緊 急 発 進 

 

 

 翌日の『ニューヨーク・タイムズ』紙は「事件の始まりはアメリカ東部時間の9月11日午前7時45分であった」と報じている。ボストン・ローガン空港からアメリカン航空11便、ロサンゼルス行きのボーイング767が92人の乗客をのせて飛び立った。

 それから15分後、ボストンからもう1機別の767が離陸した。ユナイテッド航空のロサンゼルス行き175便で65人が乗っていた。

 午前8時10分にはワシントン・ダレス空港から、アメリカン航空の757が乗員6人と乗客58人をのせてロサンゼルスへ向かった。

 ところが、しばらくすると、いずれもロサンゼルス行きだったはずの3機が、急に向きを変えて異常な行動を見せはじめた。前の2機はロサンゼルスへの航空路を外れて南へ折れ、まっすぐにマンハッタンをめざしている。またダレス空港を出たアメリカン航空機は一転してワシントンへ戻って行く。

 これらの異常を、管制レーダーの画面で発見した管制官たちは、すぐに何かが起こったことを感じた。けれども、いくら無線で呼びかけても応答はなく、ただもう見ているほかはなかった。そして異常の発見から間もなく、8時45分にアメリカン航空11便がワールド・トレード・センターに激突した。

 米空軍の戦闘機がオーティス空軍基地からスクランブル発進したのは、その後だった。複数のF-15で、同じようにワールド・トレード・センターへ向かう2機目のユナイテッド航空機を阻止するのが目的である。しかし数分後には2機目もワールド・トレード・センターの南棟へ突っ込み、阻止はできなかった。

 さらにラングレー空軍基地からはF-16が飛んだ。これはアメリカン航空の757が目的だったが、同機はほどなくペンタゴンに体当たりした。

 

 もう1機、ニューアーク空港を午前8時に離陸したユナイテッド航空93便、サンフランシスコ行きは45人をのせたままペンシルバニアで墜落した。墜落現場には直径10m、深さ6mほどの穴があき、飛行機の残骸は1キロ四方に飛び散った。

 この757旅客機を、スクランブル機が追っていたかどうかは分からない。一時は戦闘機に撃墜されたのではないかという報道もあったが、これは墜落機の残骸を見ればはっきりする。機長が殺されて、乗客と犯人の格闘になったという話もあるが、フライト・レコーダーも回収されたようだから、墜落時の状況はいずれ明確になるであろう。

 ただし、その攻撃目標がホワイトハウスだったのかキャンプデービッドだったのか、それとも議事堂だったのか、はっきりしない。ホワイトハウスだったという見方には信ずべき証拠があるという人もいる。

 その一方で、ペンタゴンに突っ込んだアメリカン航空機が本来、ホワイトハウスをめざしていたという意見もある。とすれば、急に目標を変えたのは何故か。ホワイトハウスの警戒が厳重だったからか、それとも大統領の不在が分かったためであろうか。

 いずれにせよ、この日、戦闘機は遅ればせながら緊急発進した。しかし多数の民間人が乗った旅客機を撃墜することができるのだろうか。通常は軍用機にインターセプトされた民間機は、その指示に従うのが国際的な決まりである。

 しかし乗っ取り犯の操縦する機体は言うことを聞かないだろうから、無理にインターセプトするには撃墜するほかはない。それには大統領の命令が必要で、この決断は容易なことではないだろう。それに大統領命令という規則も、自国の旅客機を撃ち墜とすところまで想定していたのだろうか。

 そういえば、かつてソ連の戦闘機が大韓航空機を撃墜した事件があった。あれは自国機ではなかったが、ソ連の戦闘機は旅客機に対して正規のインターセプトの手続きを取ったのか、さらには大統領の命令が出ていたのか不明である。その前に、当時のソ連にそうしたルールがあったのか、今のロシアにあるのかもよく分からない。

 この種の事件が分からぬことだらけなのは当然だが、ニュースを聞いていても、エアラインや便名や機種や攻撃目標がごちゃごちゃで、ますます混乱してくる。取り敢えずここに、乗っ取られた4機の旅客機について時間的な関係だけでも整理しておきたい。

 繰り返しになるが、アメリカ東部時間の9月11日午前8時45分、アメリカン航空のボーイング767が92人をのせてワールド・トレード・センターの北側1号棟に突っ込んだ。その18分後、今度はユナイテッド航空のボーイング767が65人をのせて南タワー2号棟の胴腹を突き破った。

 9時40分、FAAは全米の航空システムを閉鎖する命令を発した。これで米国内の空港にいた航空機はすべて飛行停止となった。が、3分後の9時43分、すでに空中にあったアメリカン航空ボーイング757が乗客58人と乗員6人をのせてペンタゴンに飛びこんだ。これで5角形の一辺に当たる建物が破壊され、炎上した。

 午前10時、ユナイテッド航空の757が乗客38人、乗員7人をのせてピッツバーグの南東130km付近に墜落した。

 そして、さらに恐ろしいことが繰り返された。2機目が突っ込んだ南タワーが62分後の10時5分になって崩れ落ち、一瞬にして瓦礫の山と化したのである。それから20分余り、10時28分には北タワー1号棟も1時間43分で圧壊した。

 7時間後の午後5時25分にも不思議なことが起こった。ワールド・トレード・センター7号棟と呼ばれる47階建てのビルが不意に崩れたのだ。一時は爆薬が仕掛けられたと報じたテレビもあったが、どうやら今朝の2度の攻撃と崩壊で地震のような衝撃を受けたためという。

 

 これらの状況をさらに整理してテロ攻撃に使われた4機の顛末を一覧表にすると、次のとおりとなる。犠牲となった搭乗者の数は合わせて266人だが、このうち19人は犯人グループと見られている。

航空便名

アメリカン11便

ユナイテッド175便

アメリカン77便

ユナイテッド93便

航空機種

ボーイング767

ボーイング767

ボーイング757

ボーイング757

搭乗者数

92人

65人

64人

45人

出発地

ボストン

ボストン

ダレス空港

ニューアーク空港

目的地

ロサンゼルス

ロサンゼルス

ロサンゼルス

サンフランシスコ

出発時刻

0745時

0800時

0810時

0800時

突入現場

WTC北側1号棟

WTC南側2号棟

ペンタンゴン

ピッツバーグ付近

突入時刻

0845時

0903時

0943時

1000時


(いつも見えていたツインタワーがなくなり、崩壊後の大砂塵が立ち昇る)

 

 余談ながら、ワールド・トレード・センターにテロ機が飛び込んだのを東京のテレビで見ていた奥さんが、自分の夫がそこで働いていたのに気づき、「早く逃げてー」という電話をニューヨークへかけたという話を聞いた。

 お陰で、その人は命拾いをしたようだが、日本で同じような標的になるとすれば東京都庁かサンシャイン・ビルであろう。飛行機がサンシャインにぶつかったら直ぐ電話をくれるように、家人に頼んだところである。

【関連頁】
   合衆国混乱(2001.9.15)
   合衆国崩壊(2001.9.13)

(西川渉、2001.9.16) 

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