騒音軽減のための急角度進入

 

 

 先日、ヘリコプターの騒音問題について話し合っていたときのこと。最近のヘリコプターは、すでにICAOの騒音基準を5〜6デシベル下回っている。次はヘリコプターの飛び方を変えるだけで一挙に10デシベルまで下げることができるだろうということになった。

 とりわけ新しい計画中のヘリコプターなどは、ICAOの基準に照らして、離陸時と上空通過時では、もはや10デシベルほど低い。問題は着陸時で、これがなかなか10デシベル減にならない。けれども降下角6°という騒音測定基準ではなくて、もっと深い角度で進入すば10デシベル減になるというのである。

 この点はシコルスキーやユーロコプターなども主張するところで、S-76に改良型の静かな尾部ローターをつけ、進入角を変えて降下してくれば、測定基準はともかくとして、実質的な騒音はかなり軽減される。ヘリポート周辺の住民に対する騒音の影響も違ってくる。そんな図を見たことがある。

 そんな論議の席で、進入角度を深くしても安全は損なわれないのかという疑問を出す人がいた。

 そこで、もう一度、先の本頁、進入角度とパワーセットリングの話に戻る。この図に示されているように、6°が12°になっても構わないし、理論上は20°くらいまで安全であろう。

 これも宮田豊昭氏の示唆だが、そもそもICAOが6°という角度を設定している理由は何か。昔のベル47時代の上昇力からきているはず。上昇力の弱いヘリコプターでは、それ以上の急角度で上昇できない。そのためヘリポートの進入表面の勾配が10分の1、すなわち6°という規定になった。進入表面とはいうけれども実際は「上昇表面」だったのである。

 ただし近年、ヘリコプターの上昇力が向上したというので、ヘリポートの基準は、進入表面が8分の1、すなわち7.1°くらいまで上がった。けれども騒音の測定基準だけは今も昔ながらの規定が生きている。

 とすれば、進入角度を12〜15°くらいまで深くして、実質的な騒音を減らすのは何でもない。ヘリコプターの騒音を減らすための設計面、製造面の努力と相まって、運航面の工夫も必要であろう。

 『ヘリコプタABC』(大林秀彦ほか著、日本航空技術協会、1992年)には、障害物を回避するための「低速急角度進入着陸」の方法が書いてある。その場合の「進入角は20°を基準とします」とあるが、同じことを障害物回避のためだけではなく、騒音回避のためにやればいいのである。

 未確認ながら、宮田さんによれば『ヘリコプターの工学と操縦』(筒井善直著)にも20°、『ヘリコプター・ハンドブック』(日本航空技術協会)には30°まで可能となっているらしい。

 なお、上の『ABC』に、わざわざ「低速急角度」と断ってあるところを見ると、「高速急角度」はやはり危険に近づくことになるのであろう。このことは、先のオスプレイの事故で見たわけだが、急角度で降りるときはゆっくり飛ぶ方が無難である。

 蛇足ながら、ロンドン・シティ・エアポートでは、固定翼機の場合だが、滑走路が短いのと騒音軽減のために7.5°の進入を要求している。それができない機種や運航者は着陸を拒否された。通常は3°で入ってくる飛行機が、2倍以上の角度で進入するのは相当にきついらしく、空港開設の当初はDHCダッシュ7STOL機だけが飛んでいた。最近は滑走路が1,199mまで延びたせいもあって、機種も多くなり、ビジネス・ジェットも入ってくるようになった。しかし急角度進入が求められていることは変わりない。

 またHAI(国際ヘリコプター協会)では20年ほど前から「フライ・ネイバリー」運動を進め、運航者に静かな飛び方を勧告してきた。しかし、あれは無用な低空飛行や急旋回など、大きな音を発しやすい飛び方を避けるように求めたものであった。上のように騒音軽減のために進入角度を深めるのは、もっと積極的な意味でのフライ・ネイバリーということになろう。

 フライ・ネイバリーという意味では、晴れた日の東京上空を低空で横切っていくヘリコプターをよく見かける。こういうのが人に嫌われるわけで、単なるフェリー(回航)のための飛行ならば、雲に入らぬ限り、できるだけ高度を上げ、人家の少ない経路を飛んでもらいたい。

 なお、メーカーの方でも、たとえばユーロコプター社は最近数年間で10デシベルの騒音軽減を達成したようだが、今後なおアクティブ・ブレード・フラップやエンジン空気取入れ口に吸音材を取りつけるなど、向こう5年間でさらに10〜12デシベル下げてみせると豪語している。まことに頼もしい次第で、大いに期待したいと思う。

(西川渉、2000.6.4)

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