<エアバス>

A380初飛行の詳報

 

 エアバスA380の初飛行のもようを、もう少し詳しく見てゆこう。この超巨人旅客機は4月27日午前10時29分から午後2時23分まで3時間54分の飛行をしたが、この間、何の異常もなく、予期した通りの操縦反応を示したという。

 この初飛行を見るために、トゥールーズのブラニャク空港の周辺には、かなり前から大勢の人が集まっていた。中には遠くから家族連れでやってきたり、車の中に寝泊まりしていた人、徹夜で待っていた人も少なくない。しかし、初飛行に至るまでの数日間、天候は余り良くなかったらしい。地中海からの南風が強かったり、雲が多かったりして、なかなか飛べる状態にならず、予定よりも遅れたようである。

 しかし初飛行の当日は快晴だった。離陸は3万人の観衆が見守る中でおこなわれた。5万人という報道もあるが、地元警察は3万人と発表している。ほかにトゥールーズ市内2ヵ所に巨大スクリーンが設置され、飛行のもようが映し出された。さらに普通のテレビでも生中継され、何百万の人がこれを見ている。

 滑走路は1969年コンコルドSSTが初飛行したところと同じで、コンコルドと並ぶ航空史上最大の出来事といっていいだろう。その滑走路上で、白い胴体と青い尾翼のA380は徐々に速度を上げ、150ノットに達したところで地面を離れた。800人乗りの超巨人機が立派に空を飛べることが実証されたのである。

 機体の登録記号はF-WWOW――「ウワォ−」という叫び声をあらわしたのではないかと思われる。メーカー自身の喜びの叫びか、見るものの驚きの叫びか、はたまたヨーロッパ諸国の雄叫びか。

 離陸して間もなくパイロットから「離陸は完璧だった」という無線連絡が入った。さらに「この巨大な乗り物が、まるで自転車のようにたやすく操作できる」とも言ってきた。

 とはいえ、乗員たちは、エアバス社の方針によってパラシュートを背負っていた。万一操縦不能に陥ったときは、コクピットからハンドレールを伝わって非常口へ行き、ドアを吹き飛ばして外へ跳び出す仕掛けになっている。

 このときのA380原型機の総重量は421トン。試験飛行のための測定機器およそ20トンに加えて、大量の水がバラストとして積みこまれていた。民間機としては史上最も重い離陸重量である。

 エンジンはロールスロイス・トレント900ターボファンが4基。飛行中に22個の大きな車輪のついた脚を上げたり、フラップやスラットを引っ込めて、巡航状態と同じ状態で飛んだ。また乗員たちは2階にも上がって、機内のどこへ行っても静かで振動が少なく、乗り心地のよいことを確認した。

 着陸後の談話では「離陸後間もなく、われわれはA380の操縦がきわめて容易で、シミュレーターで経験した通りだと感じた。エンジンその他の装備品も満足すべき状態だった」「乗員たちは、みんなきわめて快適な乗り心地を楽しんだ」。なにしろピレネー山脈上空まで行ってきたのである。「これで、わが社の株主たちも不眠症に悩むことはなくなるだろう」などという言葉も聞かれた。

 フランスのシラク大統領は、A380の初飛行がよほど嬉しかったらしく、飛行の翌日すぐにトゥールーズへ飛び、エアバス社の工場へやってきた。まったく突然の訪問で、その予定が会社に通知されたのは前の日のA380の着陸2時間後だった。従業員が知らされたのは当日、大統領到着の2時間前だったという。

 急いで集合したエアバス従業員の前に立って、大統領は「われわれヨーロッパ人が、その能力と技術と意志と創造力を結集すれば、かくもすばらしいものを実現させることができる」と語った。「諸君は、われわれの希求する理想のヨーロッパを実現したのだ」と。

 今後は5機が続いて飛行し、全部で6機の原型機で総計2,500時間の試験飛行をしたのち、来年6月までに型式証明を取得する。

 ここに至るまで、A380は11年間の歳月と130億ドルの資金を要した。しかし、これだけの時間と費用をかけて、果たして関係者は枕を高くして寝ていられるのかという危惧の声も聞かれる。というのは、開発工程が当初の予定よりも3か月ほど遅れているからだ。重量超過の問題があったためで、技術的な解決までに時間がかかり、費用も予算オーバーとなった。

 ひょっとしたらコンコルド同様の失敗作になるのではないかという見方も出ている。A380の最近までの受注数は154機。採算点に達するまでには、あと100機の注文が必要だが、果たしてそれだけですむのか。A380は定価の2億8,200万ドルを大きく割り引いて売られているといううわさもある。とすれば採算点は、もっと高いはずだからだ。

 A380がうまく飛ぶには、空港の協力も必要になる。しかし、たとえば米アトランタ空港は最近、A380のための滑走路の強化や搭乗ゲートの拡張はしないという方針を打ち出した。もっとも、これらの工事には相当な費用がかかるのも事実で、平均では1億ドル(約110億円)くらいの工事費になる。ロンドン・ヒースロウ空港の場合は、ターミナルの改造も含めて、総額8億5,700万ドル(約900億円)ほど要している。

 こうしたことからシカゴ・オヘア空港もA380の受け入れ工事をするかどうか決めかねている。一方で、サンフランシスコ、ロサンゼルス、ニューヨーク、マイアミなどはA380受け入れの準備をはじめた。

 量産1号機はシンガポール航空に引渡され、来年後半には就航の予定。シンガポールからロンドンとシドニーへ向かう定期路線である。現用ボーイング747長距離型にくらべて、航続距離は5%ほど長くなり、乗客1人あたりのコストは最大2割減になる。

 つづいてエミレーツ航空も2006年10月からA380の定期運航を開始する。機内は3クラス489席の長距離型で、現用777-300にくらべて乗客1人当たりのコストは18%下がるという。将来は644席という2クラス配置も考えているが、これでも不十分というので、早くもエアバス社に対しA380-900ストレッチ型の開発を要望している。

 逆にエアバス社によれば、こうした旅客機や貨物機のほかに、ビジネス機として使いたいという引き合いも5件ほどきているらしい。

 さまざまな期待をのせて、A380の試験飛行が今はじまったところである。

 

【関連頁】

   A380が初飛行(2005.4.28)

   A380初飛行せまる(2005.4.7)

   A380の希望(2005.1.21)

   A380の前途(2005.1.20)

   A380の披露(2005.1.19)

(西川 渉、2005.5.2)

 

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