<NH90多機能ヘリコプター>
欧州戦線の要求から生まれた
ウェポン・システム
「ニッポン・ヘリコプター」 2008年10月初め、横浜で国際航空宇宙展JA2008が開催された。その展示会場で最も注目されたのが欧州からはるばる運びこまれた大型双発ヘリコプターNH90である。その重量感は会場の中央にあって辺りを払い、見るものを圧倒せんばかりであった。
これはヘリコプターというより「ウェポン・システム」と考えてもらいたいというのがユーロコプター社の主張である。総重量11トン、有効搭載量およそ4トンで、胴体内部が広く搭載量が大きい。だからといって、単なる輸送用ヘリコプターではない。陸海空それぞれの軍があらゆる作戦に使う兵器システムであり、対潜作戦、対艦作戦、対空攻撃、戦術輸送、捜索救難、救護搬送、その他の特殊任務など、多様な作戦を遂行できる機能を有する。
開発と生産にあたっているのはNHインダストリーズ社。NHとはNATOヘリコプターの略だが、「本当はニッポン・ヘリコプターの略なのです」というのが説明にあたったフィリップ・アラシュ上級副社長の願望と期待をユーモアで包んだ結びの言葉であった。
JA2008に展示されたNH90実機
NH90開発の経緯 NATO諸国の間でNH90の開発要求が出たのは1983〜84年。同時に予備研究が始まり、1985年9月にはフランス、ドイツ、イタリア、オランダ、イギリスの5ヵ国政府がNH90の開発計画に関する覚え書き「1990年代のNATOヘリコプター構想」に調印した。調印前の研究段階ではアメリカやカナダも同じNATO加盟国として計画に参加していたが、最終的に不参加となった。
これにもとづいて1986年12月、具体的な設計段階に入った。その結果、正式に開発が決まったのは90年4月26日である。
原型機のロールアウトが1995年9月29日。3ヵ月もたたない12月18日に初飛行した。そして99年末までに原型5機が飛ぶ。
2004年5月4日には量産1号機が飛び、種々の実用確認試験を経て、ドイツ政府に初号機が納入されたのは2006年12月13日である。
この間、構想が始まってから20年余り経過したが、もともと各国それぞれの要求仕様が異なっていた。その複雑さに加えて、途中で仕様の変更を求める国があったり、作業分担や発注機数が変わったりして紆余曲折が見られた。一時は計画中断にも追いこまれ、果たしてNH90というヘリコプターが実現するのかどうかさえも危ぶまれたほどである。
同じNATO加盟国といっても、当時の欧州は今のEU(ヨーロッパ連合)ほど固い結びつきではなく、ソ連との冷戦構造の中で軍事的な立場や方針も差異が大きかったためであろう。
NH90の任務形態 NH90の開発段階で関係諸国が要求した設計仕様の違いは、今もさまざまな派生型となって残っている。開発技術としては極めて複雑かつ相当な困難もあったはずだが、各国それぞれの要求を満たし、それらを完成させた今となっては、NH90という高水準のヘリコプターが実現する結果につながった。
軍用機としての基本仕様はTTH(Tactical Transport Helicopter:戦術輸送機)とNFH (NATO Frigate Helicopter:艦載機)に大別される。TTHは主として陸軍および空軍向けの仕様で、兵員輸送、補給輸送、空中指揮、要人輸送、捜索救難、救護搬送、対地攻撃、電子作戦などを目的とする。武装兵員は20人、貨物は2.5トンを搭載する。対戦車ミサイルを装備して、超低空の匍匐(ほふく)飛行も可能。
なおドイツ空軍はCSAR(Combat Search and Rescue:戦闘救難)を想定し、敵地深く進入するため空中給油を可能とし、機外増加タンクをつけ、スティンガー対空ミサイルを装備する。さらに迅速な救難のためにホイスト2基をそなえる。
海軍向けのNFHは対潜水艦および対水上艦作戦に当たるのが主な任務だが、対空攻撃、捜索救難、補給輸送もおこなう。そのため氷結気象状態を含む全天候飛行能力を有し、敵のレーダーや赤外線からも身をひそめることができる。
たとえばオランダ海軍はNH90をフリゲート艦に搭載し、昼夜間の洋上作戦に使用する。その対潜水艦作戦は、35分で現場海域に到達し、20分間でソノブイを投下、2時間で敵艦の探知、識別、追尾などをおこない、30分間で魚雷攻撃をする。これで敵を撃沈して35分後に母艦に帰投する。同じような要領で、味方遭難者の捜索、救難にもあたる。これらの作戦で、燃料は4時間分を搭載し、20分間の予備を残すことができる。
一方、TTHは陸上基地を拠点として任務に当たるが、たとえば450km前方の前線に兵員を派遣する場合、完全武装兵14名を乗せて標高1,000mの高地から離陸すると巡航260q/hの速度で飛び、前線近くなったところで高度を下げて超低空の匍匐飛行に切り替える。目的の地点で兵員をおろすと直ちに基地へ戻り、30分の予備燃料を残して着陸するといった具合。
またNH90は軍用面ばかりでなく、民生用にも使うことができる。たとえばフィンランド陸軍は2010年からNH90の本格的活動に入るが、本来の軍事目的に加えて、保安、消防、捜索救難などの緊急事態に対応する。そのため同機は、連日24時間待機し、遭難船からの船員の救出、マウンテンバイクの事故によるけが人や山中のキノコ狩りで転落した人の救助にもあたる。このため胴体右側に救難用の吊り上げホイストを装備する。
4重のフライバイワイヤ それでは、本機に秘められた技術面を見てゆくことにしよう。設計上の特徴はキャビン内部が大きい割に外形が小さく、それだけ敵レーダーに探知されにくい。また外気温-40℃から+50℃までの広範な環境下で昼夜間の全天候運用が可能。整備性にもすぐれ、自己診断機能をそなえ、可動率85%以上という要求仕様にしたがって設計されている。耐用限界は10,000時間もしくは30年間。
エンジンはRTM322(2,100shp)またはGE T700(2,040shp)が2基ずつ。トランスミッションは出力容量が3,922shp。片発停止のときは30分間2,910shpを維持する。また滑油が漏れても30分間のドライランが可能である。
主ローターはチタニウム製のスフェリフレックス・ハブをもち、エラストメリック・ベアリングがつく。ブレードは4枚で複合材製。
操縦系統はフライバイワイヤ。バックアップのための機械的な操縦機構はない。しかし4重のワイヤ系統を装備するので安全性が高い。これが自動操縦装置と組み合わされ、パイロット単独の計器飛行も可能。またコンピューター支援による機敏な操作もできる。
計器パネルには8インチ×8インチの多機能カラーディスプレイが5面。飛行情報や作戦指令などのデータが表示され、気象レーダーもつく。またタイガー攻撃ヘリコプターと同じヘルメット照準ディスプレイやレーダーを用いた障害物警報装置を装備することもできる。
乗員は、パイロット1名でも飛行可能だが、NFH艦載機として洋上作戦をおこなう場合は、副操縦士と作戦システムの操作員が乗り組む。ローターの始動と停止、ならびに離着艦は風速25m程度まで可能。また主ローターとテールブームは自動で折たたむことができる。
2007年パリ航空ショーで見たNH90
高い整備性と可動率 機体構造は、胴体が全複合材製。これで機体重量を減らすと共に、塩害による劣化を防ぐ。
キャビンの大きさは競争相手のシコルスキーH-60よりも大きく、兵員は14〜20人、ストレッチャーは12人分の搭載が可能。またキャビン後方にはランプドアがあり、ジープなど軽車両の搭載や兵員の迅速な乗降ができる。キャビン左右のスライディング・ドアとランプドアを全て開放したまま高速で飛ぶこともできるし、ランプドアから物資の投下も可能。長尺物はテールブームの中に納める。機外吊り下げ用のカーゴフックは容量5トン。
なおスウェーデン海軍向けの機体は天井が高い。通常のキャビンが床面から天井までの高さ1.58mに対し、スウェーデン機は1.82m。これを「ハイキャビン型」と呼び、救難任務にあたって機内の作業をやりやすくするためという。
油圧系統は二重。降着装置は前輪式の引込み脚で、せまい不整地でも容易に着陸できるよう工夫されている。また艦載機のNFHには緊急着水用のフロートがつき、波の高いときでも2時間以上海面に浮いていることができる。
燃料タンクは8ヵ所にあり、合わせて約2,500リッター、重量にして1,900kgの搭載量になる。
火器は、TTHがスティンガー対空ミサイル、NFHが対艦ミサイルや対潜魚雷を装備する。またイタリアなど、対地攻撃のための7.62ミリ機銃を装備する国もある。逆に敵ミサイル接近警報装置、赤外線暗視装置、磁気異常探知器(MAD)をつけるものもある。
整備性が高いのも本機の大きな特徴で、飛行時間に対する整備工数は1飛行時間あたり2.6時間以下を保証している。またエンジン、ローター、計器類など装備品の交換も「プラグイン方式」を採用し、簡単に着脱できる。たとえばエンジンは1基45分間の作業で交換可能。
こうした特徴から、NH90はきわめて高い可動率を誇り、たとえばフィンランドの訓練を兼ねた実用試験でも、8日間に45回の出動をして58時間の飛行実績を残した。実用面でも2008年5月から始まったフィンランド陸軍のNH90は、北極に近い北欧で氷結気象状態でも飛行し、任務遂行率90%以上の記録を残している。
NH90の國別発注数と初飛行年月日
国 発注機数 軍(機数内訳) 初飛行年月日 ドイツ
122 陸(80),空(42)
2004.5.4
イタリア
116 陸(60)、海(56)
2004.9.15
フランス
61 陸(34)、海(27)
2006.5.12
オランダ
20 海
2007.8.10
ポルトガル
10 陸
―
スウェーデン
18 陸(13)、海(5)
2005.3.18
フィンランド
20 陸
2004.9.15
ノルウェイ
14 空
2006.12.20
オマーン
20 空
2007.5.9
ギリシャ
20 陸
2005.7.13
オーストラリア
46 陸(38)、海(8)
2007.3.28
ニュージランド
9 空
―
スペイン
45 陸
―
ベルギー
8 陸(4)、海(4)
―
合 計
529 ―
―
このようなNH90は最近までに、上表のとおり14ヵ国から合わせて529機の注文を受けた。その製造はフランス、ドイツ、イタリア、オランダ、ポルトガルの5ヵ国で進んでおり、作業分担率は前3ヵ国がそれぞれ30%余、オランダが5.5%、ポルトガルが1.2%である。ほかにスペイン、フィンランド、オーストラリアでも最終組み立てがおこなわれている。
最近までの引渡し数は35機。製造中の機体がおよそ100機である。つまり仏、独、伊、蘭の4ヵ国で20年余り前に開発が始まったNH90ヘリコプターは、今やそれに倍する国々の共同生産に発展し、さらにその2倍近い国々から、NATO外の国も含めて注文を受けるに至った。
そして今後なお、実用配備についてからの可動実績とすぐれた機能発揮を背景に追加調達を希望する国もあり、注文の倍増、すなわち1,000機の受注目標も遠からずして達成の可能性が出てきた。
そんな中で、わが海上自衛隊の次期主力機「ニッポン・ヘリコプター」は実現するかどうか、これからの注目点のひとつであろう。
(西川 渉、「航空情報」2009年11月号掲載)
【関連頁】
最新の技術と高性能を誇るNH90ヘリコプター(2004.11.11)
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