターヘリを運航している病院の先生方による報告書である。
内容は昨年度のドクターヘリの実績を集成し、分析と提言をしたもので、わが国ヘリコプター救急の実態を知り、将来を考える上で非常に参考になる。以下その内容を、筆者の感想をまじえながら、ご紹介したい。
ドクターヘリは現在、本紙でも報じられているとおり、今年4月から北海道の手稲渓仁会病院、7月から長野県の佐久総合病院が加わって、全国10ヵ所で飛ぶようになった。表1は昨年度の8ヵ所について、出動実績を前の年とくらべたものである。
[資料]平成16年度および15年度の厚生労働科学研究より作成
出動件数 拠点数 1ヵ所平均 平成16年度
3,367 8 421 平成15年度
2,888 7 413 平成14年度
1,910 7 273 ここに示すように、拠点数が増えた分だけ出動総数も増えたが、1ヵ所平均では400件余りで、わずかな伸びにとどまった。出動件数のうち7割強が現場救急である。この点は8月4日付けの本欄にも書いたように、これから高速道路などの救急が日常化すれば、さらに大きく伸びるであろう。
では、ドクターヘリの救護により、患者の容態はどうなったであろうか。2004年度の救急患者のうち、最終的な転帰がはっきりしている1,592例について調査した結果は表2のとおりである。
[資料]平成16年度厚生労働科学研究
社会復帰 中等度後遺症 重症後遺症 植物状態 死 亡 合 計 ドクターヘリ
872 246 89 22 363 1,592 陸水路推定
603 290 168 35 496 1,592 効 果
44.60% -15.20% -47.00% -37.10% -26.80% ―― たとえば死亡者は363人だが、もしもドクターヘリがなくて現場治療が受けられず、救急車や船で長時間かかって搬送されていたならば、496人が死亡したと推定される。すなわちヘリコプターによって、死亡者は26.8%減――4分の3以下になった。同じように社会復帰のできた人は872人だったが、ヘリコプターがなければ603人にとどまったはずで、1.5倍に近い。
他の症例についても、ここに示すとおりで、ドクターヘリの効果は顕著ということができよう。
こうしたドクターヘリの出動要請は、119番の電話通報を受ける消防機関によって発せられる。消防機関が電話を受けてからヘリコプターを要請するまでの時間は、この研究報告書によると16年度の平均が14.2分であった。もっと早く呼ぶべきではないかと思うが、それが長引くのは119番の電話を受けた救急隊がいったん現場にゆき、患者の容態を確認したてからヘリコプターの出動を要請するためである。
この点、欧米の救急ヘリコプターを扱っているところでは、原則として電話を受けたときにヘリコプターの必要性を判断する。電話口に医師もしくは救急救命士が待機しているためで、日本でもそうした体制が望まれる。
実際に日本の場合、出動要請を受けたドクターヘリが医師、看護師をのせて離陸するまでの時間は、16年度の全国平均が3.8分であった。経験を積んだ拠点では2分前後で離陸している。しかし、こうした努力も、要請までの14.2分という長い時間によって無駄になっている恐れがある。
こうしてみると、日本ではヘリコプターの出動に関して、患者の容態を重視しすぎるきらいがある。むろん軽視するわけにはいかないが、時間についても同程度に重視すべきであろう。先に訪ねた米メリーランド州では、救急車では時間のかかる特定地域については、911番の救急電話がかかっただけでヘリコプターが出動するような仕組みになっていた。
現に日本の救急車はそれを実行しているわけで、患者の容態にかかわらず、119番の電話だけで出場する。小さな虫が耳に飛び込んでも走り出すほどである。そのため最近はタクシー代わりに使われる例も増えて問題になっており、有料化の検討もなされている。そこまでゆかなくとも、ヘリコプターももう少し柔軟に考えるべきではないか。患者さんのためになるかどうかの観点から仕組みをつくるべきである。
ヘリコプターで飛来した医師は、その場で患者の治療に着手する。このように医師と患者が接触するまでの時間は、この報告書によると、119番の電話覚知から平均28.3分であった。上述のように電話を受けた時点でヘリコプター出動の是非を判断していれば、もっと早く、理屈の上ではちょうど半分の時間で治療が開始できたはず。そうなれば救命効果はさらに上がるであろう。
そのためには今の細切れの消防本部を、もう少し大きく統合して、それぞれの119番電話口に東京や大阪のように医師を配置する。それが無理ならば、せめて救急救命士を置き、ヘリコプターの必要性を即座に判断できるようにする必要がある。あるいは、少なくともドクターヘリが飛んでいる地域では、たとえば991番(救急は1番)といった専用電話番号を設け、受付も1本化して、そこに医師や救命救急士を置いてはどうか。
そうなれば単にヘリコプター出動の判断ばかりでなく、子供が急に熱を出したとか、お年寄りが食べ物をのどに詰まらせたとか、とっさの場合の医療相談もできるはず。特に医療過疎の地域では心強い応急制度となるであろう。
それにしてもドクターヘリは、まだまだ少ない。各県1機ずつとしても約50機、静岡県のように複数の配備もあり得るとすれば全国80機程度の配備が望ましい。表2が示すように、わずか8機の実績でも多くの人がヘリコプターによって命を救われ、社会復帰を果たしているのである。
(西川 渉、「日本航空新聞」2005年10月13日付掲載に加筆)
9月9日「救急の日」、東京駅頭に展示されたドクターヘリ