<エアバス>

深刻化するA380問題

 

 先日ボーイング社で工場見学をしたときのこと、ご案内をいただいた広報部長にエアバスA380の遅延について、どう思うかを訊いたところ、新しい航空機の開発にはどうしても思いがけない問題が発生する。やむを得ないとはいわなかったけれども、ごく模範的な優等生のような答えが返ってきた。

 それに多少の同情もあったはずで、ボーイングもまた同じような遅延を経験しているからである。かつて747を開発した当時、量産初号機は2年の遅れを取ったのであった。その結果、企業として倒産の崖っぷちに立たされたほどである。無論その後の747が大成功をおさめたことはご承知の通りだが。

 その後のニュースでも、ボーイング社のトップがエアバス社の混乱は営業上ボーイング社に有利に働くけれども、必ずしも望ましいことではなく、エアバスが一刻も早く今の状態から脱け出すことを希望すると語っている。健全かつ公正な競争相手の存在は、ボーイング社にとっても必要で、その存在あってこそ企業としての発展につながるのだと。

 それにしてもA380の現状は、ますます深刻になってきた。下請けメーカーから送りこまれてきた部品類は、機体に組みこまれないまま工場いっぱいに積み上げられ、利益はどんどん蒸発してゆき、顧客からは賠償を求められ、新しい経営陣は打つ手がないことに頭をかかえる始末である。

 引渡し開始の遅延によって、エアラインからの注文が減るのではないかという心配はもとより、去る7月に就任したばかりのクリチャン・ストライフ社長が辞任するかもしれないとか、A380の計画自体が中止になるかもしれないという報道すら出てきた。

 問題の発端は最終組立て段階における配線であった。配線の長さは1機あたり500kmにもなる。そのうえ導線そのものを、従来の銅から軽量のアルミに変えたため、細かく曲げたりする工作がやりにくくなった。しかも、それに対する当初の対策がその場しのぎで行なわれたため、改めて全体の標準化をやり直さねばならなくなった。これで、ますます手間がかかることになったのである。

 事実としては、A380の引渡し開始が当初計画の2年遅れとなり、2007年の引渡し数は1機のみで、2006〜10年の間の決算は、収入が63億ユーロ(約9,500億円)ほど減って、利益が48億ユーロ(約7,200億円)減になると見られている。

 こうしたことから、A380開発の採算点は当初250機と見こまれていたが、今のところ、それがどこまで上がるか分からなくなった。追い討ちをかけているのは、ドルが弱くなったことで、製造コストはユーロでかけながら、販売はドル契約のために受け取り金額が目減りするのである。

 したがって、エアバス社としては製造コストの削減を迫られることにもなる。取りあえずは一般管理費を見直して3割削減し、生産性も向こう4年間で2割アップという目標が立てられた。これで50億ユーロの節約ができる。

 さらに、もっと大胆な合理化も検討されている。というのはエアバス社の工場がドイツ、フランス、スペイン、イギリスなど欧州各地に16ヵ所も展開しているのは無駄が多いということから、このうち7ヵ所を閉鎖して売却する案が検討されている。そしてA380の組み立てをドイツとフランスで行なうのやめて、フランスだけに絞るという案もあるが、これにはドイツが抵抗している。

 このように関係諸国の間には株主としての権利協定ができているので、単純にどこかの作業量を減らしたり増やしたりすることはできない難しさがある。だがエアバス社は今、こうしたタブーにも手を着けざるをえなくなった。最終組立てラインの1本化、欧州各地に広がる部品製造部門の統合、そして外部メーカーによる下請け製造の増加である。

 その成りゆきは、まだまだ予断を許さない。

エアバスA380問題の経緯

● 2005年1月18日
 A380のロールアウト。フランス、ドイツ、イギリス、スペインの4ヵ国首脳が参列して盛大なセレモニー

● 2005年4月27日
 A380が南仏トゥールーズで初飛行。 

● 2006年4月7日
 英BAEシステムズ社がエアバス株の2割にあたる持ち分を、エアバスの親会社EADSに売り渡すと発表。 

● 6月13日
 エアバス社がA380の引渡し開始を7ヵ月遅らせると発表。これで同社の利益は26億ドル減の見込みとなった。 

● 7月2日
 EADSのノエル・フォルジャールとエアバス社のグスタフ・フンボルト社長が辞任。材料メーカーのトップにいたクリスチャン・ストレイフ氏がエアバス社長に就任。 

● 8月30日
 ロシアの国営銀行がEADSの株式5%を買い取り。 

● 10月3日
 エアバス社三度びA380の引渡し開始を10ヵ月延期。これで当初の日程より約2年遅れとなる。 

● 10月4日
 アラブ首長国連邦(UAE)のエミレーツ航空はA380の引渡しがさらに遅延するとの連絡を受けたと発表した。1号機の受領は2008年8月になる見通し。同航空は43機を発注しているが、今後の対応については、契約取り消しも含めてあらゆる選択肢を検討するという。 

● 10月6日
 EADSは、エアバス社のストレイフ社長辞任のうわさを否定。エアバス社は同社長が自動車メーカーのプジョーに移るといううわさを否定。なお日経新聞は、米AP通信の伝えるところとして、ストレイフ社長が仏プジョーシトロエングループ(PSA)から会長就任を打診されたと報じている。

(西川 渉、2006.10.10)

 

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