恫 喝 と 詐 欺

 パソコン関連の本や雑誌、あるいはマニュアルなどを読んでいると、意味不明のカタカナ語が無闇に多い。パソコンを使いはじめて10年以上の私にも理解できないような気持ちの悪い言葉ばかりである。たとえば「アプリケーションをインストールする」などという。「パソコンに一太郎8をインストールする」とか「Word97をインストールする」といった使い方だが、奇妙な違和感はいつまでたっても拭いきれない。

 航空界でも、インストールという言葉は使うが、それは飽くまで英語の中のことである。たとえば航空機の整備マニュアルなどを読んでいると「Install the engine」(エンジンを取りつけよ)とか「Installing the hydrolic system」(油圧系統の装着)といった文章が出てくるが、だからといって日本人どうしがしゃべったり、書いたりするときに「エンジンをインストールする」などとは言わない。「エンジンを取りつける」とか「ローターをのせる」などと普通の日本語でしゃべるのである。

 コンピューター界でも何故「スーパーキッドをパソコンに組み込む」というような言い方ができないのだろうか。

 もちろん製品名のような固有名詞は、カタカナや横文字もやむを得ない。しかし普通名詞はできるだけ日本語にして貰いたいし、動詞はぜひとも日本語であってほしい。リリースするとか、ドラッグする、ペーストする、バンドルされている、サポートされていないなど、すべて普通の日本語で表現できるはずである。

 われわれがデパートへ買い物に行って、目的の品物がどこにあるのか尋ねたとき、店員が「私どもでは、そういう商品はサポートされておりません」などと答えたらどう思うか。気の小さい人は目を白黒してわけの分からぬまま引き下がるかもしれぬが、気の強い人は店員をどやしつけるであろう。このような奇妙な日本語は、今やパソコン雑誌に氾濫しているのである。

 たまたま手もとにあった雑誌をめくっていたら、次のような文章が目についた。

「オープントランスポートとは、次世代のアーキテクチャーで、ネットワークパフォーマンスを向上させてくれる」。もっとも、さすがに書いている本人も気がひけたのか、すぐ後に「あまりピンとこないかもしれません」と断っているのが滑稽である。ピンとこないような解説文は書いてはいけないのである。

 この文章を航空人の立場から読むと、トランスポートは「輸送」であり、パフォーマンスは「飛行性能」である。またアーキテクチャーが建築とか「構造」の意味であることは中学生の頃に習った。そこで私なりに、この似非(えせ)日本語を翻訳すると次のようになる。

「開放的な輸送とは、次世代の構造で、交通網の能力を向上させてくれる」

 なアんだ。これは、いま運輸省が規制緩和の旗じるしのもとで推進している航空政策の基本ではないか。それなら、こっちにだって分かる……というのは無論冗談で、まさかパソコン雑誌がインターネットの解説の中で、航空政策を論ずるはずはない。

 とすれば、これは一体何をいわんとしているのか。結局は分からずじまいだったが、かといって、この解説文が掲載されているのは、私のようなごく一般的なパソコン利用者向けの雑誌で、どこの本屋さんにも売っているものである。決して専門家や学者、技術者だけの学術雑誌や同人雑誌ではない。にもかかわらず意味不明の文章を掲載して、これが理解できぬのはお前の頭が悪いか、勉強が足りないからだといわんばかりの態度は、恫喝か詐欺に相当する。

 むろん専門家同士がどんな隠語を使おうと、どんなジャーゴンをもてあそうぼうと、ベーシックやUNIXの何語でしゃべろうと自由である。素人や門外漢の知ったことではないし、どうぞお好きなようにと言っておこう。ここでは、われわれ一般人が、ごく日常的な連絡、通信、表現、あるいは思考の道具としてコンピューターを使う場合の話をしているのである。

 昨今、パソコンは急速に普及してきたといわれる。確かに機器の数は増えたが、それらがどれほど使いこなされているのか。「イントラネット」などというお題目に踊らされて、どこの企業もわれがちにパソコンを導入し、狭いオフィスの机の上にコンピューターばかりがふんぞり返って並ぶようになった。その陰で、社員の多くは汗を拭きふき、一本指打法でポツリポツリとやっているわけだが、まことに時間と費用の無駄というほかはない。

 コンピューターが、これからの新しい日本文化の一端を築いてゆくとすれば、そこに使われる用語も正しく解りやすい日本語でなければなるまい。パソコンの普及のためには、先ず専門家諸君の言葉づかいを改めるべきである。

(西川 渉、97.4.27

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