NBAAレポートD

 ビジネス航空の将来

 

 ビジネス航空は今後どこまで伸びるのだろうか。ビジネス・ジェット新製機の引渡し数は、アライドシグナル社によると、1997年の実績が443機だったが、98年は約530機、99年は580機になるという。今後5年間では2,400機程度、10年間では約5,000機と見ている。またロールスロイス社は2017年までの20年間で9,880機と予測する。つまり多少の増減はあるものの、全体の傾向としては毎年およそ500機ずつのビジネス・ジェットが生産されるという見通しである。

 

 

ビジネス機の売れる要因

 このようなビジネス機の売れゆきに影響する要因は何だろうか。第1に景気の動向であることはいうまでもない。経済状況が良ければビジネス機も売れるが、悪ければ売れなくなる。今のところは米国を中心として好況が続いているため、ビジネス機の伸びも順調である。

 この場合、将来見通しも影響する。将来に対する企業の見方が楽観的であれば、ビジネス機を買おうとか買い換えようという気持になる。現にアライドシグナル社がビジネス機を保有する企業1,000社以上についてアンケート調査をしたところ、向こう5年以内に現用機を買い替えると答えた企業は40%に近かった。機数にして28%程度で、現用機がターボプロップ機でもビジネス・ジェットでも、次に買い替えるときはジェットにしたいという回答がほとんどだったという。

 これに関連する副次的な要因としては、現用機の中で旧くてやかましい機体が引退を余儀なくされる。たとえばジェットスター、セイバーライナー、ガルフストリームU、リアジェット20などが現在の騒音基準に適合しない。それでも、今なお世界中で3,850機が飛んでいるが、向こう10年ほどのうちには大半が買い替えの対象となるにちがいない。

 ビジネス機の売れゆきに影響する第2の要因は、魅力的な新機種の登場である。機体が大きくなり、キャビン・スペースが広がり、快適性が増し、航続距離が伸びて、速度性能が向上する。そうした要素が利用者の購買意欲を刺激する。しかも良くなった分だけ機体価格も高くなり、ビジネス工業界の売上げが増大する。

 第3に、最近の要因として、フラクショナル・オーナーシップの普及がある。詳細は本紙12月9日付けでご報告した通り、この新しい分割所有方式によってビジネス機の利用者は急速に増加している。フラクショナル・オーナーの7割は、これまでビジネス機など持ったことのない企業や個人である。特に企業の多くは中小企業で、これまで大企業しか持てなかった社用機だが、今後は広範に普及する可能性が出てきた。フラクショナル機の伸びは、少なくとも向こう5年間は毎年10%以上と予測されている。

 

 

将来に対する懸念

 だがビジネス機の将来について、手放しで楽観していいかどうか、疑問を呈するむきもある。

 その一つは、需要が余りにも米国にかたよっていること。今後5年間に引渡される新製機は8割以上が北米向けという。したがって米国の景気が良いうちは売れゆきも良いだろうが、悪くなればどうなるかという心配が残る。

 米国の景気動向には最近やや動揺が見られる。経済成長も2001年には止まるのではないかと見るのはレイセオン社である。セスナ社も一般企業の利益の増減とビジネス機の出荷機数は連動しており、利益が減った場合に最初に犠牲になるのはビジネス機であるという。

 ダッソーファルコン社は今のようなビジネス・ジェットの開発ラッシュがメーカーの足を引っ張り合うと警告している。開発ラッシュの詳細は本紙11月11日付けでご報告した通りだが、各メーカーとも今の好景気に躍らされ、大変な勢いで新機種の開発を進めている。しかし、これは顧客の目移りを招くだけで、却ってお互いの新機種の印象を薄め、それぞれの特徴が分からなくなってきた。購買意欲を刺激するために顧客の関心を惹こうとして、逆効果を招きつつある。これではせっかく開発した新機種や派生型の売れゆきも伸び悩むのではないか。

 たとえばファルコン900の場合、900Aから900Bへの改良はエンジン出力を上げただけだったし、900Bから900Cへの変化はアビオニクス装備を改めただけである。ダッソー社は原則として、新たに開発した機体の受注数が250機になるまでは、次の開発をしないことにしている。

 さらにビジネス機に対する一般的な見方も影響する。少なくとも従来は、企業の贅沢や金持ちの道楽という見方が根強く残っていた。これに対して、NBAAのオルコット理事長は好意的な見方が増えたという楽観論を語っているが、米国はともかく、それ以外の国ではどうであろうか。

 あるメーカーは、日本や韓国はビジネス・ジェットに対して文化的反感を持っており、今後とも大した伸びは期待できないと見ている。両国ともに国土がせまく山岳地が多いためという弁解もあろうが、イタリアなどは同じような条件ながら、多数のビジネス機が存在する。

 また経済的な理由に帰せられるかもしれないが、それならばあれだけ多数のビジネス機を保有するブラジルやメキシコは、日本にくらべて大企業や金持ちが多いのであろうか。

 

 

日本に問われるもの

 そこで、本レポートの最後は日本のビジネス航空について考えてみたい。確かに日本にはビジネス機が少ない。少なくとも高価なビジネス・ジェットは数えるほどしかない。大半は新聞社の取材用か政府機関のもので、民間企業が経営トップの乗用機として使っている本来のビジネス.ジェットは、ごくわずかである。

 しかし、かつて日本企業も推定30機以上のビジネス・ジェットを保有していた。1980年代後半の経済絶頂期の頃だが、正確な機数がはっきりしないのは大半が日本の機体として登録されていなかったからである。そして不況の訪れと共に売却され、消えていった。

 これらのビジネス機がなぜ日本に登録されなかったのか。一つは、日本の国籍を取ると手続きが面倒になり、自由に飛べなくなるからと聞いた。機体の耐空検査にはじまって、乗員の操縦資格や無線免許など、さまざまな手続きが煩雑になり、時間と費用がかかる。

 そのうえ、第2の理由は、羽田や成田など主要な空港に入ることができない。現在はやや緩和されたが、成田空港などは外国機の着陸は認めても日本機の着陸は認めないという甚だしい逆差別がおこなわれている。だからといって羽田空港へも自由に入ってゆくことはできない。やむを得ず、東京の会社でもビジネス機は仙台や名古屋など遠い空港に置いておき、そこまで定期便かヘリコプターで飛ぶといったことがおこなわれていた。

 これではビジネス機の使い勝手が悪いのは当然である。そこで日本企業としては、ビジネス機を買ってもハワイや東南アジアに待機させ、必要の都度、成田空港へ呼び寄せて使うということになる。形式的には外国機だから、わずかながら成田への着陸も認められる。

 いま日本の大企業の中で、その活動が国内だけで終わっているところは殆どないであろう。しかし、そうした経営トップが国外へ出張するためのビジネス・ジェットを保有している企業は皆無に近い。これでは某メーカーがいうように、わが国にはビジネス航空というものに対して何か根本的な偏見があると取られても仕方がないであろう。

 だが、ビジネス機が贅沢であるというような見方を変えなければならないのは、一般国民ばかりではない。ビジネス機を受け入れる空港整備を含めて、問われているのは日本の航空政策そのものである。 

(西川渉、『WING』紙、98年12月16日付掲載)

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