フランク・ロイド・ライト(4)

マイルハイ再び

 

 

 私の頭の中でフランク・ロイド・ライトへのこだわりが続いている。この人は1867年6月8日に生まれた。なんと同じ誕生日ではないか――などということはどうでもいいとして、いろいろ調べてゆくにつれて「片持ち梁」(キャンティレバー)はライトの考案かもしれないと思われる文章にぶつかった。

 押入れの中から出てきた『フランク・ロイド・ライト』(谷川正己著、鹿島出版会、昭和63年刊)がそれで、1989年に買った本である。10年余り前に読んだものだが、そこにライトが地震の多い日本で帝国ホテルを設計するにあたり、柔軟な弾力性のある構造が必要になったと書いてある。

「解決方法は一つしかなかった。『給仕が手を高くあげ、指を中心にあてて盆をささえながら物を運ぶように、荷重のバランスを取りながら床を支える』方法を、彼は考え出した。キャンティレバーは最もそれに適した方法であった。こうして帝国ホテルにキャンティレバー構造が採用された」と。

 帝国ホテルの完成は1922年。翌年の9月1日に関東大震災が起こり、数多くの建物が崩壊したのに、帝国ホテルは立派に残った。

 もっとも、ここで私の注意を引いたのは帝国ホテルの強靱さよりも、キャンティレバーである。というのはキャンティレバーすなわち飛行機の片持ち翼だからである。この構造が航空界に広く採用されるようになったのは1930年代だから、ライトの方が10年以上早かった。とすれば、ライトは航空工学に対しても技術上の貢献をした可能性がありはせぬか。そうなれば話が面白くなるのだが、無理にこじつけるのはよくないだろう。


(キャンティレバーで滝の上に張り出した落水荘)

 

 キャンティレバーはライトの建築の至るところに見られるらしい。有名なのは1936年の「落水荘」( Follingwater)と呼ばれるカウフマンハウスで、邸宅が滝の上に張り出している構成が見事である。それに先日の本頁に書いた、あの世界最高をめざすディアボーン・タワーもキャンティレバーを採用している。とすれば高さ1,609mの「マイルハイ・タワー」にも、ライトはキャンティレバー構造を使うつもりではなかったのか。

 マイルハイは528階(あるいは512階)建てで、13万人を収容できる。内部には原子力エレベーターがつき、出入り口には15,000台分の駐車場とヘリコプター100機分のヘリポートをそなえることになっていた。

 計画発表の当時、ライトは90歳近い老齢であったが、その発想は驚嘆すべき超々高層ビルに原子力やヘリコプターなど、当時の最先端の技術を組合わせた新鮮なものであった。その若々しさに感嘆せざるを得ないのである。


(マイルハイ・tワーの模型――基底部に駐車場とヘリポートがある) 

 私が実際にマイルハイ・タワーの巨大な模型を見たのは1991年1月、池袋の西武百貨店にあったセゾン美術館で「フランク・ロイド・ライト回顧展」が開かれたときである。この展示会はライトの長年にわたる活動の成果を200点の図面、写真、模型、実物によって体系的に見せてくれた。

 その展示会場の中央に天井まで届きそうな丈高い模型が置いてあった。わきに貼ってある説明によると、この模型は米国建築創造研究センターの所蔵するもので、1989年にアクリルと木でつくられたものという。

 模型の基底部は三角形に近い四角形で、その周囲4辺に階段状の駐車場が隣接している。そのうち2辺の駐車場には台形のデッキが屋根のように張り出していて、その上に沢山のヘリコプターが並んでいる。つまり駐車場の上が屋上ヘリポートになっているのであった。


(マイルハの基底部平面図。四角形の4辺に階段状の駐車場があり、
そのうち2辺の上に屋根がかぶさって屋上ヘリポートになっている。
模型を見ながら私自身がスケッチした図で、周囲は緑の樹木で囲まれている)

 小さな模型のヘリコプターは、よく見るとベル・ジェットレンジャーの形をしていて、金色の塗装がほどこされていた。マイルハイ構想が提案された1956年は民間ヘリコプターの実用化から10年。そんな時期にライトは早くも100機分のヘリスポットをそなえた建物を発想していたのである。

 同じような構想は先日の本頁にも書いたリヴィング・シティ計画にも見られた。あそこでは、もっと先端的な円盤型のシティコプターが飛んでいたものである。

 しかし、フランク・ロイド・ライトの死から40年余り、自家用ヘリコプターはなかなか普及せず、住みやすく働きやすい理想の都市も実現せず、ライトの思想が早すぎたのか、人間の進歩が遅すぎるのか。そう思っているうちに超高層ビルが狙われ、破壊されるようになってしまった。

 文明の理想はどこに往ったのだろうか。初夢は単なる夢に終わるのだろうか。


(ライトの考えた円盤型のシティコプター――向こう側に見えているのはマイルハイの高層部分)  

(西川渉、2002.1.18) 

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