<ステルス機>
ビンラディン急襲の謎 「ネイビーシールズ」という映画を見た。1990年のアメリカ映画だが、20年も前の古いものを今ごろテレビ局が放送するのは、先日のオサマ・ビンラディンの暗殺が特殊作戦部隊ネイビーシールズの仕事だったからであろうか。
映画の中に、中東ゲリラに撃墜され、捕虜になったヘリコプターの乗員3人を救出にゆく場面が出てくる。その3人がゲリラの隠れ家で拷問によって殺されそうになっているところへ、チャーリー・シンなど6人のシールズ隊員が跳びこんで救い出す。ところが事前に知らされていた情報よりもはるかに多くの敵があらわれ、激しい銃撃戦となって味方の1名が死亡、2名が重傷を受けつつ辛くも脱出、迎えにくるヘリコプターとの邂逅場所を第2地点に切り換えて、ようやく敵地から逃れることになる。
母艦へ戻ってゆくヘリコプターの中で、救い出された兵員の1人がシールズ隊員たちに「おかげで助かった。有難う」という。それに対し、リーダーが「存在しないものに礼をいうな。おれ達のことは忘れてくれ」と答える。
![]()
ネイビーシールズは1962年、ケネディ大統領がゲリラやテロとの戦闘が多くなることを予想して創設したという。海(sea)と空(air)と陸(land)のエキスパートから成る選抜特殊部隊(elite special forces unit)で、海空陸の頭文字を取ってSEALs と名づけた。アザラシのsealにもかけてあるらしい。今ではよく知られるようになったが、当初は映画にもあるように、実在を隠した秘密部隊であった。
このネイビーシールズがビンラディンを暗殺したことは、アメリカ政府も認めている。しかし25人の隊員が2機のH-60ヘリコプターに分乗してパキスタンのアバタバードにあるビンラディンの隠れ家に向かったとき、何故1機がハードランディングになったのか、そのあたりの実情がよく分からない。
ドアを蹴破って部屋の中に跳びこむや、自動小銃を撃ちまくるといった場面は映画にも出てくるが、ビンラディンの場合はどうだったのか。結果的にビンラディンとその息子(20歳)ら合わせて5人が射殺された。ビンラディンは武装していなかったが、抵抗したので殺したと説明されている。
しかし当初はビンラディンが銃を持っていたと発表され、次いで銃は持っていなかったが側近との間で銃撃戦があったと訂正され、さらに火器はほとんど使われなかったという発表になった。かと思うと、銃撃戦もあったという。
![]()
このときのもようを英エコノミスト誌は、隣家に住むレストランの店主の話として伝えている。それによると深夜、近くを飛ぶヘリコプターのローター音で目が覚めた。屋根の上によじ登って見回すと、空は月のない闇夜で、なま暖かい空気がただよっていた。隣の邸宅にアメリカの特殊部隊が突っ込んだらしい。
間もなく数発の銃声と悲鳴が聞こえた。それからヘリコプターが爆破されたような音がして、その爆風が店主の家に激しく吹きつけ、寝室の窓ガラスが割れた。さらに壊れたヘリコプターの破片であろうか、黒い金属片のようなものが周囲の畑にばらばらと降ってきた。
襲撃時間は40分ほどだったが、真相は不明のままで、今後何十年も明らかにされることはないであろう、と。
![]()
確かなことはUH-60ヘリコプターが使われたことである。ただし、これが伝えられるように、ブラックホークを改造したステルス機だったのかどうか。そうだとすれば、そのような機体はこれまで人の目に触れたことがなく、写真に撮られたこともないのが不思議である。
アメリカの軍用機は、如何に厳重な秘密のうちに開発されようと、試験飛行が必要なので、どうしても第三者の目に触れる。特に基地周辺にはスポッターと呼ばれるマニアがいて、常にカメラを構えているので「おや?」と思うような見慣れぬ航空機を見れば、たちまち写真に撮られ、その姿はインターネットなどで世界中に広まる。
米ローター・アンド・ウィング誌6月号は、もしこのヘリコプターを第160特殊作戦航空部隊(ナイト・ストーカー)で使っていたとすれば、フォトキャンベル基地など部隊駐屯地の付近で目撃されたにちがいないと書いている。しかるに写真はどこにもない。携帯電話による簡単な写真ですら現れないのは、このヘリコプターが本当にステルス機だったのかどうか。
政府の公式発表もない。現場に残された尾部のわずかな写真が見られるだけだが、確かに開発中止となったボーイング/シコルスキーRAH-66コマンチの設計に似たところがある。この武装偵察ヘリコプターは70億ドル近く費やしながら、開発日程にいちじるしい遅れを生じ、2004年に計画が打ち切られた。
しかし、ヘリコプターとしては失敗に終わったけれども、ステルス技術だけはうまく開発が進んだのかもしれない。それをさらに発展させ、ブラックホークに応用したことが考えられる。たとえば低反射の風防ガラス、赤外線吸収ペイントおよび材料、排気ガスの赤外線抑制、低騒音、低姿勢、レーダーに映りにくい断面などがコマンチのステルス特性として要求されていた。
さらに対抗機能として、敵レーダー波や赤外線の妨害、フレア、チャフなども考えられていた。
開発中止となったステルス性のコマンチ武装偵察機![]()
こうした改造が今のH-60になされていたとして、何故パワーセットリングに陥ったりハードランディングになったのか。改修のために機体の自重がかさんだというが、事前の飛行試験もせずに、いきなり本番に出てゆくなどは考えられない。しかも高温・高地の場所で飛行条件が悪く、任務はきわめて重要であった。
仮に技術的な問題があったとすれば、そのままでこれだけの大それた作戦を実行に移すはずがない。それでも強行したとすれば、CIAの工作によってパキスタン軍が何らかの協力をしたのか、見て見ぬふりをしたのかもしれない。使用機がステルス機というだけではなく、もっとほかに隠された要件があったはずと、ローター・アンド・ウィング誌は推測している。
それを裏付けるかのように、パキスタン政府は、このヘリコプターの残骸をアメリカ政府に返却することに合意したと伝えられる。アメリカの懸念は、ステルス・ヘリコプターの秘密がステルス戦闘機などの開発に熱心な中国に渡ることであった。
(西川 渉、2011.6.14)
通常のH-60(下)と想像されるH-60ステルス機(上)![]()
【関連頁】
ステルス・ヘリコプター(2011.5.9)
911同時多発テロ(表紙へ戻る)