<ボーイング787>

難行苦行の長距離飛行

 先月もヨーロッパへ出かけたばかりだが、地球の裏側へ旅行する場合、片道12〜13時間という飛行はまことに辛く、苦しい。今のところエコノミー症候群におちいる心配はあるまいと、根拠もないまま楽観しているものの、貧乏旅行者にとってエコノミー席で長時間にわたる窮屈な姿勢は何ともやり切れない。映画を見ても、本を読んでも、お酒を飲んでも、肉体的、精神的な不快感はどうにもならず、目的地へ早く着くことをひたすら祈るほかはない。

 そんな旅行者の苦しみをよそに、旅客機をつくる方は、これもひたすらに航続距離を延ばしてゆく。その結果、先週の「フォーブス」誌によればシンガポールからニューヨークまでの直行便も可能となり、なんと19時間も飛び続けるという。これが世界最長の路線らしい。

 かつては、このような長距離区間では、飛行機の航続性能に限りがあるので、どこか途中で燃料補給のための「テクニカル・ランディング」をするのが普通だった。しかし今や、飛行機の性能が良くなり、途中着陸の必要がなくなった。そのため長距離定期便が増加し、たとえば香港からアメリカやカナダといった北米への定期便は、2000年7月866便だったものが、2007年7月は1,000便に増えたという。

 先日ロールアウトしたばかりのボーイング787も15,000km余の長航続性能が売り物の一つだから、長距離便は今後ますます増えるのだろう。燃料消費は2割減といった新しい旅客機の登場は、航空ファンとしては興味深いけれども、旅行者としてはいささか辛いものがある。


問題は手前の席ではなく、写真奥に見えているエコノミー席だ

 あれは2001年春のこと、ボーイング社が「ソニック・クルーザー」と呼ぶ遷音速旅客機の開発計画を打ち出した。250人乗りの旅客機をマッハ0.95〜0.98で飛ばし、太平洋線は3時間、大西洋線は2時間の短縮になるという。これで外国旅行も多少は楽になると思って、内心大いに喜んだものである。

 ところが秋になって911テロが発生、航空界が不況におちいるや、2002年暮れに廃案となり、代わってコストの安い経済性を標榜する7E7――今の787が開発されることになった。長航続性能も特徴のひとつだが、機内の与圧や湿度を高めて乗り心地を良くするというから、現用機より少しはましになるのだろう。しかし、どこまで快適度が増すのか、楽観と悲観が入り混じったような思いがする。

 無論お金を出せば、それに比例して快適性の上がることは間違いない。けれども再び「フォーブス」の記事だが、航続距離を伸ばすには、それだけ多くの燃料を積む必要があり、その分だけ乗客を減らさなくてはならない。たとえば305人乗りの旅客機でも長距離区間では250人しか乗れない。したがって運賃が上がる結果となり、香港からニューヨークまで16時間の運賃は、エコノミー席で1,500ドル程度だが、ビジネスクラスでは1万ドルにもなるという。

 そんなに差があったのでは、貧乏旅行者としておいそれとお金を出すわけにはゆかない。そこで少しでも快適な飛行をするにはどうするか。最良の手段は眠ることであろう。座席に着くなり強いアルコールをあおって、あとは食事も映画も全てを断って眠り続ける。何にも知らぬまま、目が覚めたら目的地に着いていたというのは理想である。

 しかし機内が騒がしいうえに、外国旅行の緊張感もあったりして、本当に眠るのはなかなか難しい。そのうえアルコールやカフェインは脱水症状を招いてエコノミー症候群におちいりやすい。そこで睡眠薬を使うという人もあるが、私などは睡眠薬そのものが恐ろしいし、飛行中に異常事態が起こったとき、薬のきいた寝ぼけ頭でうまく対処できるかどうか。最悪の場合は脱出できずに焼け死ぬこともあるのではないか、などと考えるとやめておこうということになる。

 あとは、ごく常識的に、騒音遮断のヘッドフォンで静かな音楽を聴きながら、かねて読みたいと思っていた本を持ち込んで読書三昧にふけるとか、服装はゆったりして、時折り座席を立って歩き、身体を屈伸させるとか、食事は塩からい料理を避けて軽いサンドイッチくらいにとどめるとか。

 飛行機の中の難行苦行を思うと、「ふらんすに行きたしと思えども、ふらんすは余りに遠し」とうたった萩原朔太郎の嘆きは今も変わらないのではあるまいか。


近距離区間ならこれでいいのだが、
たとえば5時間を超える区間ではエコノミー席も、
先の写真手前に見えるような座席にする
といったルールはできないものだろうか。

もしくは、たとえば65歳以上の老体には
ゆったりした「シルバーシート」を提供するというのはどうだろう。

【関連頁】

 ボーイング訪問(2006.12.13)

(西川 渉、2007.7.22)

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