原因は三角関係

 先日ひと月遅れの『日経パソコン』(97年4月21日号)を読んでいて、苦笑を禁じ得なかったのは、私と全く同じトラブルに巻き込まれた話が書いてあったからである。

 そのトラブルとは、「自宅でスキャナーを購入した。SCSI接続で使っていた外付けハードディスクの先に、デイジー・チェーンでスキャナーを接続しようとしたが、どうしてもうまくいかない。購入した販売店に足を運んだり、メーカーのサポートに電話をしたが、ハードの不良か設定の間違いなのか、さっぱり分からない。メーカーへの電話でも、何を言っていいか分からない。状況の説明はできないし、メーカーの言っていることも分からなかった」

 そこで、この人は周辺機器接続のための参考書を読みあさった。けれども解決には至らず、何度も失敗を繰り返して「ついに店頭のチラシで見つけた有償の出張サポートを利用することにした。サポート業者の手により2時間ほどで接続は無事終了した。原因は、最初に接続し、正常に動いていた外付けハードディスクのドライバー・ソフトが適切でなかったらしい」

 結局、スキャナーは購入後4か月にしてやっと使える状態になった。5万円くらいで購入した周辺機器の接続に15,000円もかかり、参考書代も相当なものだったという。

 

 この涙ぐましい話は、私の現状と全く同じである。私がスキャナーを買ったのは4月11日(金)。その週末の2日間でこれを装着し、自分で撮った写真を本頁に掲載するつもりだった。ところが徹夜の悪戦苦闘にもかかわらず、うまくいかない。頭はくらくらし、血圧は上がり、精神不安定のまま、2日間はあっという間に終わってしまった。あれからまだ4か月にはならないが、早くも2か月近く経過して、スキャナーは未だに画像を映し出してくれない。

 『日経パソコン』と同じく、私のスキャナーも外付けハードディスクに接続した。ところが、それを起動しようとすると、「ジャン!」という嫌な音と共に、「This application uses CTL3D32.DLL,which is not the correct version. This version of CTL3D32.DLL is designed only for Windows NT systems」という警告が出る。それを無視して操作を進めてゆくと、最後に「スキャン」のボタンをクリックしたところで、パソコン自体がハングアップしてしまう。押しても引いても叩いても、うんでもなければすんでもない。例の「ESC+GRPH+DEL」操作をしても事態は変わらず、リセット・ボタンを押すほかはなくなる。きわめてタチの悪いお手上げなのである。

 この警告には、どういう意味があるのか。なぜ正しい CTL3D32 がなくて、ウィンドウズNT用のものが紛れ込んだのか。それを改めるか入れ換えるにはどうすればいいのか。何が何だか、さっぱり分からないのである。

 月曜日になって早速、会社で同僚に当たり、その道の専門家に訊いてみたが、よく分からない。余りに細部の問題で、答えを求める方が無理なのであろう。専門家といえども、機械が手もとになければ、手の着けようがない。言葉だけで解決策を教えてくれと言うのは、言う方が無理である。

 それでも、多少のアドバイスを受けてやってみた。けれども、どうにもならない。止むを得ず数日後、私の買ったJX-250のメーカー、SHARPに電話をした。ここでもアドバイスを受けたが、やっぱり駄目。とうとう出張サービスにきて貰うことにした。その電話の中で、先方は何度も「出張費がかかりますよ」と念を押す。けれども、この際、多少のことは構わないから何とかして貰いたいというのがこちらの気持である。


 約束の日に若い人がやってきた。これまでの不具合の現象をひと通り説明し、実際にやって見せて、さあどうするか。2時間ほどかかってSCSIを外したりはめたり、電話で何度かサービス本部の人と相談したりしながら、いろいろと手をつくしたがどうにもならない。一時は、このSCSIは規格が違うと言い出して、買い換える必要があるという結論になりかけた。こちらも、そういうことで原因がはっきりして、不具合が治るのならばいいかと思ったが、よく調べてみるとやっぱり規格は間違っていないということになったりして、混乱した。

 そして最後に、初めに持ち込んできた大きな箱を開くからどうするのかと思ったら、自分のノート・パソコンを取り出して、それにこちらのスキャナーをつないでしまった。すると、何と立派に動くではないか。ヘリコプターの写真をはさんでみると、美しい画像が映し出される。

「これで私どもの製品に欠陥のないことがはっきりしました」というのが結論だった。あとはSCSIのメーカーかパソコン本体のNECさんに相談してくださいというのである。そして、スキャナーの蓋をしたと思ったら、その上に何枚かの複写紙をのせて先のとがったボールペンでぎしぎしと文字を書き始めた。スキャナーの蓋に傷がつくと思ったが、私は文句を言う気にもならなくて黙って向こうの方へ行って坐っていた。

 ややあって「ここにサインをしてください」という。文面を見ると「スキャナー本体には異常が見られませんでした。スキャナードライバーの再インストール他、作業をしましたが、本体側またはSCSIボード等の調査も必要と思われます」と書いてある。

 その若い人は、スキャナーの責任でないことがはっきりしたためか、口笛こそ吹かなかったが、意気揚々と帰っていった。もっとも、機械が直らなかったから只で帰ったというわけではなく、電話で何度も念押しをされた通り金4,725円の出張費は払わされた。要するに金を払って、向こうの責任のないことを証明してもらっただけのことで、事態はまったく解決しなかったのである。


 私は誰かの責任を追及しようとか、弁償してくれなどというつもりはない。せっかく買ったスキャナーを何とかして使いたいだけのことである。しかしアメリカ流の製造物賠償責任(プロダクト・ライアビリティ)問題が日本でもやかましくなり、中には買い戻せなどという勇ましい御仁もいるのであろう。製品に異常がないという確認書は、そのための防御策だったに違いない。

 ある人は、不具合の原因は相性の問題だという。本体とSCSIとスキャナーの三角関係のもつれとでもいうのだろうか。確かにコンピューターの微妙な動きを見ていると、ときどき人の感情にも似た振る舞いをすることがある。ひょっとしたらコンピューターの半導体素子が人間の遺伝子と同じように、感情的な作用を惹き起すのかもしれない。

 そうなると機械的な理論や理屈では間に合わぬから、どこをどうすれば感情が治まるのか――つまりスキャナーの不具合が治るのか、到底、人の手に負えるものではない。無理に直そうとしても無駄だから、しばらく時間をおいて待つほかはあるまいと考えた。




 この問題には、さらに後日談があり、私のスキャナーは購入50日後の今日もまだ動かないままだが、続きはまた別のところで書くことにしたい。

(西川渉、97.6.1)

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