<ピラタスPC-12>

シングルはおいしい

―― 本 篇 ――

 

 いつぞや、ITCアエロスペース社の中山智夫社長から "It's sweet to be Single"(シングルはおいしい)という小冊子を見せて貰った。PC-12単発ターボプロップ機の販売促進用にピラタス社がつくったものだが、読んでみると非常に面白い。その中の数字だけを抽出して、去る3月本頁に掲載したが、冊子全体の内容をここにご紹介したい。 

 表題のシングルはピラタス機の単発を意味すると同時に、独身を暗示しており、単発機は危なっかしく、独身は寂しいように思えるけれども、実際は双発機よりも、所帯をもつよりも、シングルの方がよほど安全であり、楽しいものだということを説いている。

 この小冊子が示すように、スイスのピラタス・エアクラフト社は、個性的かつ独特な航空機をつくることで知られている。PC-12単発ターボプロップ機もそのひとつで、1991年5月31日に初飛行、1994年にスイス航空局とアメリカFAAの型式証明を取得し、量産と引渡しが始まった。

 以来、2003年に量産400号機に到達、2005年に500号機、2006年に600号機、2007年に700号機、2008年に800号機、2009年に900号機、2010年に1,000号機と、毎年ほぼ100機ずつの製造が続き、2011年11月には1,100号機が完成した。

 この間、2008年には改良型のPC-12NG(Next Generation)が登場、グラス・コクピットをもつ近代的な航空機に生まれ変わった。エンジンが強化され、最大巡航速度は510q/hを超えるなど、飛行性能も向上している。

 日本でも、かつては何機か飛んでいたが、今や忘れられたような状況になってしまった。けれども世界的には現在なお第一線で飛び、大量生産が続いており、決して無視すべき存在ではない。

単発機にかかわる迷信

 PC-12NGは単発機である。しかし、単発機としては相当に大きく、乗客9人乗りの旅客機、貨物機、貨客混載機、社用ビジネス機、そして2人分のストレッチャー搭載が可能な救急機など、さまざまな用途に使われている。

 たとえばアメリカやヨーロッパでは地域航空路線に多数のPC-12が飛んでおり、オーストラリアでは救急機として患者を乗せて飛んでいる。むろん企業のトップが乗る社用ビジネス機としては数えきれない。これらの大陸国では国土面積が広くて余裕があり、不時着可能な場所が見つけやすいからと思う人がいるかもしれない。しかし実際は、当然のことながら、決して不時着などを前提としているわけではない。

 それにしても旅客輸送や救急搬送など、通常ならば双発機を使いたくなるような利用分野である。単発機でありながら、PC-12は何故このような双発機と同様の使い方がなされるのだろうか。

 以下しばらくピラタス社の「単発はおいしい」という主張を聞いてみよう。

 ……人びとはいつの間にか2つ以上のエンジンをもった多発機が安全であると思いこんできた。その裏返しとして、単発機は安全性に欠ける。すなわち危険だという見方が広がるに至った。大洋横断路線に多発の旅客機が使われるのもそうした考え方にもとづいている。

 しかし、本当に単発機は危ないのだろうか。航空界がまだ始まったばかりの頃、なるほどエンジンは出力が弱く、信頼性が低かった。したがって人や貨物を確実に目的地に届けるためには複数のエンジンがついた飛行機が必要だった。力が弱い上に故障ばかりしていたので、旅客輸送は多発機でなければならないという考え方も、それなりに正しかった。飛行機のエンジンは「多々ますます弁ず」というわけで、八発機すら試みられたことがある。

 そこから「多発機は王様」という迷信が生まれた。購入費も運航費も修理費も何もかも高いにかかわらず、多発機は常に上座に据えられた。今も似たような状況だが、実質的にはもはや王様の立場ではなくなっているのだ。

 しかるに単発機は多発機よりも劣るという見方は、なお人びとの頭から拭い去ることができない。操縦訓練も初等練習は単発機でおこなう。そこから双発機に進んで事業用の免許を取る。そうすると、ほとんどのパイロットがもう単発機で飛びたいとは思わなくなる。誰もが自分は選ばれたエリートコースを歩んでいると錯覚し、より複雑な飛行機に乗りたがる。しかし実は、複雑なものこそ危険なのである。

 なぜなら、エンジンがいくつもついた大型旅客機を安全に飛ばすには、パイロットは膨大かつ困難な操縦訓練をこなしてゆかねばならない。これは大型機が複雑で危険なシロモノであることを示す以外のナニモノでもない。 

単発機の方が有利

 軍隊でも企業でも、単発機を操縦するのは経験の浅いパイロットと決まっている。このことは単発機が操縦しやすく、異常事態が起こってもすぐに回復できるし、したがって安全だからである。しかし、だからといって、操縦技能が低くていいというわけではない。F-16戦闘機も単発機だが、それを飛ばすにはきわめて高い技倆が要求される。

 軍隊が単発機に信を置いていることは、初等練習機が単発ターボプロップ機であるばかりでなく、F-16もAV-8BハリヤーVTOL機も最新鋭のF-35ステルス戦闘機も、みんな単発であることからも理解できよう。

 これらの単発機は多発機にくらべて搭載量の割合が大きい。したがって最近は、信頼性の高いエンジンが実現したことから、エンジン数は少なくてよいという考え方が出てきた。エンジンが減れば燃料消費も減って燃料費が減るし、整備費も安くなる。それでいてペイロード/航続性能は上がるのである。

 旅客機のエンジンが4発から3発へ減り、今や双発が主流となったのも、そうした事実にもとづくものである。また米空軍と海軍は最近、ピラタスPC-9単発ターボプロップ機を練習機として採用することになったが、これは今までの双発ジェット練習機の代わりとして使われる。カナダ空軍も単発練習機を発注した。さらに米空軍を初め、多くの国が調達しようとしているF-35も単発機である。

 米国運輸安全委員会(NTSB)のレポートによると、エンジン故障に起因する事故が起こった場合、双発機の重傷者や死者は単発機の4倍になるという。その理由としては2つの重要な要因が上げられる。ひとつは左右の推力がアンバランスになるため、機体がふらついて右や左に揺れ、ヨーイングとローリングが起こる。もうひとつは上昇能力が8割ほど落ちるので、特に離陸中や低空飛行中に1発が停止すると、上昇力を維持することができない。

 とはいえ高空であれば、双発機の1発が停まっても、残りの1発で次の手を打てるかもしれない。しかし、そのときはもう、双発機が単発機に変っているのだ。しかも、激しく揺れ動く不安定な単発機である。

 PC-12は事実上、離着陸距離の短いSTOL機である。したがって通常の離着陸で滑走路が短くてよいことに加え、巡航飛行中に万一エンジンが停止しても、たとえば高度9,000mであれば32分間飛びつづけ、143kmの距離を行くことができる。その間にどこか着陸可能な場所を見つけて、ゆっくりと安全な接地ができる。それも草地でも泥地でも構わない。

 機体構造の面でも、PC-12はプロペラが最前方についているので、キャビンから遠く、安全上も騒音に関しても都合が良い。

エンジンの信頼性と余裕

 最近のエンジンは信頼性が高く、異常なふるまいによって事故を惹き起すことは滅多にない。実は、ターボプロップもジェットも基本的には故障するようなことはない。しかるにターボプロップやジェットを装備しながら双発の方が単発よりも安全という理屈は、エンジンが故障するという間違った仮定の上に成り立っているのだ。しかも、単発機のエンジンが仮に故障したとしても、双発機の片発停止で生じるような危険な現象は起こらないのである。

 下表に見るように、多発機の安全性は単発機よりも良いとは限らない。一方、単発機は飛行性能と経済性に関しては双発機よりもすぐれている。特に新世代のピラタスPC-12はずば抜けた特性をもつ。

単発と双発のターボプロップ機事故率

機  種

累計飛行時間

事故件数

死亡事故

事故率

死亡事故率

CE-208

6,136,692

122

45

1.99

0.73

TBM-700

434,863

15

5

3.45

1.15

PC-12

1,389,139

12

3

0.86

0.22

PA46-500TP

268,715

15

5

5.58

1.86

単発機合計

8,229,409

164

58

1.99

0,71

双発機合計

46,818,298

963

341

2.06

0,73

〔注〕米国およびカナダ国籍のターボプロップ機について、
型式証明取得から2007年末までの10万時間当たり事故率
〔資料〕米ブレイリング・アソシエイツ社による調査結果、2008年3月

 

 このすぐれた特性を実現したのはカナダのプラット・アンド・ホイットニー社が生んだPT6A-67Pターボプロップ・エンジンである。その出力重量比は、昔のP-51ムスタング戦闘機に匹敵する。強力なエンジンを、軽くて空力的にもすぐれた形状の機体に装着するという考え方は、新しいものではない。これまでにも、F4Uコルセア、P-51ムスタング、F-86セイバー、F-16ファイティング・ファルコンなどの戦闘機に見られた。PC-12は、これら戦闘機の概念を借りて強力なエンジンを搭載し、最新の技術を組み合わせたものである。

 多くの人は、単発機は小さいと思っている。単発機と聞けば、おそらく2〜4人乗りのピストン・エンジンつき軽飛行機を想像するにちがいない。

 ところがPC-12は単発機といっても大型ターボプロップ機である。しかも双発機のようなエンジン2基というハンディを負っていないため、自重が軽く、空気抵抗が小さく、燃料消費が少ない。

 したがって、その分だけ搭載量が大きくなる。たとえばキングエアB200よりも大きく、サイテーション・ジェットの2倍もあり、最大ペイロードは1,300kgに達する。

 PT6A-67Pエンジンは本来の出力が1,744shpだが、これを1,200shpに減格使用している。つまり持てる力の7割しか使っていないので、全てに余裕があり、構造的な疲労や摩耗が少なく、整備費も安くてすむ。

 こうしたことから、PC-12はきわめて画期的、革新的な航空機となった。その大きさ、搭載量、飛行性能の割に購入価格が安く、燃料消費が少ない。

 逆に、エンジンが2つ付いていれば、単発機にくらべて2台目のエンジンだけで何十万ドルという価格増になる。燃料消費も多くなるので燃料費がかさむ。さらに整備費もオーバホール費も2倍になる。言い換えれば、単発機は購入価格が安いだけでなく、買ったあとの運航費や整備費も安い。

 たとえばPC-12の場合、同じクラスの双発ターボプロップ機にくらべて直接運航費は3分の2であり、ジェット機にくらべると半分に近い。

 かくて単発か双発かなどという問題は霧消してしまう。航空機の使用者にとっては、エンジンの数よりも、キャビンの大きさや費用こそが問題なのである。

 以上に見てきたピラタス社の主張をまとめると次表の通りとなる。 

 

PC-12設計上の特徴

 こうした単発ターボプロップ機PC-12の構造は次のような特徴を持つ。

 機体構造にはアルミ合金が使われ、ごく一部の2次構造部分には複合材も使用する。疲労強度は飛行20,000時間、着陸27,000回に耐えられるよう設計されており、その5倍の耐久試験によって確認されている。また整備内容を変えることによって、最終的には飛行25,000時間、着陸30,000回の使用にも耐えられる。

 胴体はセミモノコック構造。キャビンは与圧されていて、気流の静かな高空を飛ぶことができる。キャビン内部は壁面に防音がほどこされ、コクピットは正副操縦席の正面に2枚の風防と左右1枚ずつの窓がある。風防には電熱式の防氷装置がつく。左右の窓は開くこともできる。

 操縦席は左右2つ。左側に機長、右側に副操縦士がすわるが、操作の労力負担は少なく、パイロットは単独でも操縦可能。左右正面には大きなプライマリー飛行ディスプレイ(PFD)があって、その間に2つの多機能ディスプレイ(MFD)がある。

 客室はコクピットとの間がカーテンで仕切られ、標準座席配置で最大9席。床面にはカーペットが敷き詰めてある。窓は左側4ヵ所、右側5ヵ所。手荷物を入れる貨物室はキャビン後部にあって、容積1.13立方メートル、重量181kgまで搭載可能。

 乗降ドアは高さ1.35m、幅0.61mで、胴体の前方左側にある。開閉は機体外部またはキャビン内部のどちらからでも可能で、6本のピンでロックされる。このロックが確実にかかっていないときは、操縦席の赤い警報ランプが点灯する。

 主翼の位置には非常脱出口もあり、万一のときは窓ごと開放することができる。

 座席は取り外しが簡単で、後方の客席3〜5席を外せば、貨物混載型になる。その場合の貨物ドアは胴体後方左側にあって、開口部の大きさは高さ1.32m、幅1.35m。標準型の貨物パレットが出し入れできる。さらに9席すべてを取り払って貨物専用機に変換することも可能。

 キャビン容積は9.34立方メートル。床面の広さはコクピットとの境目から後部の与圧隔壁まで5.16m、幅1,3mである。

 社用ビジネス機としては、デラックス・シート5〜6席と、テーブルやトイレなど、顧客の希望に合わせてさまざまな内装が可能。また患者2人分のストレッチャーと医師や看護師3人分の座席をつければ、救急機となる。これらの機内配置は下図に示す通りである。


PC-12のキャビン配置図

 エンジンはPT6A-67Pターボプロップ(1,200shp)が1基。プロペラは直径2.67mの金属製4枚ブレード。毎分1,700回転の定速で回る。燃料タンクは主翼に内蔵され、容量は407ガロン。うち402ガロンが使用可能である。ほかに主翼にはエルロン、フラップ、防氷装置がつく。なおPT6ターボプロップ・エンジンの実績は下表に示す通り。

製造数(2008年末まで)

35,915台

出力範囲

580〜2,000shp

総飛行時間

303,000,000時間

"飛行中の停止率(12ヵ月ごとの平均)"

"435,000飛行時間に1回"

 

 主翼は片持ち構造で、揚力特性にすぐれ、離着陸時の滑走距離が短い。すなわちSTOL性能を有し、機体重量が軽いときは離陸滑走距離が300m前後、重量を最大4,740kgに上げても750m前後である。主翼の左右先端はやや持ち上がって、ウィングレットになっている。尾部にはT型尾翼がつく。

 降着装置は前輪式の引込み脚。舗装のない滑走路でも草地でも発着することができる。氷結防止も完備し、氷結気象状態の中で飛行可能。

ピラタスPC-12NGの基本データ

全長(m)

14.4

全高(m)

4.3

全幅(m)

16.3

最大離陸重量(kg)

4,740

最大ペイロード(kg)

1,012

客席数

9

エンジン

PT6A-67P

出力(shp)

1,200

最大巡航速度(q/h)

519

最大運用高度(m)

9,000

航続距離(km)

2,800

製造機数は予測の4倍 

 かくてピラタスPC-12は、きわめて有能な用途の広いターボプロップ機となった。冒頭、毎年100機ずつ生産されていると書いたが、実はピラタス社は開発当初、需要予測にもとづいて毎年25機ずつの生産計画を立てていた。そのことからすれば、この売れ行きは驚異的ともいうべきで、実際に使ってみた顧客が、PC-12の信頼性と経済性に如何に深く感じ入ったかを示すものといえよう。

 そうした顧客のひとり、オーストラリアのロイヤル・フライング・ドクターサービス(RFDS)は、困難な救急飛行に多数のPC-12を使っている。2010/11年度の年次報告書によれば、表4のとおり総数64機の飛行機が医師と共に急病人やけが人の救護に当たっているが、そのうち31機――半数近くがPC-12であった。これにセスナC208キャラバンを加えると、単発ターボプロップ機が半数を超える。

 ちなみに、これらの空飛ぶドクター機は国内21ヵ所に拠点を置き、アウトバック(outback)と呼ばれる奥地へ向かって、昼夜を問わず出動する。奥地の飛行場のないところでは路上着陸が当然のことであり、夜間も道路の両側に車を並べ、ヘッドライトで照らされた路面へ進入していく。出動回数は年間およそ37,000回。1機平均600件ほどになる。

 ピラタス社は過去70年にわたって単発機を開発し、製造しつづけてきた。その機数は、単発ターボプロップとしては世界で最も多い。といって、無理に単発機の分野にとどまっていたわけではなく、単発機の方がすぐれているからにほかならない。なぜなら単発機は安全かつ経済的な航空機だからである。しかも最新の技術を取り入れながら、その構造は簡潔にまとめることができるし、使用者にとっても扱いやすいからである。

 PC-12は、さまざまな用途に柔軟に対応することができる。単発機が不安全という迷信は、今やPC-12の飛行実績によって世界中から消えつつある。

(西川 渉、2012.12.10) 

 

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