戦後最大の国家機関が始動 

 

 この1週間、HAI(国際ヘリコプター協会)の年次大会に出席のため、アメリカはフロリダ州オーランドへ出かけており、本頁の更新もできないままでした。2月18日の晩に戻ってきましたので、これからまた鋭意さまざまな話題を掲載してゆきたいと思います。今後とも本頁をご愛顧いただきますようお願いいたします。


9.11多発テロの後、しばしば見られるようになった図柄。ジェットレンジャー
に星条旗と白頭鷲が描いてある(HAI大会の展示会場で撮影)

 

 それにしても旅の途中、アメリカの空港は「何でもあり」の滅茶苦茶な厳戒態勢で、前に行ってきた人の話では大したことはないとのことだったが、決してそんなことはない。

 ワシントンに1泊してダレス空港からオーランドへ出るときは、金属探知器の前でコイン、キーなど「金目(かねめ)」のものを全て出させられ、たばこを吸う人はそれも出し、コートや上着を脱いで装置の中をくぐる。それでも探知機が反応する人は係員が手持ちの探知機で体中を撫で回すが、ズボンのベルトにカウボーイのような大きなバックルをつけていた友人は必ずここでひっかかっていた。これからは布製のズボン吊りがいいかもしれない。

 ここまでは、どこでも見られる光景だが、私の場合は手持ちの鞄の中に入れ忘れていた小さなアーミーナイフが見つかった。昔どこかでおみやげに貰った偽アーミーで、旅先で糸や紙を切るくらいのことしかできない。それが鞄の底から出てきて、これは通すわけにはいかないという。別に大したものではないし、棄ててもいいようなものだが、没収となると意地でも嫌だと言いたくなる。

 押し問答の末に、それならば、もう一度エアラインのカウンターに戻って、手持ちの鞄ごとチッキにして貰えということになった。それはいいのだが、問答の合間に、そばのイスにすわって靴を脱いでよこせという。余りさからって別室で裸にされてもかなわぬと思い、すなおに靴を渡すと、それを机の上に置いて直径8センチくらいの白い円形の紙で内部をぬぐうようにこする。その紙を向こうの機械のところへ持っていって、中に差し込むとディスプレイ上に何かが映るらしい。むろん靴爆弾などを仕掛けるはずはなく、無事合格となった。

 そこで、もう一度、広い空港をカウンターまで戻り、機内持ち込みのつもりだった鞄を、ナイフと共に預けることととなった。それで終わったのかと思っていたら、今度は飛行機に乗りこむ直前、ボーディング・ブリッジの前でも改札と同時にパスポートを調べられる。その上で、横の台のところに連れて行かれて、鞄やリュックの中を調べられる。私は手荷物を預けさせられたので、手には本が1冊だけ。したがって調べはなかったが、念には念を入れて、二重三重のチェックをするのである。

 

 オーランドからの帰りは、もっとひどかった。エアラインのカウンターでチェックインをすませた後、大きなトランクやHAI大会の会場で集めた資料を入れた重いダンボール箱を受け取ってくれない。自分であっちへ持ってゆけという。そこにはカーテンがかけてあって内部が見えない。その前でしばらく待たされたのち、係員に呼びこまれる。

 中には大きなX線検査装置があって、荷物を一つずつ通し、内部の映像を念入りに調べて何やらを記録し、遠くの台の上に持って行ってこっちへ来いという。実は係員が1人だから、そこまで行くのに前の人がやられているのを待っていなければならず、すでに30分以上が経っている。

 私の場合は大きなトランクと、ガムテープで厳重に梱包したダンボール箱を開けさせられ、それをまた元に戻すのに時間がかかったりして、何でもないことを証明するのに1時間ほどが経過した。そして再びゲートのところで、ボーディングパスの改札と同時に今度は手荷物を持っていたためか、横の台へ連れて行かれ鞄の中を開けたうえに、靴を脱がされた。そのうえボディタッチの検査まではじまり、肩から腕、腰、大腿からふくらはぎまで撫でまわされた。

 もっと腹立たしいのは、ゲートで調べられるのは乗客の全員ではない。たいていの人はすいすいと通って行く。おそらくアメリカ人はフリーパスで外国人だけが調べられているのではないかという推測であった。

 友人の1人も同じようなことをやられて、X線検査機を通したトランクの中を開けようとするので、キーを使いながら「自分は疑われるべき最後の人物である」と啖呵をきったところ、テキは「This is my bag」と宣言し、その線から向こうに立っていろと言って鞄には触らせてくれなかったらしい。

 翌朝のテレビが「空港の保安検査は、今日(2月17日)から連邦政府が行うことになった」と報じていた。してみると、昨夕のオーランドでの検査が厳しかったのは、明日から職を失う警備員たちの最後のうさばらしだったのかもしれない。


裸足で搭乗「次はテロリストが下着の中に爆弾をかくさなければいいけど」

 

 アメリカで読んだ2月14日付けの「USA Today」紙には、「アメリカ人は飛ぶのが怖い」という記事が出ていた。それによるとテロのおそれがある「飛行機旅行が怖いと思うか」という質問に対し、「怖い」と答えた人は44%、「怖くない」という人は55%だったそうである。

 これはテロから2か月後の11月におこなった同じ調査とほとんど変わらず、11月は「怖い」が43%、「怖くない」が56%だった。

 そうした回答をまとめると、次のようになるという。

「アメリカ人はまだ手荷物検査の結果に疑いを持っている。3分の1以上(34%)の人が爆弾でも何でも簡単に旅客機の中に持ちこむことができると考えている」「加えて39%の人は、テロリストがナイフや拳銃などの凶器を持って容易に旅客機にのってくることができると考えている」「71%の人は2月17日から施行される連邦政府による保安検査によって、検査の結果は改善されるだろうと見ている」

 中には「旅客機が高層ビルの脇腹に突っ込む場面は忘れられない。飛行機にはもう乗りたくない。自分でドライブする」という人もあるほどで、こうしたことからアメリカの航空旅客は大きく減っている。たとえば2000年12月の航空旅客は4,180万人だったが、2001年12月の旅客は3,570万人だった。14.6%の減少である。

 とすれば、保安検査の強化によって旅客機の怖さが薄れ、乗客が増えるのだろうか。逆に不愉快な検査や、検査に手間取って出発が遅れたりするのを避けようとして、ますます旅客が減るという見方もある。おまけに検査のための費用がかさむので、これからはその分だけ旅客運賃に加算されるらしい。

 

 2月17日からはじまった連邦政府による空港保安検査は、そのための「運輸保安庁」(TSA:Transportation Security Agency)が新設された。これだけ大きな政府機関が新設されたのは、第2次大戦以来、半世紀余で初めてだそうである。

 しかし、如何に規模が大きくても、空港での保安検査は、前にも本頁に書いたように切りがない。テロリストや武器の完璧な阻止はあり得ず、国が乗り出したからといって、警備会社にくらべてどれほど安全性が高まるのか、いつかは破られるに違いない。

 民間企業による自由競争を標榜するアメリカではあったが、今回のわずかな旅でも体験したように、9.11多発テロ以来、何でもありの専制国家に変じてしまった。民間企業でもできるようなことを国の手でやっているのは、アメリカの保安検査と日本の郵便配達くらいであろう。

(西川渉、2002.2.19) 

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