超音速ビジネス機の可能性

 

 コンコルドの前途は依然はっきりしない。本稿執筆の時点(2000年10月19日)で事故から3か月、いったんは原因の解明が進んだように見えたが、定期路線復帰までの対策にどれほどの費用と時間がかかるのか。それが余り大き過ぎるようならば、ちょっと難しいのではないかという見方も出てきた。

 とすれば、高速移動を必要とする人びとにとって、次世代の超音速機に早く登場してもらわなければならない。けれどもコンコルドの後継機となるような超音速旅客機(SST)が、おいそれと実現するはずはない。というので、最近ふたたび超音速ビジネス機の開発構想が浮上してきた。とりわけ10月なかばニューオルリンズで開催された米ビジネス航空協会(NBAA)の年次大会では、このあたりのプロジェクトが話題になった。

 

  

DARPAの研究計画

 ひとつはガルフストリーム社が進めている超音速ビジネスジェット(SSBJ)である。この計画は2年前、1998年のファーンボロ航空ショーで発表されたもので、最近までの2年間ロッキード・マーチン社との共同研究がつづいてきた。研究の中心は最もむずかしいソニックブーム問題――SSBJが世界中どこへでも、昼夜を問わず自由に超音速飛行ができるようになるためには、地上に衝撃音をとどろかすようなソニックブームをなくさなくてはならない。

 言い換えれば、ソニックブームのために飛行地域が制限されるとすれば、その価値は亜音速機と余り変わらなくなってしまう。そういう考え方から、ロッキード・スカンクワークスでの研究は一応の成果が出た。たとえば機首を長く延ばし、先端をとがらせると共に、逆V字形の尾翼を取りつけるといった形状だが、まだ十分ではない。そこでNBAAで明らかにされたところでは、ガルフストリーム社として米国防省の国防高等研究計画局(DARPA)に支援申請を出したというのである。

 DARPAでは最近、超音速飛行の新しい可能性を求めて「静かな超音速プラットフォーム」(QSP)と呼ぶ研究計画を始めることになった。これは通常の超音速戦闘機が瞬間的な短時間の超音速飛行しかできないのに対し、長時間の超音速を維持しつつソニックブームを出さないという航空機をめざすもの。つまり米空軍のステルス性をそなえた長距離偵察機や攻撃機に応用するのが目的である。

 具体的な研究課題はソニックブームの軽減、機体構造の設計、推進装置の開発という3点で、最終的には試作機をつくって実際に飛ばす予定。この機体は総重量45トン、ペイロード9トン。巡航マッハ2.4で、航続11,000kmの飛行性能をもつという設計仕様になっている。ただしDARPAはソニックブームの解消は単一技術だけでは不可能と見ている。複数の技術革新が統合される必要があるというので、いくつかの革新的な技術の評価と統合も計画の目的としている。

 たとえば機体形状を細くしてソニックブームを小さくするといった方法は、ロッキード・マーチン社の研究成果も出ているが、それだけでは不十分。機体の周囲にプラズマを発生させてイオンガスの場をつくるといった手段との組み合わせが必要ではないか。また超音速における層流制御について研究したNASAの成果も取り入れる必要があるかもしれない。

 もうひとつむずかしいのはエンジンであろう。超音速の巡航飛行に好適で、なおかつ離着陸時の騒音基準にも適合しなければならない。それには熱、騒音、コストという3つの課題を解決しなければならない。飛行速度がマッハ1を超えると、エンジンの中に入ってくる空気は圧縮され、急激に温度が上がる。したがって、それに耐えられるような材料や冷却技術がなければならない。

 また超音速の推力を発揮するには、エンジンの噴射速度を上げなければならない。けれども、そうすると騒音が大きくなる。DARPAも高バイパスの超音速エンジンを考えているが、空気取入れ口と噴射システムは余り大きな騒音抑制装置(ノイズ・サプレッサー)をつけなくてすむような形状でなければならないだろう。

 こうしたDARPAの構想は当面の予算が3,800万ドル(約40億円)。ガルフストリーム社はこの開発研究に参加したいというわけだが、両者のめざす技術は、軍用機と民間機の違いはあっても、ほぼ同じといってよいであろう。

 なおガルフストリーム社は、DARPAのQSPに対して、みずからの研究計画を「静かな超音速ジェット」(QSJ)と名づけている。このQSJの研究内容は二つで、一つがソニックブームの軽減、もう一つが長距離飛行の可能な機体設計で、ガルフストリーム社も試作機をつくって飛ばしたいとしている。ただし、こうしたSSBJが実用化されるのは10〜15年先になろうというのが同社の見方である。

 

さまざまなSSBJ構想

 ところで、このようにDARPAが研究資金を出すのであれば、わが社も計画に参加したいという新しい企業が名乗りを上げてきた。リノ・エアロノーティカル社がそれで、マッハ1.6のSSBJをめざす計画がNBAA大会で公表された。

 その特徴は「アフォーダブル・スーパーソニック・エグゼクティブ・トランスポート」と呼ぶ超音速の層流翼。ごく薄い翼によって抵抗を5割減とし、9,000km以上の航続性能をもつというもの。しかもエンジンは既存のJT8Dでいいというから、開発費がいっぺんに安くなる。この翼については、NASAがF-15戦闘機につけて1999年9月にテストをしたもようで、計画はきわめて具体的にすすんでいる。

 超音速ビジネス機の開発構想は、ほかにも見られる。一つはロシアのスホーイ社が進める計画で、1993年ガルフストリーム社との共同開発が発表された。このときの計画は航続7,400kmのSSBJだったが、ガルフストリームの方がGVの開発が忙しくなって中断した。そのためスホーイは計画を練り直し、世界有数の超音速戦闘機の開発技術を背景に、S-21双発ターボファン構想をつくり上げた。

 同機は10人乗りで、高度15,000mをマッハ1.85〜1.95で飛び、航続距離は9,000km。本格的な開発に着手すれば7〜8年で完成できるという。開発に必要な資金は約30億ドル。1997年から開発パートナーを探しはじめ、1998年にはボーイング社にも話をもちかけたようだが、合意には至っていない。

 これより先の1997年、ダッソー社もSSBJの設計構想を発表した。乗客8人をのせ、マッハ1.8で7,400kmの航続性能を持つ。キャビンの大きさはファルコン50とほぼ同じだが、ソニックブームが発生するため、人口密集地の上空は飛ばないという条件つきだった。この計画について、ダッソー社はフランス国防省とも話し合い、熱心に計画を進めたが、最終的にエンジンがないという現実にぶつかった。

 これはアフタバーナを使わずに超音速に入ることが可能で、オーバホール間隔が2,000時間以上というエンジンを求めていたためである。しかし適切なエンジンは見つからず、1998年のNBAA大会で計画中断の発表となった。

 もっとも、ダッソー社にとって今の製品体系からすれば、次はSSBJに行くのは必然の成り行きといってよいであろう。たとえば現用ファルコン900EXを改良して航続距離を9,000kmまで伸ばし、G4/G5やグローバルエクスプレスに匹敵するところまでもってゆくとしても、その先はやはり超音速になってしまう。いずれ将来、新たな構想が出てくるにちがいない。

 もうひとつカナダのボンバーディア社からは、SSBJの話が聞こえてこない。だからといって同社が超音速の研究をしていないと考えるのは単純に過ぎよう。いうまでもなく同社は、ビジネス機の分野でさまざまな機種を生産している。当然SSBJについても大きな関心を有するだろう。とりわけボンバーディアは日本の三菱重工と関係が深い。その三菱は日本の超音速プロジェクトに参加しており、研究の成果がボンバーディアのビジネス機に結びつかないとは限らないといった意見も聞かれる。

 

ビジネス機の頂点をめざす

 このような超音速ビジネス機が必要かどうかについては、今さら論ずるまでもあるまい。超音速飛行の必要性については本誌11月号「飛べ、コンコルド」でも述べたところだが、世界中を飛び回るビジネス・トップにとって、ビジネス機は不可欠の手段であると同時に、大型機よりも高速機の方が有効であることは間違いない。

 たしかに今のところは長航続の大型機がビジネス機の頂点に立って、もてはやされている。しかし、これは技術レベルの現状がそこまでというだけのことに過ぎない。いずれ上に述べてきたような超音速技術が実現すれば、大型機の上に超音速ビジネス機が立つことになるであろう。メリディアン国際コンサルタント会社がビジネス機を保有する欧州、北米、中東の企業60社についてインタビュー調査をしたところでも、多くの企業からできるだけ早く超音速で飛べるようなビジネス機を導入したいという回答を得たという。

 その回答に見られた望ましいビジネス機とはどういうものか。結果を要約すると下表のようになる。ここに掲げられた特性は、やや遠慮したところがあって、上述のDARPAを初めとする各社の構想よりも低い数値に抑えられている。したがって必ずしも理想的なものではないが、当面の技術的突破口としてはこのあたりでいいのかもしれない。そのうえで将来に向かって、もっと大きく、もっと速く、もっと遠くまで飛べる超音速ビジネス機をめざすことになろう。

 

望ましい超音速ビジネス機

課  題

要           件

航続距離

乗客6人をのせ、予備燃料を残して9,000km以上。

ソニックブーム

地上への影響がほとんどないこと。それにより陸地上空でも、昼夜間を問わず、いつでもどこでも超音速飛行が可能であること。

離着陸性能

亜音速の通常のビジネスジェットが発着できる1,800m程度の滑走路で離着陸できること。

巡航速度

少なくともマッハ1.5〜1.6。

購入価格

1999年の物価水準で6,000万ドルを超えないこと。

エンジン騒音

離着陸時の騒音が少なくともステージV、またはそれ以下。

[出所]メリディアン・インターナショナル社

  

 かくして、超音速ビジネス機の開発研究は具体的に動きはじめた。近い将来、必ずや多くのビジネスマンが超音速で飛ぶ日が実現するであろう。

(西川渉、『航空情報』2001年1月号掲載)

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