スイス・エアレスキューREGA

チューリッヒ本部とベルン基地を訪ねて

 

 

 スイス・エアレスキューREGAを訪ねたのは、半年ほど前2001年6月であった。そのもようは多数の写真と共に5篇ほど本頁に掲載したが、先のウィルス騒ぎで大半が削除され、残っているのは1篇だけとなった。今さら同じものを復元する気はないが、要点だけを掘り起こしながら、その後の新しい状況を書き加えることとしたい。


(REGA本部と格納庫)

 REGAは1952年に発足した。本部はチューリッヒ・クローテン空港の一角にある。事務所に隣接して格納庫があり、救急用ビジネス、ジェット3機を格納し、救急ヘリコプターA109K2の整備点検作業もここでおこなわれる。また運航管理センター、パイロットや医師などの乗員待機室、会議室、訓練室その他の施設がある。

 完成は1995年秋。総工費は2,000万スイス・フラン(約14億円)だったとか。日本の工事費にくらべると、ちょっと安いような気がする。

 格納庫には国際帰還搬送に使うホーカー800が2機待機していた。ほかに長距離搬送用のチャレンジャー1機を保有するが、このときは中東へ患者搬送に出ていて不在だった。クローテン空港は、これら3機のアンビュランス・ジェットの運航拠点である。

 一見ひまなように見えるが、出動回数は3機合わせて年間800回余り。ということは毎日平均2.2機が飛ぶわけで、相当なものである。 


(チューリッヒ・クローテン空港の格納庫で待機する2機のホーカ−800)

 REGA本部にあるコントロール・センターは、ここだけでスイス全国からの出動要請を受けつけ、国内全域をカバーするヘリコプター13機と世界中を飛び回るジェット3機をコントロールする。

 コントロール・センターの部屋は広く、多数のコンピューターや電話器が置いてあるが、働いている人は数人しかいない。これでよく複雑な仕事がこなせるものと驚くばかりである。全体の業務システムがよほど合理的にできているのであろう。

 ちょっと考えても、固定翼機は日本を含む世界中どこへでも患者搬送に向かわねばならない。そのためには、目的の国や途中経由する国の飛行許可、着陸許可を短時間で取る必要がある。それには言葉の問題も伴うから決してなまやさしいことではないが、逆にこのあたりは多言語国家スイスのお家芸といえるかもしれない。


(少人数のREGA本部コントロール・センター)

 

 翌日は首都ベルン郊外のベルプ空港(Bern-Belp Airport)に拠点をかまえる救急ヘリコプター基地を訪ねた。ベルン市内からタクシーで30分足らず。田舎道を走って小高い峠を越えると牧場や農地があり、道ばたに牛が寝そべっている。その一角にローカル色豊かな飛行場が見えた。とても一国の首都空港とは思えないひなびた風情である。

 飛来する定期便も、クロスエアなどリージョナル航空のサーブ340がせいぜいで、あとは軽飛行機ばかり。滑走路は長さ1,510m。パイロットスクールの看板もいくつか見えた。

 そんな飛行場の一番奥、滑走路を外れた辺りにREGAの拠点があった。アグスタA109ヘリコプター2機がゆったり入る程度の格納庫と事務所があり、2階は寝室になっている。待機中のドクターが出迎えてくれた。近所の大学病院から派遣されてきたドクターで、この格納庫に泊まりこみ、連続24時間または48時間の待機をするらしい。

 ドクターが格納庫の中を案内してくれる。 A109K2救急機の機内にはストレッチャー1人分と各種の医療器具がところ狭しと取りつけてある。これにパイロット、ドクター、パラメディックの3人が乗って出動する。

 ヘリコプターの車輪にはスノーシューがはかせてある――と思ったが、これは「マッドスランプ」というらしい。ぬかるんでいる不整地などに降りるときタイヤが沈み込まないための装備で、スノーシューはもっと大きい。牧草地などの柔らかいところに降りることもあるので、これを付けているのだとか。蛇足ながらスノーシューはかんじきに相当し、マッドスランプは田下駄と言えまいか。

 REGAの保有するA109K2ヘリコプターは14機。ここベルンのような拠点は国内10か所で、4機は予備機として整備中の代替機や訓練に使われる。ほかに3か所の拠点待機を民間ヘリコプター会社に委託している。これで合計13か所の拠点がスイス全土に展開し、国内のどこでも15分以内に医師をのせた救急ヘリコプターが飛来する体制ができている。2000年の出動実績は8,194回であった。


(ベルン基地の格納庫で田下駄をはいたA109K2)

 ドクターの話を聞いていると、不意にベルが鳴った。出動指令である。そこにいた3人の動きが急にあわただしくなって、雨のために格納庫の中に入れてあったヘリコプターを、パラメディックが小さな牽引車でエプロンへ押し出す。パイロットが電話で行く先を確かめる。ドクターが医薬品類を整える。

 パイロットが出てきてヘリコプターのエンジンをかける。今度はドクターが電話の受話器を取り上げたと思ったら、実はわれわれのために帰りのタクシーを呼んでくれたのであった。彼は、5分ほどでタクシーがくるから、ここで待つようにと言い残して、ヘリコプターに乗りこんだ。

 あとは誰もいなくなって、日本人だけが自動ロックのかかったドアの外に取り残された。ということは、首都の拠点といえども余分な人間は誰もいないということである。チューリッヒの本部を中心とする管理体制が、よほどしっかりしているのであろう。

 私の手もとには、事務所の壁に貼り出された出動実績表の数字メモだけが残った。今年になって、1月が42回、2月が73回、3月が50回、4月が52回、5月が95回とあったが、この中で夜間飛行がどのくらいあったか、気象条件が悪くて飛べない日がどのくらいあったか、詳細を訊こうと思っているところへ緊急ベルが鳴ったのである。

 ヘリコプターはあわただしく、しかし落着いて小雨の中を離陸していった。周囲の山には雲が低くかかり、出動現場がどこなのか訊く暇もなかったが、ちょっと不安な気象状態でもあった。それでも救急患者が待っているのだ。ヘリコプターと患者の無事を祈らずにはいられなかった。


(ベルン基地から雨の中を離陸するREGAのA109K2ヘリコプター)

 さて、REGAを訪ねて最も驚いたのは、その活動によって大きな利益を上げていることである。もとよりREGAは非営利団体で利益が目的ではないし、利益という言葉も使わない。剰余金である。しかも企業ではないから税金や配当を払う必要もなく、企業でいう経常利益がそのまま剰余金として残る。

 そのあたりのことは本頁にも掲載してあるが、これを使ってREGAは昨年9月26日、カナダのボンバーディア・チャレンジャーR604ビジネスジェットを3機発注した。おそらくは現用3機の代替機になるのであろう。今年夏から秋にかけて受領の予定。機体価格は1機2,200万ドル(約25億円)。3機で75億円になる。

 

 もうひとつ6月なかば、われわれの訪問から何日もたたないうちに、REGAはパリ航空ショーで4機のEC145を発注した。1機6億円以上とすれば約25億円で、上のジェットを合わせて100億円の買い物である。

 これまでのA109K2に代わって、今ここで何故EC145を発注したのか。REGAの責任者が英『ヘリコプターワールド』誌(2001年11月号)で次のように語っている。

「A109に不満があったわけではない。導入以来10年になって、総計26,000時間以上を飛び、そろそろ取り替えの時期になったのだ。それに新世代のヘリコプターにくらべて整備費がかさむという問題もあった」

「代替機の選定作業は2000年初めからはじまり、半年近い検討によって結論を出した。この検討に用いた要求事項は100項目を超える。どの項目も、これまでの長年のヘリコプター運用経験から出たもので、その背景にはA109ばかりでなく昔のアルーエトVやBO105Cなどの使用経験も含まれる」

「要求項目の主なものは、ひとつがアルプス山岳地の標高の高いところでも本来の能力を発揮できること。また搭載量が大きいこと、騒音が小さいことなどが挙げられる。特に救急機は市街地で使うことが多いので、やかましい機体は好ましくない」

「さらにストレッチャーに寝かせた患者の出し入れが容易であること、主ローターや尾部ローターが高い位置についていることも重要だ。そして吊上げホイストの能力、オートパイロットや航法装置も勘案した。オートパイロットは3軸である」

「EC145はナイト・ビジョン・ゴーグル(NVG)の装備も可能。これは夜間出動の多いREGA機としては重要な条件である。ほかにケーブルへの衝突防止装置やラウドスピーカーも取りつける予定。ホイストは長さ91mで、273kgの吊り上げ能力をもつ」

「選考の対象の中にはMD902も含まれた。けれども、われわれにはやはり欧州製の方が手近で使いやすい。それにMD902にくらべると、EC145の方が搭載量が大きく、高度性能が良く、機内も広くて、騒音も少ない。これらの要件は、われわれにとって重要度の高い項目である」

「現用A109にくらべると、EC145は1時間あたりの運航費が1割ほど低くなるだろう。これは整備費が大きく下がるためでもある」

「EC145の購入価格は1機530万ユーロ(×120円=6.36億円)。引渡しを受けるのは2003年春に2機、同年夏に2機の予定で、先ずはベルン、チューリッヒ、バーゼルに置くことにしている。将来に向かって全機をEC145にするかどうかは未定。ほかの機種にもまだチャンスがあると考えてもらいたい」

 最後にもうひとつつけ加えると、2年ごとの国際航空医療学会「エアメッド2002」は今年9月17〜20日の間、スイスのインターラーケンで開催される。ヘリコプターと飛行機を使った救急、救助について最新の成果、情報、展望が世界中から集まった専門家――医師、パラメディック、運航関係者、学者、行政担当者によって開示され、討議される。学術論文の発表ばかりでなく、さまざまな関連機器の展示もあり、ヘリコプターの実機によるデモンストレーション救助もおこなわれる。

 その事務局をつとめるのが発足50周年を迎えるREGA。インターラーケンの会場にヘリコプターや飛行機を持ちこんで、実演を見せる計画をすすめている。同時に参会者はスイス随一の美しい景観をほこるインターラーケンで、アイガーやユングフラウなどの息を呑むような迫力に触れることもできるであろう。日本からの参加も少なくない。

(西川渉、2002.1.7)

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