パワーセットリングの解明

――オスプレイ事故(5)――

 

 

 V−22オスプレイの事故原因について、畏友宮田豊昭氏と話し合った。話し合ったというよりは一方的に教えられたというべきで、この人は防大の航空工学を出ているから学問的な基礎ができている。そこで、あのティルトローター機が何故パワーセットリングに入ったかという問題について、教えられた結果をここに記しておきたい。

 

 結論はオスプレイが急角度で降下率の大きな降下をしていたためで、フライト・レコーダーの記録では速度38kt,降下率は毎分1,000フィート以上ということになっている。そこまではまだ良かったのだが、その状態で5〜15°のバンク角で右へ急旋回をした。そのため右翼端の前進速度が減り、しかも下向きにぐいと下がった。途端にローターが自分のダウンウォッシュの中に入った。結果として、右翼がパワーセットリングにおちいり、揚力のバランスを失って墜落したと考えられる。

 なお「パワーセットリング」とか「セットリング・ウィズ・パワー」という言葉は英語または米語をしゃべるパイロットたちの俗語らしい。字引を引くと、セットリングとかセツルという英語には決定する、処理する、清算する、沈殿するなどの意味があって、私には明確な語感が生じてこないが、アメリカ人には分かりやすい普段の言葉なのであろう。しかし英語で書かれた空力学の教科書を見ると、こういう言葉は出てこない。きちんと「ボルテックス・リング・ステート」(渦輪状態)という正式の用語が使ってある。

 

 ところで、この教科書には次のような図が出ている。これも宮田さんに教えて貰った図だが、1971年に書かれた「急角度進入におけるヘリコプターの安定と操縦」という論文からの引用である。

 この図は垂直速度(Vv:降下速度)と水平速度(Vh:前進速度)との関係から、危険領域を示したものである。左上の2重円の中が渦輪状態による危険領域で、周囲の斜線部分が警戒領域。この領域にはいると振動がはじまる。また中心は前進速度0.4に対し降下速度0.8くらいのところにあることが読み取れる。このときの降下角度は65°程度である。

 

 

 そこでオスプレイは前進速度38kt、降下率毎分1,000ft以上で降下していた。38ktは70km/hである。また毎分1,000ftは毎時60,000ftで、18km/hに相当する。すなわちオスプレイはVv対Vhが18対70、すなわち1対3.8くらいの状態で飛んでいた。これは図の右側へ外れたところで、危険領域からはるかに遠い。

 このときの降下角を三角関数によって計算すると14.64°、まあ15°くらいになる。この図では、降下角が30°を超えると警戒領域に入り、50°に近くなると危険領域に入る。したがって15°で降下しても危険はなかったはずだが、急旋回したのが良くなかった。これで右ローターが一挙に危険領域に入り、揚力を失ったのである。

 

 ここまでが教科書的な理論だが、その先を考えるのが宮田流である。つまり、昔のヘリコプターはそうした渦輪状態に入りやすかった。最近は入りにくい。というのは、最近のヘリコプターは一般にローターの回転面にかかるディスク・ローディング(回転面荷重)が大きくなったためである。

 昔はベル47など、軽い機体に直径の大きなローターをつけてふわふわ飛んでいた。したがってローターの回転面を下向きに通過する気流の速度も比較的遅い。そのため降下率がちょっと大きくなると、すぐに吹き下ろし気流の速さに近づき、それを通り超して渦輪状態におちいる。

 それに対して、最近のヘリコプターは比較的小さなローターで高速飛行をするものが多い。回転面荷重が大きくて、吹き下ろしも速くなったから、降下率を少々上げても、なかなか渦輪状態には入らないのである。

 そうなると、ヘリコプターをつくる方も飛ばす方も、いつの間にか渦輪のことなど忘れてしまう。理屈の上では分かっていても、実際面、実行面では置き忘れたような状態になる。事実、オスプレイの訓練シミュレーターにも渦輪状態のプログラムは組みこまれていなかった。

 事故機の機長は当然、渦輪状態のことは知っていた。しかしオスプレイの操縦をしながら、そういう意識は余りなかったのではないか。また実際にここから先は危険という限界規定もなかったはずで、前進速度40ktで降下率は毎分800ft以下という推奨値があったに過ぎない。

 この推奨値は、上と同じ計算をすると降下角度にして11.2°である。しかし、それを超えて15°くらいになっても、すぐに危険ということではなかったはず。けれども、このときのV−22は、敵地の中で人質救出という想定のもとに急降下をしながら急旋回をした。急降下中でなければ、軍用機として大した旋回ではないかもしれない。しかし、いくつもの条件が重なって、一挙に危険な状態に落ちこんだのである。

 

 この事故による犠牲者は、機長を含めて19人。「遺族のことを思うと悲しいことだが……」と『ローター・アンド・ウィング』誌(6月号)は次のように書いている。

「この事故について一連のジャーナリストたちは、V−22が湯水のように金を使う、気違いじみた奇妙な“転換型航空機”で、計画は直ちにやめろと吠え立てた。……しかし、V-22は実験機でもなければ未確認の試験機でもない。長年にわたる開発試験を終わった実用機である。……アメリカの国防上も、世界の航空技術をリードしてゆくためにも、プログラムはこのまま進めなければならない」

 編集長によるこの論説は「犬どもは吠えるが、幌馬車隊は進む」という表題である。そういえば、かつて新聞社の誤報による教科書問題が起こったとき、渡部昇一は「萬犬虚に吠える」と表現していた。

(西川渉、2000.6.4)

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