<ライト兄弟初飛行100年>

航空交通の日常的利用へ

 

エアバスA380とボーイング7E7

 航空新世紀に入って、一般の人びとは如何なる形で航空機を利用するようになるだろうか。以下、予想されるところを見てゆこう。

 世界の定期旅客輸送は、2002年の実績が乗客数で13億人を超えた。この数字は今後なお毎年5%ずつ増えて、2030年にはおよそ40億人になると予想されている。

 この膨張する需要に応じるため、エアバス社では目下555〜800人乗りの超巨人旅客機A380の開発が進行中。2005年初めに初飛行し、2006年夏には定期路線に就航の予定である。これを使う最初のエアラインはシンガポール航空になるもよう。

 A380は単に大きいばかりではない。機体の2割以上がカーボン・ファイアバーの強化プラスティック材でつくられる。その結果、金属製にくらべて、強度は25%増、重量は20%減という技術革新が実現する。そしてA380の後には、もっと大きな1,000人乗りくらいの旅客機も出てくるだろう。

 A380に対抗して、ボーイング社の新しいプロジェクトは7E7ドリームライナーである。経済性を主眼に置いた200人乗りの中型双発機で、折から12月16日ライト兄弟の記念日に合わせるようにボーイング重役会は、7E7の販売活動を承認した。見込みのある主要エアラインに対して、機体価格、保証性能、納入期限、契約条件などを正式に提示するわけである。

 米国内には5,000か所を超える空港または飛行場がある。したがってアメリカ人の98%は自宅から40km以内にローカル空港が存在する。しかるに現在、航空旅客の75%が乗降している空港は29か所にすぎない。そこでローカル空港に入る定期便をもっと増やし、ハブ空港を経由せずに直接ローカル空港間を結ぶ路線が増えれば、旅客はもっと便利で迅速な旅行が可能になる。それを実現するのが7E7であるとボーイング社は主張している。

 

パーソナル航空機の登場

 さらに、それだけ多くの飛行場があれば、旅客機ばかりでなく、自家用機を使えばもっと便利になる。というので、軽ジェットの開発プロジェクトが増えてきた。これについては本頁でもしばしばご紹介してきた通りである。実現の時期もさほど遠くはないであろう。

 たとえばエクリプス500軽ビジネスジェットは6人乗りで、価格100万ドル以下と非常に安い。運航費も既存のどのジェット機よりも安いというのがメーカーの主張で、すでに数千機の注文を受けたという。

 ほかにも、いくつか、軽ジェットの開発が進んでいる。この12月に飛んだばかりのホンダジェットもそのひとつかもしれない。同社は正式発表でも「事業化は当面考えていない。慎重に考えていきたい」と語ったようだが、タイミングとしては今が最も時流に乗りやすい時機でもある。余談ながら、ライト兄弟は自転車屋を営む一方、自力で研究と実験を重ねて飛行機の初飛行に成功した。同じように本田技研も自転車の製造に始まり、今日の自動車メーカーとなる一方、自力でホンダジェットを開発し、初飛行に成功した。事業としても成功し、航空新世紀の1頁を飾ってほしいものである。

 こうした軽ビジネスジェットの先には、個人用のパーソナル機が考えられる。普通の道路を車のように走っていて、そのまま離陸したり、着陸したりできるようなパーソナルVTOL機である。アイディアとしては自動車にローターをつけたようなヘリコプターカーやダクテッドファンを使うティルトファンなどの研究と開発が進んでいる。

 このような空飛ぶ自動車の夢は、今までもさまざまに語られたきた。そして今なお夢のままだが、これこそは自由に空を飛びたいという人類の夢を実現させるものにほかならない。その夢が現実に成功すれば、今の乗用車と同様、民間航空最大の市場が開けることになろう。

 たとえば米モーラー社は「スカイカー」の開発を続けているが、その販売価格は50万ドルをめざしている。最近は、ボーイング社も空飛ぶ自家用車、パーソナル航空機の研究を始めた。まずは安全な操縦と航法を可能にするソフトウェアの開発に手を着けているが、その大部分は、同社がすでに軍用無人機のために開発したソフトからの技術移転である。こうして、ボーイング社が本腰を入れるならば、個人機の出現は意外に早いかもしれない。しかも、はるかに安くつくることができるとしている。

フリーフライトの実現

 以上のような軽ビジネスジェットやパーソナル機が飛び回るには、航空交通管制の自動化が絶対に必要である。

 航空管制は今のところ、ごく原始的な方法でおこなわれている。パイロットは地上の管制官と無線交信をしながら、いちいち指示を受けて離着陸をしたり、高度を変えたりする。最近は、いくらか自動化され、ディジタル化されたところもあり、コクピットと管制塔との間のデータ通信も可能になってきたが、無論まだ不充分である。

 そこで次は、コンピューター・ネットワーク技術を使って、パイロットが望むままに、地上からの指示を受けることなく、自由に好きなところを飛べるようになるであろう。いわゆる「自由飛行」(フリーフライト)である。

 これは機上のコンピューターが地上のコンピューターとリンクし、各飛行機を目に見えない「バーチャル・バブル」で包み、別の飛行機を包んでいるバブルと触れ合わないようにして飛んで行く。このバブルがお互いに触れ合いそうになると、機上のレーダーから得られたデータと地上のセンサーが協同して衝突警報を発し、相互にぶつからぬように誘導する。管制官は、そうした航空機の動きを地上でモニターしているだけの役割になる。

 こうした「フリーフライト」は、もはや夢ではない。フロリダ州ではNASAの主導の下にいくつかの小空港で実験飛行がおこなわれており、2004年には米国内の他の地域にも拡大する計画である。

 こうして人類は向こう100年の間に、大空をいっそう身近なものにして、航空交通を今の道路交通のように日常的に利用するようになるであろう。

(西川 渉、2003.12.19)

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