昨11月5日、東京新霞ヶ関ビルで第6回日本エアレスキュー研究会(岡田真人会長/聖隷三方原病院副院長)が開催された。午前9時25分から午後5時45分まで、総数300人近い人びとが出席して、講演、研究ならびに体験発表や討議が活発におこなわれた。
プログラムの内容は、特別講演「ロンドンのヘリコプター救急とフライトクルーの教育」(リチャード・アーラム博士/ロイヤル・ロンドン病院)、特別報告「厚生省ドクターヘリコプター研究事業」(小濱啓次教授/川崎医科大学救急医学)、パネル討論「医療帰省搬送のあり方」(座長:滝口雅博助教授/弘前大学医学部)という3本柱のほかに、一般演題として24題の発表があり、ぎっしり詰まった内容であった。
演題のひとつに、国立病院東京災害医療センターの本間正人医師によってヘリコプターで救助された患者さんの声を集めたところ、次のような回答(抜粋)があったという。
・私はあの場合、ヘリコプターこそ神様だと思いました。
・1分1秒を争う命、空からの救助が必要になったときは直ちに出動願いたい。ヘリコプターは人命救助になくてはならぬものと思います。
・利用させていただいて初めてその立派さが分かりました。ますます拡大されるよう祈ります。
・僕はヘリコプター搬送で助かったといってもいいくらい感謝しています。
・ヘリコプターがなかったら、命はなかったと思います。
・お陰様で一命を取り留めることができ、大変感謝しております。
・ヘリコプター搬送がどれほど助かるか、実際に直面してみて感動しました。
この発表を受けて、筆者は一般演題の中で5分間の持ち時間を貰い、次のような話をした。本頁の「世界のヘリコプター救急の特徴」と重複するところもあるが、ここに掲載しておきたい。
<さきほどの発表の中に、「ヘリコプターは神様です」という患者さんの声がありました。これはヘリコプターに対する最高の誉め言葉だろうと思います。同時にまた、このような体験者の声こそが、わが国ヘリコプター救急の日常化を実現させる大きな原動力になるものと思います。
そこでヘリコプター救急の日常的な姿とは、如何なるものか。その理想の姿を考えてみたいと思います。といっても、お手もとの抄録29頁に掲げた10項目のようなことは、ここにご出席の皆さんは百も承知。普段からそのために努力しておられる方ばかりで、今さら申し上げるまでもありませんが、再確認の意味で整理しておきます。
1.救急専用ヘリコプターの配備
消防車と救急車は別です。消防車で救急車の代わりはできません。同様に自衛隊の戦車も救急車の代わりにはなりません。しかるに、わが国では依然として消防機や自衛隊機が救急業務に当たっています。
無論、今の消防航空隊や自衛隊のヘリコプターによる救急出動を否定するものではありません。ここでは最終的な理想の姿を考えているわけで、たとえば消防機の中から救急専用機を選定し、それが四六時中、救急を目的として待機をするというのであれば、それでいいわけです。
2.消防機関を中心として日常化
消防法施行令第44条が1998年3月に改正され、ヘリコプターも救急車と同じような救急手段として扱うことになりました。この改正法規がめざしているように、119番の緊急電話を受ける消防本部が一元的に救急車とヘリコプターをコントロールし、まずは救急車を出動させ、必要に応じてヘリコプター出す。これがヘリコプター救急を日常化させる第一歩だと思います。
3.待機の場所は病院
消防機や自衛隊機は本来別の任務がありますから、病院に常駐するわけにはいきません。どうしても専用機が必要になります。
4.医療スタッフが同乗
病院に待機していれば、その場で医師や看護婦が同乗できます。
5.2分で離陸、15分以内に現場到着
ヘリコプターと医療スタッフが同じ場所に待機していればこそ、こうした迅速な行動が可能になります。
6.現場に着陸
ヘリコプターは必ず救急現場に着陸し、その場で医師が治療に当たらなければなりません。どこか遠いところに着陸して、救急車が患者さんを運んでくるのを待つなどという悠長なやり方は本来の姿ではありません。
また高速道路で事故が起こったときも、交通規制がむずかしいなどと言っていては人の命は救えません。現に道路工事などのときは平気で規制をしているし、特別警戒とか年末酔っ払い運転の取り締まりでも、どんどん規制しているではありませんか。なぜ救急のときだけ規制できないのでしょうか。警察は人命の救助や保護も任務のひとつではなかったのでしょうか。
また高速道路は構造上ヘリコプターの着陸に適さないというが、それならば適するようにつくり変えるべきです。少なくとも、これからつくる道路はヘリコプターの緊急着陸を想定した構造にする必要があります。
ちなみにロンドンの実績によれば、6年間で4,807件の出動をしたうち現場に着陸できなかったのは14件だけ。しかも、着陸回数の4割は患者から50m以内、7割強が200m以内の場所でした。ローター直径の2倍の広さがあれば、トラファルガー広場でもピカデリーサーカスでもどこにでも降ります。それができるのも、道路規制や野次馬の整理など、警察官による積極的な協力があるからです。
7.24時間の運用体制
当面は安全確保のために昼間だけの飛行でもいいでしょうが、最終的には夜間出動のできる体制が望ましいと思います。
8.出動回数は年間1,000回前後
ヘリコプターを救急車と同じように扱うとすれば、いやでも年間1,000回くらいの出動になります。ドイツには年2,000回の出動をしているヘリコプターもあります。先日訪ねたシュトラウビン基地では今年の夏、1機で1日13回の出動をしたことがあるそうです。パイロットはくたくたになったといって笑っておりました。
9.平易な出動基準――空振りを恐れない
2年前のこの研究会で、広島の事例としてヘリコプターで搬送した患者が意外に元気だったため、新聞が税金の無駄遣いと書いたというお話がありました。これはマスコミの詰まらぬ正義感が本来のあるべき姿をぶち壊し、間違った方向へ誘導する典型的な例です。
救急車に無駄な出動はないのでしょうか。救急車をタクシー代わりに使うという話がありますが、費用が安いからそのくらいの無駄はいいというのでしょうか。それならば、許せる無駄と許せない無駄は、どこに境目があるのでしょうか。
ヘリコプターの出動に当たって、無駄を恐れる余り、問い合わせによる確認や上司の許可を取るための調整に時間がかかって出動が遅れたり、必要な出動をせずに、ヘリコプターを遊ばせておく方が余程税金の無駄遣いになります。世界中どこのヘリコプター救急も、2割程度の無駄な飛行はやむを得ないとされています。空振りのないことが理想というのは間違いです。
消防機関もマスコミを忌避するのではなく、人命救助の一点に絞ってもっとよく説明し、無知な新聞記者を教育すべきです。消防機関が腰を抜かしたままでは、助かる人も助かりません。先のヘリコプターで救助された患者さんの声をもう一度思い出していただきたい。
10.費用負担
改正された消防法施行令の精神からして、ヘリコプターも救急車と同じ扱いならば、費用負担も同じにすべきです。そのための予算を確保する必要があります。
しかし種々の事情から、それが難しいのであれば、たとえば健康保険や労災保険などの社会保険でまかなうように法規を改めるべきです。今の法規でもできるというのであれば、そのような解釈を明確にしていただきたい。
ちょっと古い数字ですが、平成8年度の国民医療費は28兆5,210億円でした。救急ヘリコプター50機を全国47都道府県に配備するとして、その運航費が合わせて年間150億円ならば、医療費総額の2,000分の1――0.05%に過ぎません。医療コストにくらべてヘリコプターの運航コストは微々たるものです。
こんな僅かな金額ならば、ちょっとした工夫や節約ではじき出せるはずです。現におととい(11月3日)のニュースでは、会計検査院の調査の結果、医療機関による診療報酬の不正請求が300か所以上の病院で見つかり、金額は30億9,000万円だったそうです。これだけで10〜15機のヘリコプターが飛ばせます。さらに、この30億円が氷山の一角だとすれば、50機くらいの運航費はたちどころに出てくるはずです。
そして最も重要なことは、わずか0.05%の支出増によって早期の治療着手が可能になり、治療期間や入院期間が短縮されて保険の支払金額が減少することです。これで左前になった健康保険組合の財政状態も却って改善される可能性が出てきます>
なお日本エアレスキュー研究会は、この第6回研究会に際して開かれた幹事会、世話人会、総会で、その名称を「日本航空医療学会」に変更をすることが決議され、了承された。新しい名称は今日11月6日から使われる。
次回は2000年11月1〜2日、お台場のホテル日航で開催される。
(西川渉、99.11.6)