たばこは毒の缶詰

 

 『現代たばこ戦争』(伊佐山芳郎著、岩波新書、1999年5月20日刊)はなるべく沢山の人に読んでもらいたい本である。とりわけ喫煙者には読んでもらいたいけれども、そういう人には気にさわるようなことばかり書いてあるので、わざわざ金を払って読むものは少ないであろう。

 そこで本頁に、著作権に触れぬ程度に、ごく一部の要約を掲載しておくこととする。別に金を払う必要もないので、ちょっと目を留めていただきたい。

 たばこは200種類の「毒の缶詰」である。昨年来問題となった砒素も含まれているし、ダイオキシンなどの発癌物質も多く、そのために倒れた人は決して少なくない。

 発癌物質の怖いところは幼少時から青年期にかけて体内に入ると、細胞分裂に伴って癌の発生をうながすことにある。したがって喫煙開始年齢が早いほど、細胞分裂も活発なため、肺癌などにかかる確率が高くなる。

 しかも、その危険性は喫煙者の周囲にいる幼児にまで影響し、大人になったときに結果があらわれる。いわゆる「成人病」がそれで、癌や心臓病は高齢になってから発病することが多いが、その原因は幼少時、青年期にあり、最大の原因が喫煙なのだ。

 したがって癌を減らすには、まず禁煙をすることが最良の予防策である。

 癌はたばこの害の一例に過ぎない。それでも多くの人が喜んでたばこを吸うのは何故か。たばこ会社の戦略にひっかかり、宣伝に騙されているからである。

 問題のひとつは、国家間のいわゆる「たばこ戦争」に日本が負けたことにある。アメリカのたばこ戦略は、国内ではきびしい制限措置をとりながら、外国に向かっては企業と政府の共同作戦で強力に売りこむのが特徴。特に日本に対しては、喫煙規制を監視し、その実行にブレーキをかけてきた。アメリカの圧力に降伏した日本は1986年、外国たばこの関税を取りやめ、価格制限も緩和した。その結果、日本におけるアメリカたばこのシェアは急上昇したのである。

 たとえば国内向けのたばこには、具体的な警告表示を義務づけ、「喫煙は癌を惹き起こす」「喫煙は心臓病を惹き起こす」「喫煙は致命的病気を惹き起こす」「喫煙はたばこを吸う人を殺す」「妊娠中の喫煙はあなたの子どもを害する」などの文字を箱に書かなければならない。

 しかるに日本の警告表示は「あなたの健康を損なうおそれがありますので吸い過ぎに注意しましょう」とあるだけで、これでは吸い過ぎなければいいのだろうと思わせる。したがって日本の警告は警告になっていないどころか、喫煙の促進になっているかもしれない。

 そこでアメリカの消費者団体が警告表示に関するこまかい基準をつくって、世界各国のたばこの箱を採点したところ、日本は0点、ノルウェーと南アフリカは満点(10点)、タイは9点、カナダは8点、オーストラリアは7点、アメリカとスウェーデンは6点、フランスとイタリアは5点だったという。

 ほかにも多数の国が採点されているが、いわゆる発展途上国はほとんど0点で、中国、クロアチア、インド、インドネシア、ケニア、マレーシア、パキスタン、トルコ、ベトナムなどが含まれる。その点では日本も後進国のひとつである。

 禁煙を促すには、たばこの値段も大きな要素となる。1998年秋、日本のたばこが1箱260円だったとき、アメリカは281円、カナダ337円、イタリア377円、フランス411円、オーストラリア596円、イギリスは673円であった。

 つまり日本のたばこは最も安くて買いやすい。逆に値段が高ければ、特に子どもの喫煙を防ぐ効果が上がるわけで、イギリスやオーストラリアではたしかに成果をあげているらしい。(子どもどころか、昨秋ロンドンのファーンボロ航空ショーを見に行った友人が、イギリスのタバコは高いといって嘆いていたのを思い出す)

 喫煙者の比率も、本書があげている6か国の中で、男子の場合、半分を超えているのは日本だけ。アメリカ28%、スウェーデン22%、イギリス28%、フランス40%、タイ49%、日本55.2%(1998年)となっている。

 何故こんなことになるのか。実はアメリカの戦略ばかりでなく、日本政府にも騙されているからである。

 元凶は大蔵省の所管する「たばこ事業法」で、その第1条には「我が国たばこ産業の健全な発展を図り、もつて財政収入の安定的確保及び国民経済の健全な発展に資することを目的とする」と規定している。つまり、たばこを沢山売って財政収入を確保するということであり、たばこは国の金儲けの手段なのである。

 言い換えれば、金儲けのためには手段を選ばず、国民の身体を犠牲にするという政策であろう。この「史上例を見ない悪法」ができたのはつい最近、1984年のことであった。

 しかも喫煙の害に関する警告も、同じ法律の第39条に「注意表示」というやわらかい表現で規定されている。これでは日本の警告表示が警告にならず、むしろ販売促進になっているのは当然のこと。本来ならば、警告表示は厚生省の所管でなければならない。ちなみに日本たばこ会社は、大蔵省の天下り先でもある。

 きりがないので、本書の紹介もここらでやめるが、もっとほかにも考えなければならない重要問題がたくさん書いてある。

 それにしても、たばこ吸いの諸君が道ばたに吸い殻を捨てて歩くのも困ったことである。私の通勤する途中でも、池袋駅からサンシャインビルまで、そこら中に吸い殻が散乱していて、汚いことおびただしい。そのため毎朝、区役所の腕章をした若い人たちが大勢で掃除をしている。その労力と人件費だけでも大変な損失であろう。

 いつぞや横浜市がごみのポイ捨て条例を制定したと聞いたが、東京でもぜひ同じ条例をつくってもらいたい。シンガポールが厳しいポイ捨て規制法を施行していることはご承知の通りで、たしかにあの町の道路はきれいで、吸い殻や紙屑は見あたらない。

 高額の罰金を課しているせいでもあろうが、シンガポール人にできて、なぜ日本人にできないのか。日本人もどうやらエチケットや公徳心に訴えるだけではマナーを守ることができなくなったらしい。それならばシンガポール同様、たばこやガムのポイ捨てに5万円相当の罰金を課して、きびしい取締りをすべきではないか。

 私もかつて、二十歳前後の学生の頃に喫煙の悪習に染まり、42歳の厄年まで20年以上のヘビースモーカーだった。今にして遅すぎる反省をしているわけだが、たばこをやめたあとの体調の良さ、食事のうまさは、長い煤だらけのトンネルを抜け出たあとのようなすがすがしい気分であった。

 ニコチン中毒などは中毒としては軽い方で、容易に脱することができる。野蛮な悪習は早く捨てたほうがよい。

(小言航兵衛、99.7.4)

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