ヘリコプターは有効な消火機

 

  

 先日ロサンゼルス・カウンティ消防局(LACFD)のリー・ベンソン航空隊長と話をする機会があった。LACFDはロサンゼルス市の消防とは別で、市内を除く南カリフォルニア一帯の広大な地域を担当している。その中には北東方向に広がるモハーベ砂漠から南の山岳地帯や西の海岸線、さらには洋上50kmの島々に及ぶ。したがって自然環境の変化も大きく、炎熱の砂漠から酷寒の山地まで含まれる。

 今年は夏の大火がアメリカ西部の広大な地域を襲って、戦争のような騒ぎだったらしい。山中の火災現場で消火活動にあたった消防隊員と兵員たちは、真っ黒に焼け焦げた地形の中で煙とほこりと悪臭に苦しみながら、総勢4万人が1か月にわたって休憩も取れぬまま、疲労困憊するまで猛火と闘わねばならなかった。

 大規模な消火活動に参加したヘリコプターは消防と警察に加えて民間機と軍用機など約400機。機種はボーイング234チヌーク、シコルスキーS-64スカイクレーン、バートル107、ベルUH-1H、212、412、206、ユーロコプターAS350など。パイロットは交代要員を含めて500人だった。ほかに100機の固定翼機も飛び、その半数が水の散布に使われた。

 水源は火災現場に近い川、池、プールのほか、川の流れをせき止めて運河をつくり、現場付近まで水をもってきたようなところもあった。ヘリコプターは、これらの水を汲み上げたり、吸い上げたりして火炎の上から投下する。S-64はいっぺんに8トン以上の水投下をした。

 それでも総計78,000件に近い火災が発生、270万ヘクタールの山林や草地が燃えてしまった。林野ばかりか一挙200軒の建物や住宅が焼失した地区もある。

 

 消火活動はまさに戦争である。火災を発見すると、消防隊は火災の大きさや延焼の方角を見定め、どのくらいの水量が必要かを判定する。そしてヘリコプターの出動が決まれば飛行拠点に適する平らな場所を選び、テントを張って基地を設営し、乗員や消防士の睡眠や食事ができるようにする。また燃料補給用のローリー車を呼ぶ。必要があればFAAが移動管制塔を派遣して飛行管制をおこなうが、今回の火災では山中10か所に移動管制塔が設置された。

 火災現場に飛来した消火ヘリコプターは、上空の固定翼機の監視と調整を受ける。固定翼機に乗っている調整官は地上の消防隊と連携しながら、消火活動をする飛行機やヘリコプターを誘導し、燃焼状況を見ながら最適の地点へ水を投下するよう指示を出す。

 上空から見ていると火災現場は蜂の巣をつついたように、多数のヘリコプターや固定翼機が煙の立ちこめる中へ忙しく出たり入ったりする。これで衝突事故が起こらないのが不思議なくらいだが、結局このシーズン中の事故は3件――うち2件が乗員の死亡事故であった。いずれも山腹に衝突したり、離着陸時の事故だったりで、航空機同士の空中衝突ではない。

 こうした大規模な火災は必ずしも珍しくない。最近では1988年、94年、96年に起こっている。けれども今年は規模が大きく例年の2倍に達し、陸軍と海兵隊が出動、消防や警察の公的機関に加えて、多数の民間機も応援に駆けつけた。

 その民間機の応援を呼びかけた国際ヘリコプター協会(HAI)のロイ・リサベッジ理事長は、みずからも山林火災の現場に飛び、猛火との闘いを目のあたりにした。ヘリコプターはジャングルのような山中で、火と煙に巻かれながら水を投下し、消防隊を運び、火傷などの怪我人が出れば救助に向かう。まさしくこれは、かつて自分が海軍のヘリコプター・パイロットとして飛んだベトナム戦線にそっくりだったと語っている。

 

 さて、ロサンゼルス・カウンティ消防局はベル412を4機、ベル205A-1を3機、ベル206B-3ジェットレンジャーを1機保有する。加えて夏の火災シーズンにはS-64スカイクレーンとカナデアCL-415消防飛行艇を2機ずつチャーターしている。

 これでも不充分というので、LACFDはかねてシコルスキー・ファイヤホークの採用を検討してきた。米陸軍が使用中のUH-60Lブラックホークを基本とする派生型で、総重量10トン。胴体下面に3.7トン入りの水タンクを取りつけ、スノーケル装置によって深さ45センチの浅い水たまりでも1分以内に水の吸い上げができる。

 LACFDは昨シーズン原型1機を試用し、すぐれた消火能力を確認しているが、ファイヤホークは大きなキャビンをもっているので、消火だけでなく、救助、救急、消防隊員15人の現場輸送などさまざまなことに使える。またエンジン出力の余裕も大きいので、安全性が高い。

 リー・ベンソン機長はこうした能力を持つファイヤホークに惚れこみ、間もなく2機を導入する予定。機長がそっと漏らしてくれたところでは、2機の買い入れ予算は総計2,400万ドル。LAカウンティの年間予算は5.5億ドル。うち85%は人件費だから、その固定的な部分を差し引いた金額の3割がヘリコプターの購入に当てられることになる。「如何に多くの予算がヘリコプターに割り当てられるか、カウンティ当局が火災対策を如何に重視しているかが分かるだろう」

 もっともファイヤホークが1機1,200万ドルとは、日本で買う大型ヘリコプターの値段にくらべるとかなり安いような気もする。ひとつは、これが軍用機のままで、FAAの要求するような民間機としての設計基準が適用されていないからかもしれない。アメリカの場合は消防、警察、入国管理局、保健所、税関など公的機関の使うヘリコプターは型式証明が不要なのである。民間機でも、これらの機関との契約によって飛ぶ場合は、型式証明のない特殊な航空機を使うことができる。

 いつぞやロサンジェルス警察を訪ねたとき、ジェットレンジャーを米陸軍から1機1ドルで払い下げて貰ったと聞いたが、これも型式証明が要らないから軍用機がそのまま使えるのである。もっとも、そんな航空機が都市上空を飛び回るのは問題だといって反対する声もある。

 最後に、ベンソン機長に空中消火のときの速度と高度を訊くと「50ノットで、60フィート」という答えだった。「ときにはローターよりも上に炎が見えることもある。ただしファイヤホークのような大型機はもっと高く飛ぶ方がいいかもしれない。来年3月までにははっきりした答えが出せるだろう」

 それにしても、この夏、米西部の森林火災ではヘリコプター消火のもようがしばしばテレビで報道され、その有効性を多くのアメリカ人に印象づけた。パイロットたちも、ヘリコプターの社会的貢献について誇りをもって仕事をしたそうである。

(西川 渉、『日本航空新聞』2000年11月16日付け掲載)

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