<ボーイング>

787の教訓

 ボーイング787の開発がどんどん遅れてゆく。すでに2年以上の遅れが予想されているが、何故こんなに遅れるのか。さまざまな議論があるが、われわれ外部のものにはどうしても分からないところがあった。ところが驚いたことに、ライバルのエアバス社が遅延の理由を暴露したのである。

 787の遅延問題について報告書をつくったのは同社技術インテリジェンスの頭(Head of Engineering Intelligence)というから、民間企業もアメリカ政府のCIA(Central Intelligence Agency:アメリカ中央情報局)のような諜報活動や情報収集をしているのだろうか。

 この報告書を見た専門家は、これほど徹底的に分析した文書は見たことがないという。まだ飛んでもいない飛行機について、外部の者が如何にしてここまで詳しい競争相手の内部データを手に入れたのか。それも興味を惹くところだが、エアバス社は全て合法的な手段で入手したとしている。

 考えられることは、ボーイング自身の文書や下請けメーカーの文書など、断片的な文書を集めて、その集積から問題点を探り出したのであろう。

 報告書は本来エアバスの社内文書で、「ボーイング787の教訓」と題する46頁のパワポイント画面から成り、去る10月20日に社内で報告されたという。それが、いつのまにかインターネット上に流出し、公表されたのと同じような結果になってしまった。 

 もっとも、ここに書いてあることが正しいかどうか、問題点のすべてかどうかは、当事者のボーイングのみが知ることである。

 ともかく、この文書にどんなことが書いてあるか。オリジナルはインターネットで見ることができるが、設計、重量、エンジン、型式証明、製造、開発日程など787のかかえる問題点について、どうやら次のようなことが書いてあるらしい。以下の日本文は翻訳ではない。単なる私のメモである。

 エアバスの報告書によれば、ボーイング787問題のはじまりは、外部にゆだねた設計から製造までの長大な組織系統を充分に管理、監督することができなかったということである。

 下請けメーカーの中には、航空には経験のない低賃金の作業員を実地訓練しながら使っているところもある。設計能力のないようなところにまで仕事を出しているのである。米ヴォート社ですら、ボーイングのパートナーに選ばれた時点では技術部門がなかったほどという。

 その結果、でき上がってきた製品も当然、不充分な出来であった。最終組立て段階になってからも、あちこちに手直しの必要な箇所が見つかるありさまで、品質管理における製品の合格率も悲惨な結果になってしまった。

 にもかかわらず、最終組立てを急ぐ余り、下請けメーカーは第1次、第2次段階で非破壊検査を先送りにして、最終的な第3段階まで持ち越してしまった。おまけに第3段階でも非破壊検査を先送りにしたので、問題が最後のボーイング社エバレット工場まで持ちこまれてしまい、大混乱を引き起こす結果となった。

 ファスナーの不足も、これまで外部から想像していたような単純な問題ではなかった。エアバス社が深く掘り下げた結果、問題の原因は、落雷を防ぐためのスリーブつきファスナーを、あとになって再設計することにしたためという。そのためアルコア社の製造が間に合わなくなり、結果として三菱の主翼の製造が遅れた。

 正規の長さをもったファスナーが間に合わなくなった結果、不適切なファスナーをワッシャーを重ねて寸法を合わせ、取りつけた。そのためボーイング社は、あとでもう一度、何千個ものファスナーを取り外し、正しい長さのものを取りつけなければならなかった。おまけにボーイング社は、ファスナー問題解決のためにエアバス社の持っている特許を侵害する結果となった。

 次は重量超過の問題である。ボーイング社はたしかに、787の製造重量が設計値を超えていることを公式に認めている。けれども、それがどの程度かは明らかにしていない。そして目下、重量増加が飛行性能に影響しないよう、懸命に重量削減の作業を進めている。

 エアバス社の推測では、2005年9月に決まった最終仕様に対して、原型1号機は9.5トン余り重くなった。それを今後削ったとしても、量産1号機は当初の空虚重量95.5トンに対して4.5トンほど重くなるというのである。

 結果として、この787は客席2クラスで248人が乗った場合、航続距離は6,370浬になる。当初ボーイングは7,650〜8,000浬の航続性能をもつという宣伝をしていたから、それよりもかなり落ちる。全日空に与える影響も大きいであろう。

 この重量増加は主翼の外側寄り、中央ウィングボックス、翼前縁、主脚のホイールウェル、中央胴体などを強化したことによるものという。

 エンジンにも問題がある。GE GEnxおよびロールスロイス・トレント・エンジンも、それぞれ2〜3%、3〜4%ずつ燃料消費が増えたらしい。もっとも、エンジン・メーカーの方は就航までには何とかするといっているらしい。

 しかし、うわさによればトレント1000の低圧タービンに設計変更が必要になり、原型1号機はGEエンジンに換装しなければならないともいう。

 生産計画も忙しくなってきた。2003年5月、まだ7E7とと呼ばれていた当時、ボーイング社の内部文書によれば、2010年までに同機の生産態勢を月産7機にする計画であった。ところが受注機数がふくらんだために、ボーイング社は2005年10月積極策をとって、2011年には月産10機にすることとした。しかし、さらに受注が伸びたことから2007年2月に787の月産10機を2010年に早めることにした。ところが2008年4月、今度は開発日程が遅れたために、月産10機の製造開始を2012年まで遅らせた。

 とはいえ現実問題として、エアバス社の計算によれば、787の月産10機は2015年まで実現しないだろうという。なお、このあたりの問題については下請けメーカーの生産態勢が重要で、ボーイングだけが組立てラインを増やしても、月産数は増えない。

 下請けメーカーは「パートナー」と呼ばれているが、アレニア、ホーカーデハビランド、スピリット・エアロシステムズ、ヴォートなどがあり、日本の川崎重工や三菱重工も入っている。これらのパートナーたちは、ボーイングの考えに合わせるために設備を拡大しようとしているところもあれば、設備投資に金がかかるので条件をつけているところもあるなど、いずれも一筋縄ではいかないだろう。

 以上の要約は、エアバス報告書の一部である。この文書の目的はボーイングのやり方を批判したり、嗤ったりするためではない。エアバスが他山の石として、あるいは人のふり見て我が身を省みるための内部文書である。ところが、それが外部に出てしまった。

 ボーイングとしては、このような報告書が書かれたことから、情報の取り扱いや機密の保持について何らかの対策を取らなくてはならないだろう。逆にエアバスの方も、この報告書の流出が故意でなければ、みずからの情報力が競争相手に知られたわけで、却ってあわてているかもしれない。

 しかし野次馬としては、なかなかに面白い現象であった。

 これらさまざまな問題を考えたのかどうか、ボーイングは先週787と747-8の開発部門を一本化して、トップ人事を改めるという動きを見せた。

 そして今日にでも787の新しい開発日程を正式に発表するもようである。

 【関連頁】

   ボーイング787さらに遅れる(2008.12.8)
   ボーイング787またも遅れる(2008.4.11)

(西川 渉、2008.12.15)

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