<小言航兵衛>

 個人情報保護法

 

 

 小生いくつかの団体や協会に加入しているが、近頃どこでも、会員名簿を作るべきか作らざるべきか、印刷すべきかせざるべきかといったハムレットまがいの論議が聞かれるようになった。それというのも「個人情報保護法」とやらが施行されたからである。

 しかし、毎年「長者番付」なるものを公表するような国で、個人情報保護法などは聞いて呆れる。納税額という、最も他人に知られたくない情報を国家が平気で暴露(ばら)しておきながら、一方で情報保護などという矛盾を施行している国がどこにあるか。

 納税額が分かれば、所得額も推測できるはずで、しかも多額納税者に限ってそれが公表されるとなれば、された人は多少は得意かもしれぬが、大方は迷惑であろう。というのは、周囲の親戚や知人友人の嫉妬を買い、どうかすると借金を申し込まれたり、たかられたりすることにもなりかねない。本当は、放っといてくれと言いたいのではなかろうか。

 では何故、高額納税者を国が公表するのか。先日のテレビで霞ヶ関の役人が「それは法律で定められたこと」と、ふんぞり返っていた。取材記者も恐れ入って引き下がったようだが、役人も役人なら、記者も記者である。ジャーナリストを気取るくらいならば、もう少し役人に突っ込むことはできないのか。

 たとえば個人情報保護法を制定するについては、同時に納税額公開法(そんな法律があるのかどうか知らぬが)を廃止すべきで、相互に矛盾した法規をそのまま放置しておくなどは役人の傲慢か代議士の無知かはともかく、法体系の撞着としか言いようがない。

 しかも「公開法」は、半世紀以上も前のシャウプ勧告によって制定されたものという。今の憲法を含めて、古い舶来ものを後生大事にかかえ込む性癖は、正倉院の御物いらいの日本人の美徳でもある。とはいえ、当時のアメリカは納税額を公表していたのだろうか。むろん現在は、そんなことをすれば、役人の方が縛られることになっている。

 日本では納税額が公表され、誰もが見えるように役所の表通りに名前と金額が貼り出してある。そんな話を聞いて、外国人はみんな驚き、やがて何という野蛮な国かと軽蔑するような顔をした。


「個人情報買わないか」

 そんな野蛮国で、最近は学校の生徒の名簿もつくれぬらしい。われわれが子どもの頃は、住所や電話番号は勿論、親の名前や職業まで書いてあったから、誰それ君のお父さんは学校の先生だとかお医者さんだとか、あるいは近くの米屋さんだとか畳屋さんだとか、お互いによく知っていた。

 相手のことを知れば、それだけ親しみが湧く。子どもたちもすぐ仲良くなったが、個人情報をひた隠しに隠して、プライバシーを守る余り、誰がどこに住んでいるか、どういう家庭環境か、電話番号すら分からぬようでは友だちといっても表面的なつき合いに終わるであろう。

 もっとも、そういうことが第三者に知れると、子どもが人さらいにさらわれて、身代金を要求されるのが心配なのかもしれない。昔と違って近頃は物騒になったということだろうが、そういう犯罪が多発するのは、実は日本がアメリカなみの野蛮国になり下がったことを示している。まだ銃がないだけ、マシというものだ。

 もうひとつ、よく言われるのが、子どもの七五三や入学年齢になると、それに関連する広告や勧誘が送られてくるという話である。そんなものは、買いたくなければ屑籠へ捨てればいいではないか。業者が玄関に押しかけてきても断ればいい。逆に、子どもや孫の入学をひかえて、ちょうどいいから広告の品を買いましょうということもあるのではないか。そんな効果がなければ、業者があれだけ沢山のダイレクトメールを送ってくるはずがない。


「ボクの個人情報、どうやって集めたのかな」

 もっとも、いま航兵衛が迷惑しているのは、わが家の電話番号がそこいら中に知られているらしく、毎日4〜5回は株屋、銀行、不動産、先物取引など、あちこちから勧誘の電話がかかってくる。そのたんびに電話口に呼び出され、いちいち断りを言わなきゃならない。

 ときどきしつこいのがいて、いつぞやは貴殿の名前を名簿に載せたから、20万円の紳士録を買えと言ってきた。掲載なんぞ頼んだ覚えがないというと、それじゃ取り消し料10万円を払えという。払わないんなら今すぐ若いもんを送るぞといってすごまれた。

 結局、誰もこなかったし、こちらも初めから相手にしなければよかったものの、電話を聞いているうちにだんだん腹が立ってきて、詰まらぬケンカみたいなことになってしまった。

 もうひとつの困惑は、いわゆる迷惑メールで、世界中から、むろん日本を含めて、架空請求を初め、ポルノ写真、無修正動画、精力剤、膨伸器具、出逢い紹介、援助交際、あるいは金持マダムの逆援と称するものなど、ありとあらゆる誘惑が日に50通くらい舞いこんでくる。これらを必要なメールから取り分けて、パソコンから削除するだけでも相当な時間を取られる。

 インターネット上で買い物をしたり何かを申し込んだりするときは、必ずメールアドレスや電話番号の記入を求められる。それが、どこかで漏れているのだろうが、何とかならぬものか。 

 もっとも、考えてみると、迷惑電話や迷惑メールは大気汚染みたいなものかもしれない。車を便利に使い、輸送力を高めてゆこうとすると、どうしても排気ガスが生じる。その結果、空気が汚れ、花粉症などはまだいい方で、喘息やガンが増える。あるいは生まれてくる胎児の奇形の原因になったりして、最後は人類の滅亡にもつながりかねない。

 だからといって、今ここで車や航空機の利用をやめるわけにはいかない。化石燃料を別の動力に切り替えるなどの対策を取ってゆくことになるが、電話やメールも同様であろう。

 これらの通信手段がやめられないとすれば、名簿など作っても作らなくても、個人情報はどんどん流出してゆく。名簿の中にクレジット・カードや銀行カードの内容を書くわけではないから、名簿を出しただけで預金が盗まれたり、子どもが誘拐されたり、命を取られるような実害には至るまい。

 とすれば、役人の手管にのせられて、騒ぎ立てるほどのこともなかろう。なにしろ日本は、個人情報保護法と納税額公開法とが共存する、まことに大らかな国なのだから。

(小言航兵衛、2005.5.25)


「答えはイエスよ。でも、信用調査とDNA検査をしてからね」

 

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