ボーイング音速旅客機

――その2:速さと大きさの勝負――

 

 

 

 ボーイング社の新しい音速旅客機の発表から4〜5日たった。この間に出てくる報道を注意して見ていると、どうやら「ソニック・クルーザー」(Sonic-Cruiser)というのがこの旅客機の名前らしい。

 一昨日の本頁ではそれを普通名詞と取ったうえに、ソニックを遷音速などと書いてしまった。遷音速(transonic)というのは音速前後の速度をいうが、このボーイング機は音速を超えるわけではないから、遷音速とはいえない。むろん超音速(supersonic)ではないけれども、だから亜音速(subsonic)と言ってしまえば、これまでの旅客機と変わりがない。

 それでは新鮮味や面白味がないというので、ソニック(sonic)という言葉をもってきたのであろう。とすればソニック・クルーザーは「音速巡航機」ということになるが、この場合は「音速旅客機」という方がいいかもしれない。ボーイング社はソニックとクルーザーを大文字で書き、ハイフンでつないで固有名詞として使っている。

 そこで、おととい掲載した表題「ボーイング遷音速旅客機構想」は「ボーイング音速旅客機構想」に訂正いたします。

 さて、この音速旅客機だが、ボーイング社としては開発努力の重点をそちらへ移す一方、747Xの開発を取りやめにするらしい。もっともエアバスA380(550席)への対抗上、はっきりやめたとは言わないが、「エアバス社が大きさでくるならば、こちらは速さでいくぞ」という姿勢なのであろう。

 747X計画にととどめを刺したのはルフトハンザ・ドイツ航空がA380を10機発注し、さらに15機を仮発注したためといわれる。エアバス社は、747Xの計画中止は当然のことで、もはや30年以上も前の技術で開発された747に魅力のあろうはずがない。結局1機の注文も取れなかったではないか。その代替案ソニック・クルーザーにしても飛行時間をわずかに短縮するだけで、費用ばかりかかる。この程度の高速機にどれほどの魅力があるのか、どれほどの需要があるのかと攻撃している。

 エアバスばかりではない。ボーイング社の地元『シアトル・タイムズ』紙も、いったい音速飛行なるものが可能なのか、技術開発に要する資金は調達できるのか、資金支出を株主が認めるのかといった疑問を投げかけ、この飛行機が仮に実現したときは、ボーイング社の既存製品の市場を奪うことになりはせぬかを書いている。

 航空コンサルタントのティール・グループも果たして合理的な費用で開発可能かと問うているいるが、ボーイング社は開発費の金額について回答を拒否した。おそらくはGEといったエンジン・メーカーなどとの間で費用分担がおこなわれることとなろう。

 こうした疑問に対して、ボーイング社は、これからの航空旅客市場は「分散型」になる。これまでのようなハブ空港を中心とする「集中型」市場は行き詰まるだろうと見ている。そこから長航続の高速機構想が出てきたのだ、と。

 音速旅客機ソニック・クルーザーは、外観がダブルデルタ翼と機首先端のカナード翼を組み合わせ、2枚の垂直尾翼を持つ。胴体は円形断面で、直径は現用767の5.03mと777の6.2mの中間くらい。

 機内の標準客席数は225席。通路は2列だが、エアラインからはもっと大きな250〜300席くらいの機体にして貰いたいという要望も出ている。逆に将来は、通路を1列にして200席以下とする音速機の開発も考えられる。

 最大離陸重量は標準型で204,300kg。デルタ翼のスパンは60m弱。その後部にエンジン2基を取りつける。操縦室は777に類似、操縦系統もフライ・バイ・ワイヤになる。

 飛行性能は、高度12,000〜15,000mをマッハ0.95〜0.98の巡航速度で飛び、航続性能17,000km。現用亜音速機にくらべて北大西洋線の飛行時間は2時間短縮、太平洋線は3時間の短縮になる。

 もちろん超音速機にくらべて短縮時間は少ないが、超音速となればコストが飛躍的に大きくなり、ソニックブームのために飛行地域が制限されたり、騒音のために乗り入れ空港が制限されたりする。そのあたりを勘案すると、今の技術では音速機が最適というのがボーイングの考え方で、2006年には実現させたいとしている。

 こうした高速機は、長距離国際線を飛ぶエアラインにとっては魅力的かもしれない。現にアメリカン航空、ユナイテッド航空、エア・カナダ、英国航空などの欧米勢に加えて、アジア各国のシンガポール航空、キャセイ航空、日本航空などが関心を寄せているという報道もある。しかし日本航空も設計仕様の詳細はまだ知らされていないとか。

 こうしたソニック・クルーザーが実現するかどうか。もし実現できないとしても、今回の構想発表はある程度のプレッシャーをエアバス社に感じさせたことは間違いない。これからの旅客機は大きさか速さか。もし速さが勝つということになれば、航空運送業界は大きな変革をせまられることになるとみられるからである。

 さらに、音速機の研究はボーイング社に新しい技術的進歩を醸成させるものとなろう。巨人機に関する技術では、すでにボーイング社は747で終了している。そこで次は高速技術というわけで、高速を誇る747-400のマッハ0.85、約1,045km/hの速度に対して、ソニック・クルーザーはマッハ0.98、約1,190km/hの高速力を持つ。それに対して、エアバス社は依然大型技術に取り組まねばならないのだ。

 といっても、大きさで勝負を仕掛けたエアバス社は後には引けない。開発作業がはじまったばかりのA380は、最近までの受注数が62機。今年中には100機にしてみせるという意気ごみである。特に貨物専用機A380-800Fが多くの関心を呼んでいるらしい。

 こうして、少なくとも大きさに関してはエアバス社が747Xを押しのけて勝者となりつつある。その実現は2004年のA380就航時ということになろう。

 だがボーイング社は高速機の開発に着手した。それが2006年に実現すれば、その後の航空業界は大きく様変わりする。旅客が時間節約型の旅行を選好するようになるからで、大きさと速さの勝負はそれからだというのがボーイングの言い分である。

(西川渉、2001.4.4)

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