原因はパワーセットリング

――オスプレイ事故(4)――

 

 5月9日、ベルリンの午後、飛行機を待つテーゲル空港で見た同日付けの『USAトゥデイ』紙に「オスプレイの事故は不意のタービュランスが原因と見られる」と書いてあった。わずか10行の速報で詳しいことは触れてなかったが、そのタービュランスが「片方のローターの揚力を失わせたために、機体は右へ傾き、死の急降下へつながった」というのである。

 私はそれを読んで、日本では夕立は馬の背を分けて降るというが、アメリカの乱気流は航空機の翼を分けて吹くものかと思った。まことにシャープな、空のカマイタチとでもいうべき恐ろしい風ではないか。

 

 それから1日がかりで日本に戻り、早速インターネットで『ニューヨーク・タイムズ』を調べた。5月10日付けの同紙によると「着陸態勢に入ったオスプレイは突然、空力的な揚力を失って頭から突っ込み、死亡事故に至った」とのこと。さらに詳しく、いくつかの記事を読み合わせると「機は余りにはやい降下をしすぎた。毎分1,000フィート以上の降下率であった。推奨降下率は毎分最大800フィートである」

 このような急降下をしながら「パイロットは午後8時頃、地上280フィート(約85m)の高度で、5〜15°の右バンクをした。このとき“パワーセットリング”として知られる空力的な現象に遭遇し、4秒後ノーズダイブに入ったのである」

 海兵隊の説明によると、こうした現象は過度の降下率で前進速度がおそいときにバンク操作をすると発生する。しかしパワーセットリングはオスプレイに特有のものではないし、パイロットはそうした事態におちいらぬよう訓練を受けている。

 たしかにその通りで、ヘリコプターでも上記のような荒っぽい操作をするとパワーセットリングに入る。それによる事故の実例も、これまでなかったわけではない。しかし、だからヘリコプターやティルトローターは危険というのは早計であろう。

 自動車だってスピードを上げて走りながら急ブレーキをかければ車輪が横滑りを起こし、ハンドルがきかなくなる。つまり操縦不能におちいって、スピンをしたり横転をしたりする。あるいは高速で走りながら荒っぽいハンドル操作をすれば、車はあらぬ方へ吹っ飛んでゆく。だから自動車は危険だ、この世からなくすべきだということにはならぬように、航空機だって運用限界の外で粗暴な操作をすれば何が起こるか分からない。

 

 ただし、海兵隊は「パイロット・エラー」という言葉は使っていない。飛行規定に何と書いてあるのかは知らないが、ニューヨーク・タイムズは推奨降下率は、速度40ノットで毎分800フィート以下という。しかるに事故機は高度1,000フィート付近から、速度38ノットで毎分1,000フィート以上の降下に入った。

 それがエラーでないとすれば、毎分800フィートというのは推奨または勧告規定であって、それを超えても規定違反にはならず、したがってエラーとはいえないのかもしれない。とりわけ、この飛行が昔イランで失敗した人質救出作戦を想定したような訓練だったらしく、パイロットは意識的に敵地とみなしたマラナ・リージョナル空港へ急降下をしたのかもしれない。そのときパワーセットリングにおちいるまでには、まだ余裕があると考えたのかもしれない。しかし現実に、それは起こった。このあたりは微妙な問題である。

 なお、パイロットの飛行経験は3,700時間だったという。そのうちオスプレイの飛行は85時間。ほかにオスプレイのシミュレーターによる100時間の訓練を受けていた。しかし、そのシミュレーターにパワーセットリング現象は組みこんでなかったらしい。また、この人のヘリコプターの飛行経験は何時間だったのか書いてない。したがってパワーセットリングについてどの程度まで知っていたのか。単なる知識ではなくて身についていたのかどうか。その危険性を体で知っていたのかどうか、よく分からない。

 単なる知識としてならば、パワーセットリングとはボルテックス・リング状態ともいい、回転翼航空機が自分のローターでつくった吹き下ろし気流の中へ自ら入ってしまう現象である。そういう現象は上記のように、前進速度が遅くて降下率が大きいときに起こる。特に垂直降下に近いときにおちいりやすい。そうなるとローターの揚力が失われ、操縦性がなくなり、機体は一挙に石のように墜ちてゆく。ただし飛行高度が高ければ、自分の吹き下ろし気流から脱け出すことはできる。しかし、今回の事故機は地上高度が低く、回復の余裕はなかった。

 ともかくも、ティルトローター機の構造や設計に関する欠陥はなかったというのが海兵隊の見解である。設計変更の必要もないとして、今月中にもオスプレイの飛行を再開するらしい。そして従来から決められていた実用評価試験を続ける予定。

 これには、パワーセットリングの再現実験もつけ加えられるであろう。オスプレイを高々度で飛ばしながらパワーセットリングに入れて、操縦操作の限界を見きわめ、そこから脱出する手順も明確に定められるであろう。

 オスプレイの飛行の安全と、ティルトローターの堅実な発展を期待したい。

(西川渉、2000.5.12)

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